642、生き埋め寸前危機
マジでやばい……
周囲が全て埋まってしまってる……
例え数万トンの重さがあろうとも私の浮身なら動かすことはできる。できるはずなのに、びくともしない。つまり、数万トンどころか数十万数百万トンほどもあるってことか……
それってただ屋敷が崩れただけじゃないってことじゃん……
土砂崩れとか岩盤の下敷きレベルじゃん……
そんなところに魔力特盛で浮身なんて使ったら、周囲からも土砂がなだれ込んできて手に負えなくなる可能性がある。特に今は……
くそっ……
今はどうにか二重の防壁で支えているが、私の魔力が切れたら終わりだ。全員でペシャンコになるだけ……
それだけじゃない。空気の問題もある。私は『水中気』が使えるから問題ないにしても、やはり魔力が切れたら終わりだ。くそ……どうなってんだよここは……
「あ、あの……い、一体何が……」
「すごい音がして……」
「私たちどうなるの!」
「見ての通りだ。完全に閉じ込められた。ついでに言うと俺が魔法を使うのをやめたら全員終わりだ。死にたくなければ助かるアイデアを出せ。」
「そ、そんな!」
「どうしてこんなことに!」
「まさかあんたのせいで!?」
「知らねーよ。」
そんな余裕はないぞ。私が火を着けまくったせいかも知れないし天井や溶鉱炉に穴を空けたせいかも知れない。だが、その程度のことでここまで派手に崩れるとは思えない。
私の魔力が満タンならば全ての土砂をぶっ飛ばしつつ防壁を張ることは難しくない、たぶん。問題はどれだけ魔力を込めれば土砂を押し戻せるかが読めないってことだ。浮身は物体を浮かせることに特化した効率のいい魔法だからな。私が魔力を特盛にすれば数百万トンあろうとも持ち上がる可能性はある。
だが……
そこまでやって失敗すれば本当に詰む。支えることもできずに押し潰されてアウトだ。
「文句言う暇があったらアイデアを出せ。このままだと全員死ぬぞ? ここについて何か知ってることはないのか?」
「……て言われても……私らがされてることなんてエチゴヤの野郎どもにいいように使われてるだけで……」
「一日に何人も相手することだってあるし……」
「何もない日だってあるけど……」
なんだ? やっぱここは娼館なのか? なぜわざわざこんな場所に? 明らかに一般客なんか来れないだろうに。
「お前らが相手をするのはエチゴヤの奴らだけか?」
「はい……だよね?」
「うん……カスみたいなチンピラばかり……」
「最低だよ……どいつもこいつも……突っ込むことしか考えてない……男なんてクズばかり……」
話を振った私も悪かったんだろうが、こんな状況なのにどいつもこいつもよく喋りやがる……エチゴヤのチンピラへの文句ばかり。少しはこの状況を打開できるアイデアはないよかよ……
ん? 何だあいつ?
「あいつは何か知らないのか?」
一人だけ隅で突っ立っている女がいる。
「ああネリーです。あの子は口がきけないもので」
「耳は?」
「こちらの言うことは伝わります」
ふーむ……
「こっちに連れてきてくれ。」
「はい。ネリー、こっちにいらっしゃい」
他の女達はこの状況なのにざわざわと喋っている。その表情にも少しは余裕が見える。本当に少しだけど。だがこいつの顔は絶望だ。アラキ島で見た壊れた女達。あいつらの数歩手前ってとこだろうか。
重い足取りで私の前まで来てくれた。
「何でもいい。情報が欲しい。このままだと全員生き埋めだからな。話せないなら書いてくれてもいい。」
だめか……まばたき程度の反応は見せるが、目に光がない。このまま死んでも構わないとか思ってそうだ。
何か、何か手はないか……正直に話しをさせるためには契約魔法をかければいいが、そもそもこちらの言うことに同意をしてくれなければ無理だ。うーん……
あ、そうだ。一応やってみるか。無駄かも知れないけど……
「全員もっと寄れ。俺の近くに。」
嫌そうな顔してんじゃないぞ。こんな時に変なことなんか考えてないっての。だいたいアレク以外の女に興味なんかないぞ。
「いいからさっさと集まれ!」
こいつら生き残りたくないのか? それでもローランドの民かよ。まったく……
よし、ようやく密集したな。
『解呪』
ふむ……契約魔法がかかっている女もいればそうでない女もいる。
そして喋れない女には、強めの契約魔法がかかっていた。なぜこいつだけ?
「あ……声が……出る……」
なんだよ。喋れるんじゃん。
「えっ!? ネリー喋れたの!?」
「うそ! 初めて聴いた!」
「なんで黙ってたのよ!」
「それはいいから。お前らだって契約魔法がかかってたぞ。何か心当たりはないか?」
「い、いえ、特には……」
「契約魔法?」
「何も変わりないよね?」
「あ、あの、私は……」
「ネリーって言ったか。話してくれ。ゆっくりでいいから。何かここについて知ってることはないか?」
「あの……ここは山って聞いたことが……あります……」
「山? 天都のだいぶ西側に見える山か?」
「わ、分かりません……カンって男は山としか言ってなくて……」
カン……あ! まさか大番頭! カンダツ・ユザか!?
「その男はここのボスだと思うが、それは知ってるのか?」
「え!? い、いえ……偉そうな男ではありましたけど……名前しか……」
人違いか? 大番頭みたいな奴が名前だけでも他人に漏らすとは思えないが……
いや、こいつのことは口封じしてあるから喋っても問題ないのか……
「他に何かないか? そいつのことや、ここについて。些細なことでいいんだ。お前は喋れないようにされてたんだろ? つまりそれだけ多くの情報に触れてるんじゃないのか?」
「で、でも……」
「知らないのなら仕方ない。だが何か知っているのなら話してくれ。俺たちにはもう後がないんだぞ?」
先に死ぬのはこいつらの方なんだけどな。いくら同胞だからって命に代えてまで助ける気なんかないんだぞ? いい加減危機感を持ってくれよ……
「そ、その……カンは私の胸が大好きみたいで……いつも……吸い付いてはママ、ママって……」
は?
「私が話せる言葉は『カンちゃんはいい子ねえ』だけで……時にはあいつの汚いパンツを……」
さいてー……大番頭のプレイ内容なんか知りたくもない……話せって言ったのは私だけどさ……
くっそ。こんなの何の参考にもならんじゃないか。せいぜいここを脱出した後で言いふらすぐらいだ。どうするか……
ここが山だとしよう。そうなると真上に進むより斜面に向かって掘り進んだ方が負荷は軽くなるはずだ。だがその方向が分からない。下手すりゃ逆に山の中心に向かって進むことになるんだからな。
いや、待てよ?
斜面の方向に天都があるとするなら、魔力探査で一発じゃないか? 少なくとも、何もない山奥よりは魔力反応があるはずだ。どんだけ範囲を広げないといけないかは分からないが……賭けてみるか……
少なくとも闇雲に進んだり真上を目指すよりは分がいいはずだ。
やってやる……
『魔力探査』




