620、人斬りキリヤ
悪戦苦闘の末にカムイを檻から出すことに成功した。ますます筋肉痛が酷くなってしまうぞ……あー疲れた……
ちなみにカムイはまだぐったりしている。
「ガウガウ……」
難しい話は後回しだな。
そこらに転がってた赤兜を一人拾って、ファベルに行くとしようか。だいぶグダグダになってしまった気がするが、最終的に勝てばいいんだ。ローランド王国国歌にもあるもんな。『我ら勇者が勝利する』って。私は勇者じゃないけど。
はぁ、それにしても急にあれこれ起こったもんだから頭が付いていかないな。そりゃあ私がやったことだけどさ。
だいたい大番頭には逃れられるしカムイは拐われるし、散々だな。警戒はしてたんだけどなぁ。全員にきっちり警戒するよう言ってなかったのが悪かったのかなぁ。アレクは私がいなくてもきっちり警戒するタイプなんだけどなぁ……
到着。さすがにまだドロガー達は来てないだろうな。
あれ? やけに静かだな。ここ最近はやたら人数が増えて騒がしい場所だったはずだが。
「マダラー、いるかー?」
誰もいない……さすがにこれはおかしいだろ。
しかも、壁や床に残る汚れ……そして匂いは……
「いよぉ。待ってたぜぇ?」
奥からすっと現れたこいつはまさか……?
「エチゴヤのモンか?」
「当たりだ。お前さんが魔王だな? さんざんいいようにやってくれたが、ここで終わりだ。死んでもらうぜぇ?」
ムラサキメタリックの刀。いい武器持ってるじゃん。構えも堂に入ってる。剣の腕は私より上だな、かなり。ここに居た奴らじゃあ皆殺しにされてもおかしくない。
「名前ぐらい聞かせろよ。かなりの使い手と見た。」
「人呼んで人斬りキリヤ。エチゴヤの暗部ってとこだな」
刀、人斬り……こいつカドーデラとキャラがかぶってやがる……よく見れば服装も似たような着流しだし。歳はこいつの方が若いか。
「お前もしかして蔓喰のカドーデラに憧れてんのか?」
「へっ、誰があんな奴! 俺ぁ俺だぁ! 死ねぇいいいいぃやぁぁぁ!」
『榴弾』
いくら剣の腕が立っても数百発のベアリング弾は避けられないよな。こいつ使い捨ての鉄砲玉なんじゃないの? なかなかの腕してそうなのに。
「くっ、やるなぁ……」
「まだやるか? 一応殺さないように注意はしたけど、このまま放っておくと死ぬぞ?」
情報が欲しいからな。簡単に殺す気はない。まだ両手足をボロボロにしただけだ。
おっと『風操』
「何を飲もうとしてんだよ。ポーションじゃないな。神酒の欠片かよ。没収な。」
「強ぇ……これが魔王かぃ……」
「いいのか? このまま死んで。」
「へっ、死にたかぁねぇが助かる術なんぞありゃしねぇよ……」
「何のために生かしてると思ってんだよ。助かりたいならあれこれ吐けよ。」
「言うと思うかぁ? 俺が知ってることなんざ大したこたぁねぇだろうけどよぉ……渡世の義理ぁ曲げらんねぇなぁ……」
エチゴヤには珍しいタイプだなぁ。案外カドーデラと気が合ったりするんじゃないのか? 生かしておきたい気もするが……
「うちの狼ちゃんが赤兜に狙われた。何か知ってるか? 言えば楽に死なせてやる。」
「さあねぇ? ただ……赤兜みてぇな腰抜けどもがお前さんとこのやべぇ狼ぃ狙うたぁ思えねぇ……」
「まあいいだろう。じゃあ死ね。」
『快眠』
『氷弾』
うーん、なんだか勿体ないことをした気もするんだよなぁ。こいつみたいなタイプって味方につけたらそこそこ役に立つんだよなぁ。
よし、切り替えよう。
コーちゃん、カムイとここで待っててくれる? アレクたちを迎えに行ってくるから。
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
おっと、忘れてた。カムイに『解毒』
「ガウガウ」
変化なし? じゃあやっぱ毒じゃないのか……
全然分からん……クロミに頼ろう。少し待ってな。
さっき拾ってきた赤兜はここに置いとけばいっか。後回しってことで。
隠形で身を隠しながら宿、若草雲荘へ戻った。上から見る限り騒動は収まってるようだが……
「アレク、大丈夫?」
「カース! ごめんなさい、遅くなって……」
「いやいや、問題ないよ。少し気になって来てみただけだから。結局全滅させたんだね。やるじゃん。」
途中で逃げるって手もあったろうに。
「クロミが怒ってたみたいで……」
あー、なるほど。中庭がめちゃくちゃになってるもんね。いや、中庭だけじゃない。その周辺の建物にまで被害が及んでる。こりゃ大損害だね。悪いのは赤兜だから私の知ったことではないけど。弁償してなんかもらえないだろうねぇ。可哀想に。
「あー、ニンちゃん来たんだー。ちょうど用意ができたとこだしー。もう行こーよ。」
おお、部屋に置いてたニセ番頭を持ってきたのか。アーニャには無理だもんな。
「よぉ魔王よぉ……おめぇテンポのことぉどう思う?」
座り込んでいたドロガーが立ち上がりながら発言をする。元気ねぇなこいつ。
「テンポが裏切ったとでも?」
今のあいつには契約魔法がかかってないもんな。裏切ってもおかしくはないが……そんなメリットあるか?
「あー、言われてみればー。タイミングよくなーい?」
「タイミング? どういうことだ?」
カムイの体調が悪く、アレク達の隙をつけるタイミング?
「うちらここでお昼を食べたんよねー。で、昼からも黒ちゃんに魔力流してたの。ついでに金ちゃんにもね。で、全員めちゃくちゃ集中してたもんだからー。気付けば赤い奴らとかいてさー。狼殿も体調悪そうにしてるし。」
魔力を……そりゃあ確かに繊細な作業だもんな。かなり集中してたってことか。そこに眠りの魔法を使われたとか言ってたもんな。それから気になるのが……
「昼飯んときゃあテンポの奴いたんかぁ?」
そう。私もドロガーと同じことが気になった。
「いたしー。うちらと同じもの食べてたよー。」
「そうかよ……魔王、どう思う?」
「何とも言えんな。まだ偶然で通る範囲だしな。それよりさっさと行くぞ。乗れ。」
『氷壁』
『隠形』
『浮身』
ギルドも心配だが、ひとまずは身を隠す。ファベルじゃあ隠したうちに入らないだろうけどさ。
宿の従業員にあれこれ吐かせたいし、水で満たした地下道の先も気になってるんだよなぁ。きっと道の先からは水が溢れてるはずだしさ。そして赤兜の本部や城門付近の詰所なんかも気になる。今どんな状態なのか。
気にはなるが後回しにするしかない。今は全員で固まっておくのがベストと見た。テンポの野郎はいないけど。




