598、シューマール・アラカワとの再会
例によっていきなり城門前に着地。私はこれでも名誉アラカワ領民だからな。領主一族に次ぐ特権があるって話だったのになぁ。その身分証を失くしてしまったんだよな……
「なっ……あっ! 魔王様!?」
おっ、門番の騎士がちゃんと私のことを覚えていてくれたとは。優勝までしたんだから当然と言えば当然か。
「やあ。悪いが身分証を失くしてしまったんだよ。再発行って頼めるかな? それから、この人数だけど入ってもいい?」
「再発行につきましては……すぐにご領主様に話を通して参ります! ご入場につきましては、し、少々お待ちくださいませ!」
ほっ。意外とすんなりいきそうだな。よかったよかった。
「あの、やっぱり魔王様だったんですね……」
「その通りだと言っただろ。俺は嘘をつかないタイプだからな。」
サンドラちゃんによると私は悪意のない嘘が多いらしいが。
「あの……私、処女なんです……」
「いきなりどうした? 話が飛びすぎじゃないか?」
なぜ魔王うんぬんの話からそうなった?
「で、ですからその……お礼というには足りないとは思いますが、その、私の初めてを……男性は初物がお好きと聞いてますので……」
「いやいや、さっきも言っただろ? いらないって。お前の気持ちは嬉しくなくもないんだけどさ。えーっとな、この際だ。お前には悪いが酷い言い方をするぞ?」
「え、は、はい……」
「お前は金剛石が輝いているのに、その隣に落ちてる石ころに目が向くか? 朝日が眩しく昇ってきている時に沈みゆく夜の星が見えるか?」
「あっ……金剛石は分かりませんけど……朝日なら……ご、ごめんなさい! 私ごときが魔王様に抱いていただくなんて……お礼でも何でもないんです……ただ、魔王様の手で女にして欲しかっただけなんです……」
きつい言い方とは思うが、こんな時は情けをかけない方がいいだろう。スパっとふるのが一番のはずだ。例えこいつの本心が、私から金と権力の匂いを嗅ぎつけたからだとしても。
「それでも楽園に行くのか? 俺はあそこにはあんまり姿を現さないぞ? 二度とヒイズルには帰れないってことはないが、かなり難しいだろうよ。」
借金がないなら楽園から出るのは自由だからな。
「はい! 覚悟の上です!」
うーん……
「それなら構わないが……」
そんな極端な生き方しなくてもいいのにさぁ。近場で稼げばいいだろうに……
ん? 門番の騎士たちが慌しいな。おっ、両サイドに分かれて敬礼してる。大物登場か?
城門に並ぶ人々は平伏してるし。
「やあ魔王くん! 久しぶりだね! おや? 女神ちゃんは一緒じゃないのかい? 素朴な女の子連れちゃって。」
シューマール・アラカワ……確か領主の四男だったかな。
「久しぶりだな。再発行のために領主のご子息がわざわざ来てくれたのか?」
私の言葉を聞いて女たちも地べたに平伏した。こんな所で私たちが話していると通行の邪魔になってしまうな。
「とりあえずその話は後にして。一緒に来てよ。そろそろ昼だ。何か食べながら旧交を温めようじゃないか。」
「まあ、いいけどさ。こいつらの分も頼むぞ?」
「もちろんさ。さあ、こっちだ。馬車に乗りきれない子は歩いておいで。」
「お前ら、こちらはここら一帯のご領主シュナイザー・アラカワ閣下のご子息、シューマール・アラカワ殿だ。立て。」
「はっ、ははぁあーー!」
「へ、へへぇーーい!」
「あのっ、そのっ……」
いきなり立ても言っても無理だったか。
「さあ、君たち立って立って。お腹すいてないかい? 一緒にたくさん食べようね。」
外ヅラいいなぁ。内ヅラを知らないけどさ。
震えながら立ち上がる女たち。
「さて、その前に手続きだけは済ませておくよ。君たちの中でも身分証を持つ者はいるかい?」
普通の村民が村の外に出る時は村長が用意する通行手形を持っているものだが……
