645、カース危機一髪
体が動かない……
落ちる……
地面が……
頭が……
痛い……
このままだと、痛いどころか……
いやだ……
まだ……
まだ死ねない……
助けろよ……カムイ……
助けろって……クロミ……
コーちゃん……まだなのか……
まだ来てくれないの……アレク……
あ……汚れ銀のバングルがわずかばかりの魔力を回復させてくれた……
これに賭けるしかないな……
地面ギリギリで浮身を使うしか……
一発勝負かよ……
見ててくれよアレク……絶対助かってみせるからな……
『浮身』
ん?
今のは……私は使ってないぞ?
「カース!」
「……アレク……?」
アレクなのか? 来て、来てくれたのか……?
「カースカースカース!」
うわっぷ……く、苦しい……
でも、助かった……
「ありがと……」
あ、もうだめ……意識が……
「カース! カー……」
「あっ、ニンちゃんいたー?」
「ええ、いたわ。あれだけ派手に爆発したんだからすぐ見つかると思ったのに……」
「ピュイピュイ」
「精霊様が呼びに来てくれて助かったんじゃなーい? ニンちゃん無茶するからー。」
「あ……や、山が……こんなに……これを和真、いやカースがやったの……?」
「ニンちゃんならこれぐらい楽勝じゃなーい? むしろ山の形がまだ残ってる方が不思議だしー。」
「見た感じ内側から破壊されてるわね。つまりカースは山の内部にいた……だからある程度は手加減をしたんじゃないかしら? 自分が外に出られる程度に。」
「手加減して……こ、これがカースなんだね……」
「手加減ってかこれしか魔力が残ってなかったのかもねー。今だって……あーやっぱり。空っぽだしー。しかもこれヤバいしー。ニンちゃんポーションめちゃくちゃ飲んだっぽいよ?」
カースの額に手を当ててクロノミーネが言う。
「そう……仕方ないわね。クロミ、お願いできる? ドロガーには内緒にしててあげるから。」
「べっ、別に内緒になんかしなくていいし! ウチがニンちゃんに魔力譲渡するなんて普通のことだし!」
「魔力譲渡?」
「まあ見てなさい。私も使えなくはないんだけど、効率が悪すぎるから……ここはクロミの出番なの。」
「そんじゃいっくよー。ニンちゃんの唇いっただきー!」
『魔力譲渡』
「ふぅーー! 疲れたし! ウチの魔力を半分以上入れたし!」
「ええ、すごい魔力だったわ。私の全力でも遠く及ばない量ね……」
「なんかすごかったね……カースにクロミさんのあれがぐわわあぁーって入ってたね……」
「そんじゃ次はぁー、ん? なーに?」
カースの心配をするアレクサンドリーネ達に近寄ってきたのは、助け出された女達だった。
「あ、あの、その人をどうするつもり、なん、ですか……」
「その人は恩人なんです……」
「どうか、どうか……」
明らかに上級貴族の格が滲み出ているアレクサンドリーネ。そして平民にすら感じとれるほどの魔力を撒き散らしたクロノミーネ。そんな一行に対して話しかけるのはさぞ勇気が必要だったことだろう。増してや恩人たるカースは傷だらけで倒れているのに、自分達は無傷。貴族が相手なれば言いがかりで殺されても不思議ではないのだから。
「ふぅん……見たところ囚われの身だったのをカースに助け出されたってとこかしら? なるほどね。だからカースはこんなにも消耗してるってわけね?」
「あ、アレクさん……この人達に悪気は……」
「分かってるわ。でも話は後よ。もうファベルにも帰れないし。どこか野宿できる所を探すわよ。あなた達も付いてきなさい。食事ぐらい提供するわ。」
「そんじゃ行くしー。つーかぁー、どこにー?」
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
カムイが率先して歩き出した。コーネリアスはカースの腹の上でとぐろを巻いた。
「あっ、そっちなんだ。さっすが狼殿! 頼りになっるぅー!」
カムイの進行方向はやや北西。崩れ落ちた山を回り込むように進み始めた。
『浮身』
アレクサンドリーネはカースを板の上に乗せ、手を握る。そして浮かせた。
「ガウガウ」
「さすがカムイね。よくこんな場所があったものだわ。」
一行が到着したのは洞窟。奥行きがどの程度あるかは分からないが、雨露をしのぐには問題ないだろう。いくら昼間がいい天気だったからとて、夜は冷えるのだから。
「じゃあ金ちゃん、後はウチに任せてねー。ニンちゃんって結構危ない状態だったしー。」
「ええ。頼むわね。私は夕食の用意でもするわ。アーニャはこの子達からカースのことを聞いておいて。」
「えっ、うん。分かった……」
それからクロノミーネはカースの服を脱がせて体のチェックを始めた。アレクサンドリーネは隅で料理を始めた。
そしてアーニャは……
「私はバンダルゴウの近くのスータドマ村出身のアーニャ・カームラって言います。みなさんはどこの出なんですか?」
「え、あなたローランドの……」
「スータドマ村……」
「あの人は一体……」
「私も似たような身の上ですから。ゆっくり話しましょ?」
その間、カムイは洞窟の入り口に寝込んで外を警戒していた。コーネリアスは相変わらずカースの上から動いていない。
女達とアーニャのお喋りが始まった。




