648、真夜中の剣戟
その夜、アレクサンドリーネはまんじりともせず神経を尖らせていた。いくら襲撃がなくとも、カースが大暴れした現場からさほど離れてない場所に潜んでいるのだ。
居場所がバレてないと思うほど楽天家ではない。カースは深く眠らせてあり、クロミもいない。カムイは体調が思わしくなく、戦えるのは自分しかいない。
覚悟を決めて、一人静かに魔力を循環させていた。
「ピュイピュイ」
「コーちゃん、起きてたの。お腹すいたのかしら?」
「ピュイピュイ」
首を横に振るコーネリアス。そして尻尾でアレクサンドリーネの手の甲をぺしぺしと叩いている。
「もしかしてコーちゃんも戦ってくれるってこと?」
「ピュイピュイ」
今度は首を縦に振った。
「コーちゃん……ありがとう。心強いわ。でもカースを優先でお願いね。できれば朝まで起こしたくないし。」
「ピュイ」
「ガウガウ」
「あら、カムイまで。具合よくないんでしょ? ゆっくりしてなくちゃ。」
「ガウゥ」
「まあ、そんなに牙を剥き出しにして。もしかしてカムイも戦ってくれるのかしら?」
「ガウガウ」
頭を縦に振るカムイ。
「もう、コーちゃんもカムイもありがとう。頼りにしてるわ。私なんかよりよっぽど……」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
「ええ。少し外に出てくるわ。カースを頼むわね。」
アレクサンドリーネが洞窟を出ていったため、再び静寂が訪れた。
三十分も経たずに戻ってきたアレクサンドリーネは目を閉じ、魔力を練り始めた。もし襲撃があるとするなら相手はエチゴヤ、それも青紫烈隊か深紫だろう。ならば魔力を練ることに何の意味があるのだろうか。
「来たわ。カムイはこれを使うといいわ。なぜかカースが持っていた刀よ。」
「ガウガウ」
カースが一本だけ拾って持ち歩いていたムラサキメタリックの刀。カムイが咥えれば切捨御免の凶器と化すことだろう。
「洞窟の中には一人たりとも立ち入らせないわよ。それから私が合図をしたらすぐに中に戻るの。いいわね?」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
コーネリアスもカムイも揃って首を縦に振った。
「じゃあ行くわよ。もう五分もすれば洞窟の前までやって来るわ。私達は一度外に出てから身を隠すの。そして中に入ろうとした奴らを後ろから襲うわよ。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
アレクサンドリーネは眠るアーニャからコートを脱がせ、代わりに毛布を優しくかけた。カースの腕から装備を借り受け、またカースから貰ったミスリルのバレッタで髪を後ろで一纏めにする。真っ赤なコートに袖を通し、二人を引き連れて洞窟から出ていった。
『氷壁』
アレクサンドリーネぐらいしか通れない隙間を開けて洞窟を塞ぐ。そして物陰へと身を隠した。
ほどなくして現れたのは装備にばらつきのある一団だった。先頭を歩くのはおそらく青紫烈隊が三人。その後ろはエチゴヤによくいるチンピラが八人。周囲を警戒しているらしい。その後ろにいる深紫の六人は一団のリーダーらしき者を囲んでいた。アレクサンドリーネの見たところ、それで以上である。
「カムイ……あれで全員かしら……」
カムイの耳元にそっとささやいた。
「ガウガウ」
首を横に振るカムイ。
「まだ他にもいるのね……もしかしてだいぶ後ろの方かしら……」
「ガウ」
今度は首を縦に振った。
「人数は分かる?」
「ガウ」
そう言ってアレクサンドリーネの足を五回ほど叩いた。
「なるほど……五人ね……分かったわ……そいつらが来る前に決めるわ……」
「ピュイ」
「ガウ」
青紫の三人とチンピラ八人は全員とも光源の魔道具で周囲を照らしているため位置が丸わかりだ。その光は後ろにいる深紫の姿をもはっきり照らし出している。
アレクサンドリーネは考える。襲撃に来たはずなのに身を隠すことすらしない理由……それは餌なのだろうと。追い詰められた自分達が死中に活を求めて反撃に出るよう誘っているのだろうと。
ならば、後方にいる五人はよほどの凄腕。他の者と同時に相手をするには危険な敵なのではないかと。だが、今気にするべきはそちらではない。眼前を足音を立てながら歩いていく一団だ。もうすぐ最後尾が通り過ぎる……
いつの間にかコーネリアスが姿を消した。
「ひぃーひっひっひぃ! げひゃひゃひゃひゃあああああああ!」
突然先頭を歩いていた青紫烈隊の一人が剣を抜き、笑いながら仲間であるはずのチンピラを斬り殺した。
「行くわよ……」
「ガウ」
注目が先頭に集まった瞬間、アレクサンドリーネとカムイは飛び出した。
カムイは口に紫の刃を咥えて、アレクサンドリーネは身の丈ほどもある呪われた斧を振り上げたまま。
一瞬にして一人の深紫から首が飛んだ。カムイの仕業だ。そして次の瞬間、もう一人の深紫の首へと斧が叩き込まれた。こちらは首が飛ぶことこそなかったものの、明らかに折れた。即死だろう。
「ひゃひゃひゃあ! ひぃーひっひっひっひ!」
狂った青紫烈隊の声だけが響く真夜中の森で、アレクサンドリーネとカムイの共闘が始まった。




