624、ドロガーとコーネリアス
こうしてドロガーはコーちゃんを首に巻いて出ていった。果たして今夜中に戻ってくることはできるのだろうか。
「ニンちゃーん。疲れてるんじゃない? アレしてあげよっか?」
アレと聞いてなぜかアーニャが顔色をあれこれ変えている。さては変な想像をしているな?
「頼むよ。魔力は減るし体は痛いし、散々なんだよ。」
『換装』
パンツ以外を全て収納した。
「はいこっちー。黒ちゃんと金ちゃんもどーお?」
「私もお願いするわ。」
『換装』
おっ、アレクはワンピース一枚か。あの下が全裸だと思うと興奮するな。
「え、えっ、何なに?」
「温浴エステって感じかな?」
それも振動付きの。
「じゃあこれねー。」
クロミが用意した水の魔法に寝転ぶ。はぁ……暖かいね。
「じゃ、じゃあ私も……」
アーニャも意を決して挑戦してみるようだ。たどたどしく服を脱いでいる。
はっ……寝てたのか……
アレクも、アーニャもよく寝ている。クロミも隣で寝てるし。だめじゃん! 誰も警戒してない……おお、カムイが起きてたか。体調が悪いところをすまんな。
「ガウガウ」
なるほど。言われてみれば何やら妙な魔力を感じるな。クロミが『範囲警戒』のような魔法を使ってくれてたのか。
もう外は真っ暗になっている。やはりドロガーは帰ってきてないようだ。コーちゃんも帰ってきてないところを見ると、特に危険な目には遭ってないってことか。ならば気にせず寝るとしよう。
おっと、寝る前に魔力ポーションを飲んでおこう。これなら明日の朝には三割ぐらいは回復しているはずだからな。
悪いなカムイ。先に寝るぜ。
「ガウガウ」
宿では眠りの魔法を使われたらしいが、今のカムイなら大丈夫だろう。
時は少々さかのぼる。
コーネリアスを連れたドロガーは天都に入る城門に並んでいた。孤児院での件がすでに手配されている可能性もあったが、その時はその時だと覚悟を決めて。
「次! おっ、おお! 傷裂ドロガーじゃないか! いつ外に? いや、まあいい。さあ通ってくれ!」
「おう。旦那らもお務めご苦労だな。これで旨いもんでも食ってくれや。」
ドロガーが渡したのは一万ナラー。彼クラスの冒険者にとっては手頃な金額と言える。
「これはすまんな。天都の英雄からのお志だ。ありがたくいただこう」
どうやらまだ手配はされてないらしい。だがそれも時間の問題だろう。
「ピュイピュイ」
服の中に隠れていたコーネリアスが顔を出した。
「とりあえずギルドに着いたら酒でも飲むか?」
「ピュイ」
もちろんドロガーにコーネリアスの言葉は分からない。ただ鎌首を縦に振っているので意思疎通に問題はないようだ。
夕方近くになるとギルドは混み始めてくる。その日の仕事を終えた冒険者達が帰ってくるからだ。
「おう。悪ぃな。急いでんだ。譲ってくんねぇか?」
「あぁ!? なんだコラ……ど、ドロガーさん! ど、どど、どうぞ! おいお前ら! ドロガーさんだ! 譲れ!」
「ちっすドロガーさん!」
「どうぞ!」
「今夜も飲みっすか!」
「おう。後でなぁ。」
そして悠々と窓口へと進む。
「ドロガーさんらしくない真似をしますね。で、何の用ですか?」
その列の受付はキリカだった。
「決まってんだろ? あの件だぁ。ここで話していいんか? 俺ぁ別にグルドのおっさんが相手でもいいんだがよ。」
「少々お待ちください」
キリカの案内を待たずに移動するドロガー。勝手知ったるギルドなのだろう。
「さてと。ここなら話してもいいよなぁ?」
「おう。まさかもう大番頭の野郎を始末したなんて言うなよ?」
この部屋に受付嬢キリカはいない。解体部門の責任者グルドに任せて受付業務に戻ったようだ。
