601、テンモカ、そしてファベル
あらら、もう城門かよ。案外話が弾むもんだな。最近アラキ島の沖で見た船が遠目にも大きかったとか、この前初めて船に乗ったとか。カシラは酔ったのにヨーコちゃんは酔わなかったらしい。やるじゃん。
私からは前国王の船名が変って話題を提供した。なんとヨーコちゃんからするとかっこいい名前らしい。バーニングファイヤーメガフレイムが……
「ヨーコちゃん、帰りは一人で大丈夫なの?」
蔓喰の者が物陰に隠れてるとは思うが。
「はい! 帰りは騎士さんが送ってくれるんです!」
へー……領主との間で何やら密約でもあるのかな?
あ、そういえば……どんな条件でアラキ島を献上したのか聞いてなかった。まあ私には関係ない話だからどうでもいいんだけどさ。
普通に考えれば、税を納めるから守ってくれとか、非常時には兵隊になるとか、闇ギルドならではの情報を提供するってとこだろうな。表と裏が思いっきり癒着しちゃってるけど、お互いに都合がいいんだろうね。利用しあう関係としても、いつでも切り捨てられる関係としても。
「それなら安心だね。じゃあヨーコちゃん。またね。」
「はい! 本当にありがとうございました! また来てください!」
素直な物言いがかわいいね。こんな子には普通に学校行って勉強してて欲しいなぁ……
手続きは一瞬、ほぼ顔パスだ。
城門をくぐる前にもう一度振り返ってみた。ふふ、嬉しそうに手をぶんぶんと振っている。本当にいい子だなぁ。私も振り返そう。
少しだけ名残惜しいかな。
さて、イカルガに戻るとしよう。今からなら日没には余裕で間に合うな。大丈夫だよな? 何か忘れものとかしてないよな?
あっ! 思い出した!
ファベルに他にもあるエチゴヤの拠点を潰そうと思ってたんだ! あの女達をテンモカに連れてきたもんだからすっかり忘れてた。まあいいや。またにしよう。今夜のうちに逃げられてそうな気もするけど。さすがに夜を徹してまでそんな下らないことをする気はない。
今日のところは大人しく宿に帰ろう。
到着。ファベルの中、ジノガミの建物前だ。帰る前に少し様子を見ておくだけだ。
「おーうマダラー。いるか?」
「今度は何だよぉ!」
「またエチゴヤかぁ!?」
「ぎゃああ魔王ぉぉーー!」
さすがにさっきの今だもんな。ちゃんと覚えていたか。こいつらの頭にしては上出来だ。あ、いた。
「ようマダラ。というわけでファベルのエチゴヤ勢力はお前の傘下だからな。しっかり仕切れよ?」
「くっそがぁ……どう考えても逃げ場がねぇじゃねぇか……ハシゴを外したらマジ殺すからな……」
「むしろ今がチャンスだぞ? トツカワムのエチゴヤどもは蔓喰に負けたし。案外あいつら天都まで攻めてくるかも知れんぞ? そうなったら手を組んで一緒にエチゴヤを丸ごと潰してやれよ。そしたらお前が天都イカルガを仕切る大ボスになるんだぜ?」
「な、トツカワムが……だとぉ……!?」
「ちょいとあんたぁ! それ本当なのかいぃ!? アタシですら知らないってのに……」
「エチゴヤも落ち目なのかもな? よかったなズレナ。お前はツイてるみたいだぜ。あぁそうそう。ファベル内にはまだエチゴヤ勢力が残ってるんだよな? 明日の昼までにお前らで潰すか配下にするか、やっとけ。もう一つの日和見な組織も含めてな。」
面倒なことは人任せ。下請けぶん投げアウトソーシング。
「おおよ! やったるぜ! 俺がファベルの! いや、イカルガの王になるぜ!」
おお、いきなりマダラにスイッチが入った。今の会話のどこにそんな要素が……
「ズレナ、エチゴヤが潰れたら可愛がってやるよ。それまではマダラやそこら辺の男で我慢してな。」