「申し訳ありません……私たちは全員売られた身なので……何もないのです……」
そりゃそうか。
「ちょっと補足な。こいつらを買ったのはエチゴヤだ。で、さっきエチゴヤの倉庫をぶっ潰してこいつらを解放したところ。行くところがないって言うからここに連れてきたってわけな。」
「あー……なるほどね。そんな場合は売買証書なんかがあるんだけど、潰して奪ってきたんなら、そりゃああるわけないよね。」
「贅沢を言うつもりはない。こいつらの器量にふさわしい店を紹介してくれたらいい。本当は蔓喰に連れていくつもりだったんだけどな。」
「まあせっかく僕が来たんだしさ。全員娼館行きってのも面白くないよね。使えそうな子がいたら領主邸でメイド見習いって方法もあるし。」
「任せるさ。無体で無法な扱いさえしてくれなければいい。」
「あっ、あの! その話、詳しく聞いてもいいですか! どのような試練をくぐり抜ければメイドになれますか!?」
おっ、シバノめ。本性が出てきたか? そりゃあわざわざ危険な場所で娼婦をするよりは、給料は安くても領主邸でメイドした方が将来だって安泰だもんな。
でも、今のは良くないぞ……
「少なくとも、貴人が話しているところに出しゃばる者にメイドは務まらない。気をつけたまえ。」
「あ……も、申し訳ありませっんきゃあっ!」
勢いよくひれ伏そうとするところを私が殴った。
「悪かった。今の一発に免じて審査を平等にしてやってくれ。」
「仕方ないなぁ。魔王くんの言うことだし。今回ばかりは大目に見るよ。そもそも何人採用するかも分からないし、一人も採用しないかも知れないしね。」
そりゃそうだ。普通は身元のしっかりした者から採用するもんな。身元が怪しくても採用される場合とは……捨て石のような仕事をさせる時だろうな。なかなか楽な道は見つからないねぇ。
「あっ、ありがとう、ごぼっございます!」
私としてはこいつのようにガツガツ行くタイプは嫌いじゃないんだけどね。まあそれも時と場合によるよね。
馬車に乗って移動。
女たちは乗ろうとしなかった。当たり前か。
そして到着。シューマールの選択にしては意外な店だな。どこにでもある大衆食堂って感じ。これ系の店って結構好きなんだよね。
「とりあえず食べながら話してよ。あれからどうしてたんだい?」
ほとんどが迷宮の話になってしまうな。テンモカにも私たちがシューホー大魔洞を踏破したことは伝わっているはずだし。
「…………というわけだ。せっかく天都に行ったんだしエチゴヤ潰しにはちょうどよくてな。ローランド人救出もいよいよ大詰めさ。」
「なるほどね。数日前にデメテーラ様からお告げがあったのには驚いたけど、君たちなら不思議ではないよね。エチゴヤに同情するくらいだよ。」
「それはそうと、この女たちは任せていいんだな?」
「ああ、僕が責任を持って預かるとも。」
よし。これで私もひと安心だ。私ったらどんだけ世話焼きなんだよ。
「じゃあ後は任せた。またな。」
「おいおい待ってくれよ。もう行ってしまうのかい? まだ再発行が終わってないし。」
「ああ、再発行ってやってくれるのか? それなら待つが。」
「当たり前じゃないか。他の者ならともかく魔王くんなんだからさ! だからしばらくゆっくりしててくれよ。」
残念ながらそうもいかないんだよな。
「夕方までには出るからな。それまでに再発行できないのなら、受け取りはまたってことで。」
「さすがにそれには間に合うよ。あっ、そうそう。アラキ島のこと、聞きたくないかい?」
おお、その件があった。つーかなぜこいつが知ってる? まさか領主の介入があったとか?
ついに1700話まで来てしまいました。
これからもだらだらと続くとは思いますが、異世界金融をご愛読いただけると嬉しいです。




