623、アレクサンドリーネの鍋談義
アレクが用意してくれた夕食は鍋だった。ローランド風の味付け、出汁ってよりフォンって感じか。骨から旨味を抽出するんだったよな。短期間でそこまでやるとは、さすがアレク。『抽出』の魔法を使うって言ってたもんな。これは温まりそうだ。
「うめぇ……これがローランドの味かよ。濃厚だぜ。」
ドロガーめ。迷宮内で何回も食べただろ。
「旨いよな。アレクは料理が上手いからな。」
「女神ぁ貴族なんだよなぁ? それもかなり高位の?」
「おう。最上級貴族だな。」
「それなのに料理すんのか?」
ん?
「当たり前だろ。ローランドでは上級貴族ほど女性は料理が上手いのが当たり前だぞ。それこそステータスだな。特に、賓客が来たときに夫人自ら料理を作って出迎えることで歓迎の意を表すしな。」
「ヒイズルは違うのかしら?」
アレクも気になるよね。
「うーんとなぁ。女が料理をするってところは同じなんだけどよぉ。貴族が料理をするざなんざ聞いたこともねぇなぁ。まあ貴族と付き合いなんざねぇから本当にしねぇのかは知らんがよぉ。」
「ふぅん。ヒイズルの貴族はずいぶんとぬるいようね?」
おっ、アレクどうした?
「なんだぁ? 料理をしねぇとヌルいってなぁどういうこった?」
「カースには話したことがあるわよね。台所は女の聖域、カースですら入って欲しくないってことを。」
「うん。覚えてるよ。」
「そもそもなぜローランド王国ではそうなったのか。カースは知ってる?」
むっ……
「もちろん知らないよ。興味あるな。」
言われてみれば貴人が自分で料理をするっておかしいな。今までそれが当たり前だと思っていたけど。うちの母上だって料理上手だし。
「台所を仕切るってことはね? 一家の命運をも仕切るってことなの。男には男の、女には女の義務があるわ。男は金を稼ぎ一家を守る。女は子を生み次代を育てる。でも、戦乱の時代になると男が減っていくわよね。その時、何が起こると思う?」
普通に考えれば……
「一夫多妻とか?」
「その通り。当時はたくさんの国に分かれて争っていたから国ごとに違いはあったはずだけど、結局どの国も一夫多妻を奨励したそうよ。」
そりゃあまあそうなるか。
「でも、ウリエンお兄さんじゃあるまいし平穏な家庭になることは少なかったそうよ。理由は分かる? ドロガー。」
「そんなもん一つの家に女が二人以上いりゃあ揉めんだろ。嫁と姑ですら揉めんだからよぉ。」
「その通りね。亭主がよっぽどしっかりしてない限り揉め事は絶えないそうよ。そのせいなのか、ある国ではいつしか料理の腕で妻の序列を決める慣習ができたそうなの。それはローランド王国が建国してからも引き継がれたって説があるわね。」
亭主の意見は通らないのか?
「ふぅーん。ローランドってなぁおもしれー国だぜ。意外に平和じゃねぇか。」
「そうでもないわよ? 男が男の義務を果たさなかった時、妻によって毒殺されることだってあるんだから。私は女に生まれてよかったわ。」
その義務ってのには夜のお務めもあるんだよな。浮気をするのはいいとしても、そのために自分の妻を抱けなかったら……
誰かが言ってたよなぁ。金さえあればハーレムや後宮は誰でも作ることができるが、自分の妻や妾に殺される男は珍しくないって。しかもローランド王国では平均的には女性の方が魔力が高いんだもんなぁ。胃袋だけじゃなく、あちこち握られまくりだな。私はアレクになら喜んで握られるとも。義務だって果たすさ。つーか義務だなんて思ったことなど一度たりともないけどね。
「おーこえ……そこら辺クロミぁどうなんだよ……エルフにもハーレムとか一夫多妻とかあんのか?」
「んー、一応は一夫一妻だけどー。そもそもうちらダークエルフって男のアレが弱いからー? 夫婦になりにくいんだよねー。むしろ種だけ貰って村の全員で子育てする感じ?」
あー、ダークエルフはそうだったな。他の村からエルフが妊娠させにやってくるんだったか。
「く、クロミはいいのか……そ、その、俺と……け、結婚しても、子供ができないんだろ……?」
「んー、別にいいしー。ドロガが死んでから考えるし。」
あ、それもそうか……クロミの方がだいぶ寿命が長い……異種婚姻の利点か欠点か、どっちなんだ?
「は、はは……そ、そうだな……おっ、それより女神よぉ。もう少しその話ぃ聞かせろよ。」
ドロガーめ。話を逸らしやがったな?
「もうそんなに話すことないわよ? 後はそうね……そのある国というのが、勇者王ムラサキ陛下の唯一のお妃であったメアリベル王太后殿下の故国、旧チューダー王国ってことぐらいかしら。」
現在の王都がある場所だったな。昔はチューダー王国って言ったのか。何かで読んだ気もするが。それにしても、よくもまあ五百年も続いた戦乱の時代が終わったもんだよな。案外魔王のおかげだったりするんじゃないの?
「やっぱ大国ってのぁ色々と歴史があるもんだよなぁ。だいたい魔王って何なんだよ……勇者もよぉ。」
「分からないわね。勇者王ムラサキ陛下と魔王サタナリアスの戦いのせいでヘルデザ砂漠ができたって説もあるし。ちなみにムラサキ陛下の髪は死してなお艶やかな濡羽色だったそうよ。アーニャみたいにね。」
「えっ、えっ? 私?」
「黒ちゃんの髪も黒くてきれーよね。うちの肌とは違った意味でさー。」
「えへ、そ、そう?」
「そうね。アーニャの髪って艶々してるわよね。手入れの方法って…………」
あ、女三人集まれば何とやら。一気に髪に関するトークが始まってしまった。
「それよりドロガーさぁ。ギルドに行くのか? 一人で動くのは得策じゃないと思うぞ?」
「まあ、俺もそう思う。だがこんなのは早ぇ方がいいんだよ。キサダーニにも話ぃ通しておかねぇとよぉ。」
あー、キサダーニは頼りになりそうだよな。
仕方ない。コーちゃん、ドロガーと一緒に行ってやってくれる? コーちゃんなら何が起こっても一人でも戻ってこれると思うし。
「ピュイピュイ」
ありがとね。
「よかったな。コーちゃんが付いてってやるってよ。」
「へっ、余計なお世話だぜ。ありがとよ。」
「ピュイピュイ」
エチゴヤの奴らはカムイ対策は考えてた節があるが、コーちゃん対策は無理だろ。コーちゃんを拘束するなんて私にだって無理なんだから。