「あんたぁ……ひどいよぉ……もぉアタシこんなになってるのにぃ……」
どんなにだ? 見えないものは分からないな。
「じゃあまた明日の昼過ぎに顔を出す。あ、そうだ。マダラ、これやる。好きに使え。」
一億ナラー。調子に乗ってる時はとことん乗らせておくに限る。
「なっ! ま、マジかよ! そ、そんなに俺のことを買ってくれて……分かったぜ魔王ぉ! 俺ぁやる! あんたの期待に応えてイカルガの裏を仕切ってみせるからよぉ!」
「おう。がんばれ。」
無理だと思うけどなぁ。でも豚に空を飛ばせるためにはこのぐらいしないとね。鞭の後には飴が効くもんだよな。
よし、今度こそ帰ろう。さすがにこいつらは入り口前に整列なんてしなかった。練度が低いねぇ。
城門前。日没にはまだまだ時間があるせいか、そこまで混んでない。この分なら二十分も待てば通れるか。ドロガーがいないと素通りとはいかないね。
「次!」
「ほれ。」
ギルドカードと千ナラー。袖の下は大事だからな。
「ん? 十等星か? ふん、しけてやがる、ほう? 貴様かぁ……よくのこのこと顔を出せたもんだなぁ?」
何だこの騎士?
「さっさと手続きしろよ。しないなら千ナラー返せ。」
ギルドで定食が二回食える金額。私にとっては端金でも、この金のために命を削る冒険者だっているだろうに。
「きっ貴様ぁ! 怪しい奴め! 徹底的に取り調べてくれる! 大人しくお縄をちょうだいしろ!」
「やれるもんならやってみろ。こっちが抵抗しないとでも思ってんじゃないぞ?」
暴れるのは二十五日の予定だが、それを早めても悪いことなどない。その日までにやっておきたいことがあるにはあるけど。
「お前たち! こいつを囲め! 捕らえろぉー!」
「ルピタどうした!?」
「こやつが何かしたのか!?」
「ルピさんまたっすかぁ?」
「取り調べを拒否しおったのだ! 怪しいことこの上ない! 捕縛したのちしかるべく取り調べを行う!」
口ぶりだけはまともなんだけどなぁ。
「おーい、この中に俺の顔を覚えてる者はいないか? いなけりゃ仕方ないが、後で悔やんでも遅いぞ?」
「貴様の顔ならよぉく覚えておるわ! 先日の無法! 貴様こそ悔いても遅いわ!」
私の顔は覚えてなくても、この服装を覚えてないのは職務怠慢だね。
「あっ!」
おっ、この騎士は見覚えあるぞ。人当たりのいい男だったよな。
「君は! ドロガーのとこの! ブラッディーロワイヤルのメンバーではないか! シューホー大魔洞を踏破した英傑だ! お前ルピタ! 何と失礼なことを!」
「えっ!? ば、ばかな! こんなたかが十等星のガキが……」
「バッカもぉーーん! 先日の通達をもう忘れたか! 彼の名はカース・マーティン! 弱冠十三歳でローランドの王国一武闘会を制したローランドの魔王殿だ! 陛下よりくれぐれも丁重に接するよう勅命があったではないか!」
ジュダの勅命? そんなことより……着々と私の情報を集めてるようだな。狙っているのはお互い様ってことか?
「分かってくれたらいいんだよ。あ、そうそう。いくら門番の特権でも賄賂はほどほどにした方がいいと思うぞ。」
「君の言う通りだ。ルピタには後できつい罰を与えておく。迷惑をかけてすまなかった」
「ああ。あんたのような立派な騎士ばかり割りを食う気がするが、がんばってくれ。」
だって頭を下げてるのはこいつだけで、腐れ騎士の方は不貞腐れたような顔してこっちを睨んでるだけだし。
「ありがとう。君の寛大な心に感謝する」
睨みつける腐れ騎士に嘲りの笑みを向け、悠々と城門内へ。あいつのような腐った野郎がこの後どうするか、きっとあるあるな行動をするんだろうさ。




