618、番頭と赤兜
目の前にあるのはただの壁。この向こう側かな?
『水鋸』
隠し扉の仕掛けなんか分からないから適当に切り開く。
なるほど。こっちが本当の院長室って感じかな。金庫もあるし。丸ごと没収だな。いや、金庫だけじゃない。机や戸棚、椅子に至るまで全部いただこう。
「ピュイピュイ」
おっ、そっちに抜け道? この床から?
『浮身』
なるほど。闇ギルドの定番らしいな。ここから地下道に行くわけね。
『津波』
水で満たしてやった。
誰が逃げたか知らんが溺死してしまえ。本当は二人ぐらい生け捕りにしたかったけど、大番頭一人でまあいいとしよう。
よしコーちゃん戻ろうか。ドロガーも心配だしね。
「おう魔王ぉ……悪ぃな。」
「やっと起きたか。帰るぞ。宿が赤兜に囲まれてるかも知れないからな。」
「何だとぉ!?」
「カンダツが言ってたのさ。まあこちらの動揺を誘うためのハッタリだろうけどな。それに囲まれてても問題ないだろ。」
「そりゃそうだ。で、そいつが大番頭か? やったなぁおい。」
「おう。とりあえず兜だけ外してくれよ。俺はもう疲れたもんでな。」
「おうよ。ちぃと待ってな。えーっと……ここんとこを……」
はぁ……疲れた……身体強化も少々強めに使ってしまったしなぁ。こりゃまた筋肉痛確定だな。
「おう魔王。待たせたなぁ。とりあえず兜ぁ外したぜ。」
「おう、ごくろ……誰だこいつ……」
「あ? こいつが大番頭じゃねぇのかよ?」
明らかに別人だ……
先ほど私が見たのは五十代のナイスミドルだった。だが、こいつは明らかに若い……
声は……兜越しじゃ分からないか……
いつの間にやら入れ替わってカンダツ本人は逃げ切ったわけか……あの地下道から?
だとすると死んでる可能性もある。結構時間が経ってたはずだから、溺れず逃げ切った可能性の方が高いか……
くそが……ここまでやって逃げられたのかよ。
私どころかコーちゃんにすら気付かれず……
「違う。こいつじゃない。それより宿に戻るぞ。それからすぐに天都を脱出する。」
「あ? なぁに焦ってんだぁ?」
「俺らは孤児院を襲撃して、職員や子供を殺してしまったからな。騎士団に拘束される理由は揃いすぎてるんだよ。特に大番頭に逃げられたからにはな。」
子供が死んだのは私のせいじゃないが、どう考えても罪をなすりつけるには格好の状況が揃ってるもんな。あいつらの方が一枚上手だったか。
ついつい、いつものノリで行動してしまったが場所が孤児院ってことを考えるとやり過ぎだったか……もっと夜中にこっそり忍んで来るべきだったかも。
「そりゃそうだ。手配されるたぁ思えねぇが逃げといた方が無難じゃあるなぁ。」
たぶん子供たちはまだまだいるんだろうけど、悪いが放置だな。エチゴヤを離れる絶好の機会だと思ってくれ。
外まで出たら『水壁解除』
『氷壁』
「乗れ。」
「おう……ゆっくり飛べよ……」
知らん。
『浮身』
『隠形』
宿は……あっちか。
やはり宿を取り囲む赤兜などいない。私にハッタリなど効かないのだ。
「お、おかえりなさいませ。お連れ様は中庭にいらっしゃいます」
「おっ、ありがとな。ところで赤兜が来たりしてないよな?」
「え、ええ。も、もちろん来てなどいませんが」
「そうか。ありがとよ。こいつのことは気にしなくていい。ダチなんだ。部屋に寝かせておくから。あ、そうそう。全員で少し出かける。戻りがいつになるかは不明だけど二十五日には確実に戻るよ。」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
えーっと、中庭はこっちか。先に部屋に寄ってこいつを置いておくか。
それにしても客室係はどうしたんだ? 何を焦ってんだか。
『ニンちゃん……来ちゃだめ……』
今のは……クロミからの伝言だ……
『どうした?」
『ウチら赤い奴に捕まえられたの。狼殿も香辛料にやられちゃって……』
狼と香辛料……などと言っている場合ではない。
『赤兜は何人だ? アレクとアーニャは?』
『三十人ぐらい。宿ごと眠りの魔法を使われたみたいで……金ちゃんもウチも動きが鈍って……』
『そいつらの鎧の色は?』
『今は紫だよ』
『分かった。もう少し辛抱してな。暴れるのはそれからだ』
赤兜の奴ら……よっぽど上手くやりやがったようだな……一体どうやって?
カムイは弱点がバレバレな気もするが。
『アレク、今助けに行くからね』
アレクは伝言が使えないから、こちらから一方的に伝えるだけだ。
『ドロガー、顔色を変えずに聞け。この先の中庭に赤兜が三十人いる。アレク達を捕まえているらしい。お前はコーちゃんと一緒に正面から出てとにかく暴れろ。人質とか気にせずに。その間に俺がアレク達を助けるから。分かったら右頬をかけ』
ドロガーは軽く私の方を見て、右手の人差し指で頬をポリポリとかいた。じゃあコーちゃんも頼むね。
「ピュイピュイ」
さて、どういう名目で赤兜が出張ってきたのかは知らんがアレクに手を出した以上はもう容赦せんぞ。それにしても赤兜にしては用意周到だな。よくクロミを制圧できたもんだな。
『クロミ、もう少し聞かせろ。お前たちはどんなふうに拘束されてるんだ?』
『なんかロープでがちがちに縛られててー。今からどこかに移動するっぽいー』
ちっ、騎士団本部か? そこに行かれたらキツいな……
つまり赤兜どもはここで私たちを待ち受ける気ではなかったってことか。私がエチゴヤを攻めに行こうと行くまいとここを制圧しに来ていたってことか?
『分かった。ドロガーの姿が見えたらロープを切って一緒に暴れてくれ』
その間にアレクとアーニャを助けよう。
『分かったし』
これでよし。幸いなのかあいつらの詰めが甘いのか、クロミの魔力は封じられてないようだ。これなら奪還の余地はある。
問題があるとすれば私の魔力が残り少ないってことぐらいか……