「逃げられたぜ。俺は危うく死にかけた。」
「ばっ……どうする気だぁてめぇ……あんないい情報がそうそう手に入るなんて思ってるんじゃねぇだろぉな?」
「その情報、間違ってたぜ? あの孤児院にいたのは大番頭カンダツ・ユザじゃねぇ。クマーノを仕切る第一番頭ベッジョウ・セイロだとよ? こりゃどうしたこったぁ?」
「なん……だと?」
「ハンダビラの情報は正確だって話じゃなかったんかぁ? そんなことだから日和見組織だなんて言われるんじゃねぇのか? ちなみにベッジョウが来たのは三日前だとよぉ。」
「第一番頭が天都に来ているのか……」
「第一番頭だけじゃねぇ。他の番頭どもも来てるらしいぜ? 招集がかかってんだとよ。まさかその情報もなかったんかぁ?」
「な、ない……少なくとも俺のところには来てねぇ……」
「おいおい、しっかりしろよなぁ? 魔王の奴が気にしてたぜ? ハンダビラの情報は信用できるのかってな。ちなみに魔王の狼が狙われたんだがそっちぁ何か知ってんのか?」
「ああ。といっても先程だがな。赤兜に扮して若草雲荘を襲ったそうだな。どうもかなりの大物が狼を欲しがっているらしい」
「そうかよ。まあそりゃあどうでもいいや。つーわけだ。大番頭の行方をきっちり探ってくれや? それからエチゴヤが妙な魔道具持ってたぜ。短筒って知ってるか?」
「ああ。最近メリケイン連合国から入ってきた武器だな。まだ試作品の域は出ないそうだが金属を撃ち出す魔道具だとか。エチゴヤでも数人しか持ってないそうだ」
「ほぉーん、メリケインねぇ。まあいい。そんじゃあ本題だ。うちのテンポザ・ゾエマが拐われた。もちろん犯人はエチゴヤだ。拷問して情報をあれこれ吐かせたらしい。こんな時あいつらはどのアジトを使うんだ?」
「あの元赤兜か? 心当たりはいくつがあるが……いくらお前でも一人でエチゴヤに殴り込みは無謀じゃないか?」
「そんなやべぇ真似すっかよ。魔王じゃあるまいし。近くまで行けばこの蛇ちゃんが何とかすんだろ。で、どこだ?」
「ピュイピュイ」
「本命は色街の『狂乱麗奴』だろうな。あそこなら拷問と見世物を同時に行えるからなぁ……」
「ちっ、あの店かよ……胸クソ悪ぃぜ。他に候補は?」
「色街なら『乱舞輪館』や『外夢』あたりだろうな。拷問目的ならエチゼンヤの方じゃあないだろうしな」
「なるほどなぁ。分かったぜぇ。ありがとよ。そんじゃなるべく早く大番頭の情報頼むぜ? でねぇと天都がやべぇからよ……」
「ん? どういうことだ?」
「もし、魔王がブチ切れたらどうなると思う?」
「エチゴヤをぶっ潰してくれるんじゃないのか?」
「そりゃそうだ。だがよ? 天都ごとぶっ潰したらどうする? あいつにとっちゃあここは所詮外国だぜ? 特にあの女、氷の女神に傷なんて付けてみろ。天都が丸ごと灰になってもおかしくねぇんだぜ……」
「ば、ばかなことを……どれだけ魔力があればそんなことが……で、できるわけ……」
「俺だって起こって欲しくねぇぜ? ねぇからこうやってコツコツ動いてんじゃねぇか。おおそうだ。ギルドでもローランド人の奴隷をしっかり集めておいた方がいいぜ。魔王は高く買ってくれるだろうからよ。」
「そ、そうか……会長に伝えておく……」
「それがいいぜ。俺ぁ焼け野原になった天都なんざ見たかぁねぇからよ……」
「あ、ああ……」
ドロガーが本気でそう考えているのかはともかく、グルドへのプレッシャーとしては十分だろう。大番頭だろうが第一番頭だろうが、取り逃したのはドロガーのミスでありカースの手落ちだ。しかしそれを棚に上げて主導権を握ったまま話を終わらせたドロガーはさすがの手前と言えよう。




