605、正室の威厳
朝の湯船。アーニャを胸に抱き、唇を奪った。
「和真……前より上手くなってない?」
「自分じゃ分からないさ。アレクとしかしたことないんだから。」
「そうなの? モテそうなのに。」
「モテるよ。モテるけど浮気なんかしたことないし。」
「和真らしいね。その辺りは前と変わってないんだ。なんだか嬉しいな。」
前と変わってないのは浮気をしないところだろうな。当たり前のことなんだけどね。モテる発言についてはスルーかよ。
「それより冒険者として登録するつもりだったんだよね? どの程度戦える?」
「ゴブリンなら同時に三匹までなら勝てるよ。オークだと出会っても逃げきれる程度かな。」
「上出来だね。魔力庫は?」
「作ってないよ。そんなお金なかったし。」
そりゃそうか。魔力庫があればコツコツ貯めた金を村に隠すこともなかっただろうしね。
「クタナツに帰ったら作っておこうか。金と魔石は僕が用意するからさ。」
「もう私の前で『俺』って言ってくれないの?」
話を逸らすなよ……
不安なんだろうか。
「なあ、アーニャ。僕たちはもう新しい人生を歩んでるんだぞ? いつまでも昔に囚われるのはどうかと思うが……」
「ごめん……分かってる……分かってるけど……」
不安と言うより不安定って感じなのかな……
私だって本当は聞きたいことが実はまだまだある。聞きたい……でも聞きたくない……
特に両親のこと……
どんだけ親不孝してしまったんだよ……
とても聞けない……
「さて、朝飯にしようか。まだ外に出すわけにはいかないから、アレクから魔法について教わるといい。今のままだと低性能の魔力庫しか作れそうにないからさ。」
「う、うん……」
不満そうな、悲しそうな顔を見せる。頼むから私を独占しようとか考えないでくれよ……アレクにアーニャを殺させたくないぞ……
「ねぇ和真……私の裸を見ても、私に触れても全然反応してくれないのは、私が小さいから?」
「違うよ……超強力な契約魔法がかかってるからだよ。言ったよな?」
「聞いたけど……」
まだ十四歳ぐらいだよな? なら体のあちこちが小さくてもおかしくない。当時のアレクと比べるのは酷ってものだろう。
「なぁ、アーニャ。死んでまで僕のことを忘れなかったことは嬉しい。男冥利って感じだよ。それに引きかえ、僕ときたらそんなことちっとも考えてなかったよ。もう誰一人、二度と会えないものと思い込んでた。今じゃもう友人の名前すら思い出せない始末だよ……」
「ううん……私だって、もし私の方が先に死んでたらと思うと……きっと先のことなんか考えられなかったと思う……和真が先に逝って……待っててくれるって思っちゃって……そしたらもう後先考えられなくって……」
「アーニャ……」
「もっと! もっと強く抱いてよ!」
くっ……何度聞いても……これは反則だろ……たまらなく泣けてしまう……
どうしようもなく、抱きしめてしまう……
くそっ……こいつアーニャ……なんて細いんだよ……枯れ枝状態から復活したはずなのに……
結局、体が乾いてもアーニャは私を離さなかった。どう考えても湯冷めしそうだったから風壁で温度をキープしたけどさ。だから余計に離さなかったのか?
「おはようカース。湯冷めしてないか心配したわよ?」
「おはよ。ちょっとアーニャと色々あってね。」
「お、おはようございます……」
むっ、アレクの目が厳しい。私にではない。アーニャに対してだ。
「アーニャ。時にはカースに甘えるのもいいと思うわ。でも、甘え過ぎはだめよ? あなたが望めばカースは大抵のことは叶えてくれるはず。極端な話、金貨が千枚欲しいと言ってもね。」
「え、いや、私そんなこと……」
「いいのよ。そのぐらいカースにとっては軽いことだから。でも、だからこそ私たちは考えなければいけないの。カースに甘え過ぎてはいけないってことを。分かるわね?」
「うっ、は、はい……」
「分かればいいの。何度も言うようだけど、あなたが立ったそこはフランティア辺境伯家の姫君や領都で一、二を争う大商会の女傑でさえ叶わなかった居場所なの。断腸の思いで諦めた人間が他にもいることを忘れないで。そして、魔王たるカースに相応しい女になるのよ。私と一緒に。いいわね?」
アレクは厳しいな……でもなんだか楽になった気がする。これが正室の貫禄ってやつだろうか。でも魔王たるってのは言い過ぎな気もするが……いや、これ系の話はアレクが仕切ることになってるんだ。私が口を出すべきではない。
「分かりました……」
「じゃ、朝食にしようか。特にアーニャ、今日から量を二倍に増やそうか。」
「に、二倍!? そんなぁ!」
「あらいい考えね。冒険者として生きるつもりだったのなら食事の重要性は分かってるわよね? 大丈夫、食べたら食べた分だけ消費することになるわ。だから太ったりすることなんてないわ。大丈夫よ。」
「は、はい……」
本当ならガンガン走ってもらうべきなんだけど、今は無理だな。中庭あたりでアレクに鍛えてもらえばいいさ。
そして朝食。呼んでもないのにクロミたちもやってきた。タイミングいいな。
「ニンちゃん今日は何するのー?」
「またスラムかな。ちょっと仕上げをしてくる。それから天都内に戻ってちょこちょこ歩くかな。」
「ピュイピュイ」
おっと、今日はコーちゃんも来たいんだね。いいとも。ならばカムイは留守番を頼むぞ。アレクとアーニャをしっかり守ってくれよな。
「ガウガウ」
「えーもぉーまたぁー? ニンちゃんも遊ぼうよぉー!」
ドロガーと遊べばいいだろうに。地味にラブラブになってる気がするぞ。
「つーか手伝わなくていいんか? 手ぇ足りてんのか?」
「ああ、大丈夫。ありがとよ。もし街でローランド人奴隷を見つけたら買っておいてくれたらいいさ。」
「そうそう見つかるかよ。まあ、見かけたらな?」
見た目で判断しにくいのが難しいところなんだよなぁ。言葉だってほぼ同じだし。
焦らずこつこついこう。どうせ本番はジュダとの面会日なんだから……




