649、アレクサンドリーネとカムイの奮闘
「囲め」
リーダーらしきその男は冷静に指示を下す。その声はチンピラさえも的確に動かすほどの威厳があるように聞こえる。また、すでに狂った仲間の処理は終えている。
『光明』
リーダーの魔法で全員が一斉に光源の魔道具を収納し、代わりに武器を構えた。普段ならばアレクサンドリーネが魔法でかき消すのだろうが、今はできない。理由は……
「はあああああっ!」
身の丈ほどもある斧を振り回しているからだ。身体強化の魔法を全開にして……いや、それだけではない。カゲキョー迷宮の三十六階のボス、レッドキャップゴブリンが落とした呪われた斧なのだ。幸い触れただけで意識を乗っ取られるほど危険な物ではないが、呪いにその身を蝕まれてしまわぬよう、必死に気を張る必要はある。
魔法が効かないムラサキメタリックの軍勢を相手にどう戦い抜くか……アレクサンドリーネが出した答えはこれだった。防御も何も気にせず、ただただ力尽くで叩き割る。いかなムラサキメタリックとて装備や威力次第で壊せることはカースが実証済みである。ならばアレクサンドリーネにもできないはずがない。そして、その考えは正しかった。
「ちっ! この女ヤベェぞ!」
「指だぁ! 指ぃぶち切っちまえ!」
彼らの狙いは正しい。アレクサンドリーネも手袋ぐらいは着用している。それもアレクサンドリーネに相応しく高位素材で作られたものを。しかし、カースが最近まで持っていたサウザンドミズチの手袋に比べると数段劣る品である。つまり、ムラサキメタリックの切れ味の前には素手と変わりがないのだから。
斧の扱いなど未熟も未熟のアレクサンドリーネである。力任せに振り回す以外に方法などない。一撃でも当たればダメージは大きいのだから。しかし、そこいらのチンピラならばともかく深紫は手強い。ローランドの騎士と比べれば腕では大きく劣るにしても、殺傷力では完全に上回っている。そんな者どもが、大振りをして隙だらけのアレクサンドリーネの身を的確に削ってくる。
だが彼女の装備は真っ赤なサウザンドミズチを纏っているだけでなく、胴体はドラゴンのウエストコートに下半身は同じくドラゴンのトラウザーズ。腕を狙うも、逆にムラサキメタリックの剣が弾かれるほどだったりもする。
さすがの深紫も大暴れするアレクサンドリーネの首や頭部を一撃で斬り裂けるほどの技量はないようで、一進一退の攻防が続いていた。
が……
「時間切れだ。残念だったな。お前はその細腕でよく戦った。だが、ここまでだ」
一対一で深紫と戦っていたアレクサンドリーネを後続の五人が囲む。カムイは青紫烈隊を片付けたが、チンピラ数人と深紫二人、そしてリーダーと相対している。いつものカムイならばとっくに終わらせていたはずだろうに……しかも、その口からムラサキメタリックの刀は失われていた。
「いい女だ。典型的なローランド女、その最上級か。殺すには惜しい。むしろあのお方への土産に最適だな。名を聞いておこうか」
五人のうち一人が口を開いた。
「お前たち外道に名乗る名はない。私が欲しくば屈服させてみるがいいわ。」
「無駄なことを。それほどの重量だ。いつまでも振り回せるものではない。まだ魔力はあるようだが、体がついて来ないようだな。その斧は何らかの呪具か? 真っ当な品には見えん。いつまでも握っておらん方がいいぞ?」
「それもそうね……じゃあ……あなたにあげるわ!」
全力の投擲が先ほどまで相対していた深紫に命中した。即死とはいかなかったようだが、しばらく起き上がることは不可能だろう。
「最後の抵抗か。大人しくするならこの首輪を着けるだけで許してやるが?」
「この身が欲しくば屈服させてみよと言ったわ。来なさい。ローランドの女を舐めないことね。」
アレクサンドリーネが取り出したのは短剣。先ほどの呪われた斧に比べると酷く頼りなく見える……が、本人は少しもそうは思っていない。自慢の切り札とばかりに腰だめに構え『風球』自らの背中に魔法をぶち当て、体ごと突っ込んだ。
「ふん」
五人のうち一人が迎え撃とうと盾を構え……るのが少し遅かった。きっちりと腰を落として構える前に突撃をくらい……盾ごと吹っ飛ばされてしまった。とっさに身構える他の者を無視してアレクサンドリーネは標的を追う……
追いつくやいなや、短剣を目元の隙間に突き立てて……『火球』
即死だ。いかなムラサキメタリックの兜とて目の前を見る穴は開いている。通常の魔法ではとても狙えないほどの隙間でしかないが……
「次は……誰?」
「ほう? 意外に元気だな。だが、やれい!」
残る四人のうち三人が投擲したのは投擲縄だった。
『風壁』
「今だ!」
突然の攻撃にも落ち着いて防壁を張ったアレクサンドリーネであったが……
「ふん!」
「もらったぁ!」
「ここだぁ!」
一瞬にして間合いを詰められ、頭上には鈍く光る紫の刃が……
「ガウガァ!」
凶刃がアレクサンドリーネの頭に振り下ろされるようとする刹那、カムイが体当たりを敢行した。
「あうぐっ……! 貰ったわ!」
「そんな短剣が効くかぁっぐうぉ!?」
「なっ!? おい!」
一人の打ち下ろしは籠手で受け止めたが、もう一人の攻撃はされるがまま。結果、致命傷を防ぐことはできたものの、膝横に甚大なダメージを負ってしまった。しかし、アレクサンドリーネはそのような負傷など歯牙にも掛けず、眼前の男の腹に短剣を突き立てた。
カースの想いが詰まったサウザンドミズチの牙でできた短剣を。
『火球』
「ぶぶっぷぅば」
「次よ……」
カムイの背中には数本の槍が刺さっている。アレクサンドリーネを救うために致命的な隙を晒したためだろう。しかしそんなカムイを気にすることなく、アレクサンドリーネは気丈に振る舞っている。例えもう、手足が動かなくとも。




