641、崩れ落ちる牙城
終わった……
二十人近くいた深紫どもを……全員ぶち殺した……
かなり疲れたぞ。途中で鎧の一部だけ収納して、魔法で反撃してくる奴もいたし。もっとも、鎧を脱いだら私にとってはいいカモでしかないのだが。ヒヤリとはしたが敵ではなかった。
だが……
だめだ……魔力は残り二厘もない……
身体強化を使い過ぎて体はガタガタ……
この暑さで体力だってやばい……
しかし、もう少し……もう少しなんだ。これだけの数の深紫を仕留めたんだから、残る戦力はそれほどでもないはずだ。今なら大番頭だって……
やってやる……魔力ポーション『純松』と通常のポーション『松位』、どちらも残り少ない。そして今日はもうたくさん飲んでしまっている。
だが……知ったことか!
やってやる。飲んでやるよ。大番頭をぶち殺すまで、私は止まらないからなぁ……!
ふうぅぅ……クソまずい……
一振りだけムラサキメタリックの剣を拾っておくか。日本刀タイプを。使い道があるかは分からない。不動のみの方が使い勝手もいいだろう。でも、なぜか拾いたくなったのだ。
『浄化』
特に意味はない。全身をきれいにして、ほんの少しだけリフレッシュ。
よし、見た目だけはいつも通りのオシャレな私だ。ブーツにこびり付いた金属のカスも落とした。
『浮身』
筋肉痛が酷すぎて歩けない。痛みは消すこともできるが、それは最後の手段だ。今はまだ、このままで。
ん? 先ほどの火が消えてやがる。鍛冶場周辺は大火事だっていうのに。まあいい。消した奴がいるなら、そいつに吐かせるまでだ。大番頭の居場所をな。
本当なら手当たり次第ぶち壊してやりたいところだが……魔力を温存しておかないとな……
迷宮内ですらほとんど温存なんてしなかったのに。
「おらぁ! さっさと歩けや!」
「もたもたしてんじゃねぇぞ!」
「それともここで死にてぇのか!?」
曲がり角の向こう側から声が聞こえた。
『隠形』
身を隠しながら覗いてみると、ロープに手を縛られて連行されている女達がいた。ざっと十人。ロープを引いているのはチンピラか……
『風斬』
首もロープもぶち切った。
『隠形解除』
「お前らはどこの者だ?」
「えっ!? あっ、えっ、わ、私は……アマギン村の……」
聞き覚えのある地名だな。ローランド王国内ではない。確かヒイズルの地名だ。
「お前らの中にローランドの者はいるか?」
お互いにキョロキョロと顔を見合わせている。
「い、いません……」
「それならよし。お前らはもう自由だ。好きに逃げていいぞ。あっちは火が強いが、金目の物が落ちてる。その先に逃げ道もある。他に道があるかは知らん。」
「そ、そんな……」
助けてやったろ。後は好きにすればいいんだよ。私は一度助けたからって最後まで責任を持て、なんて考え方は少しもないからな。
「お前らの中に大番頭の居場所を知ってる者はいるか?」
いるわけないと思うけど。そもそもこいつらここで何やってんだろうな。
やはりお互いに顔を見合わせながら、首を横に振った。
「お前ら以外にもここに捕まっている者はいるか?」
「は、はい! います! 女の子だけでもたぶんもう十五人ぐらいは!」
「分かった。見かけたら助けておく。それより、ここはどこか知ってるか?」
「いえ……誰も知らないんです。ここに連れてこられる時は目隠しをされていたから……」
ちっ、やっぱそうか。どうもここって怪しいんだよな。私も箱詰めにされて連行されたわけなんだが、天都内を移動したにしては時間がかかり過ぎてる。同じところをぐるぐる回った可能性はあるにしても。
だいたいムラサキメタリックを製造するような大規模な鍛冶場が天都内にあったら隠しきれないだろ。煙とか騒音とか排水とかでさ。
ふぅむ。ここは一体……
まあいい。そんなことは後回しだ。
「他の女達はだいたいどこら辺にいる?」
「あっちの方に行くと階段があるので、そのずっと下に長い廊下があるんです。そこにたくさん部屋があって、その中です……」
なんだそりゃ……絶対見かけるわけないじゃん。くそ……面倒くせぇなぁ! 助けるしかないじゃん! そんな奴らがいたんじゃ津波なんかを使ってここを丸ごと水没させることもできないし。
さっき深紫どもに追い詰められた時、溶鉱炉に穴を空けるか、津波でことごとく押し流すか迷ったんだよな。そんなこともあるかと思って津波を使わなくて正解だったようだ。いくら私でも囚われた哀れな女達を溺死させて平気なわけがないからな。
「分かった。俺が助けておく。お前らはさっさと逃げろ。もし身寄りがないならギルドに行け。今ならギルドに傷裂ドロガーがいる。きっと助けてもらえる。」
「あ、あの、あなたは……」
「ローランドの魔王だ。知らないんならドロガーに聞け。」
「あ、は、はい!」
なんだよ。やっぱ知らないのかよ。神のアナウンス聞いてないのかよ。まあいい。早くしないと大番頭が……
こっちか。ちっ、狭い階段だな。しかも下までかなりあるし。こんなの飛び降りた方が早いじゃないか。
『浮身』
着地寸前にブレーキ。
ここか。長い廊下の両側に扉がある。女達の個室か、プレイルームってとこか。とてもここは娼館には見えないんだが……
『水鋸』
廊下を通過しながら壁ごと扉を切り裂いていく。後は勝手に出てくれ。
十五人ぐらいと聞いていたが、それより部屋の数が多いな。よし、終わり。廊下の端にあるのは風呂とトイレか。臭いな……スライム式浄化槽を使えばいいのに。
廊下を引き返すと、部屋から出てきた女達がいた。身を寄せあって固まっている。そんなことをしている場合じゃないぞ。
「お前ら。さっさと逃げた方がいいぞ。チンピラや深紫どもはほとんど殺したけど、他にもいるかも知れんからな。」
「あの、あなたは……」
「ローランドの魔王……って言って通じるか?」
「い、いえ……ローランドの方なんですね……もしかして私達を助けにローランドから来てくださったのですか……」
おっ。こいつらローランド人か。見た目で区別がつけにくいんだよなぁ。言われてみればこいつらの金髪や赤髪はローランドっぽいけどさ。
「まあ、そんなところだ。ここを出るまでは付き合ってやるから、その後は天都のギルドに行っておいてくれ。後で帰国の手筈は整えるから。」
「ありがとうございます! も、もう二度と帰れないって……ううううわぁぁぁあぁ!」
「帰れるの!? ローランド王国に!? イスラボ村に!?」
「本当に!? 本当に助けに!? ううっううあぁぁぁーーーん!」
しまった。今そんなことしてる場合じゃないってのに。だからって放置も無視もできない。くっそ、どうしよ……ん? 何だこの音?
地鳴りというか地響きというか……
分からん……分からんが嫌な予感がすごい……
「お前ら密集しろ!何か分からんがやばい!」
床が震える。天井が割れて……マジか!?
『水壁』
『鉄壁』
二重だ! 外側を柔らかい水壁で。内側を頑丈な鉄壁で……ほっ、なんとか間に合った!
くっ、崩落とはな……




