586、クロノミーネとアーニャ、そしてドロガー
「そんで魔王よぉ? もう聞かせてくれてもいいよなぁ? この姉ちゃんはお前ぇにとってどんな女なんだぁ?」
やはりドロガーは酔うのが早い。
「ああ、幼馴染だ。」
アレクとアーニャにはまだ口裏を合わせてないが、さっき考えたストーリーがこれだ。適当に合わせてくれるだろう。
「へー。魔王にも幼馴染がいるんか。いやそりゃまあいるか。」
いてもいいだろ。
「うちの実家が引っ越す前の話だな。まだ二歳参りにも行ってない頃か。よくあるだろ? 小さい子同士で結婚の約束するアレだよ。」
「あー、あるなぁ。つーか意外すぎんぞ? 魔王って女神一筋じゃなかったんかよ?」
「えっ!? 女神?」
悪いがアーニャの疑問はスルーさせてもらうぞ。
「なぁに、アーニャに会ってあの頃の気持ちが少し蘇ってしまってな。出会ったのはアーニャが先だったんだけどな。身分のこともあるし、側室になってもらうことになった。」
少し苦しい言い訳だが、一般的な男からすれば不思議でも何でもない。
「へぇー。お前もやっぱ男だったんだなぁ。」
「えぇー!? 黒ちゃんばっかりずるいー! ウチもウチもぉー!」
「えっ!? クロミさんもカースのことが好きだったの!?」
「そうだしー。ウチとニンちゃんはお互いの大事なものを握りあった仲だしー。デートだってしたしお風呂だって一緒に入ったことあるしー!」
「えっ!? い、いいのアレクさん!? 私どうしたら……」
お互いの大事なものか……間違ってはないな。命だろ?
「ドロガーいいの? クロミがこんなこと言ってるわよ?」
このぐらいでアレクが動じるはずもないよね。
「いいわけねぇだろ! おうクロミぃ! 昨夜の話ぁ嘘だったんかぁ!」
おっ、昨夜だと? そういえばクロミだけギルドに置いて帰ったんだよな。
「えっ、べ、別に嘘じゃないし……ド、ドロガのこと別にき、嫌いじゃないし……ニンちゃんが二人目を娶る的なことを言うからつい……」
「嘘じゃねぇんならいいさ。おい聞いてくれや魔王。俺らぁなぁ! もし魔王がローランドに帰っても次の迷宮にもぐることにしたかんよぉ! でだ! その迷宮を踏破できたら晴れて結婚すんだよ! 二つも迷宮を踏破した冒険者なんざぁヒイズル史上初だぁ! 俺ぁ伝説の冒険者になれんぜぇ!」
さすがに酔いすぎだろ……一つでも初なんだろうに。
「クロミ、本気か? カムイやコーちゃんなしで迷宮攻略なんて何年かかるか分かったもんじゃないぞ?」
「あー、うん。半分本気かなぁ。迷宮って危ないけどまあまあ面白かったしー。それにウチだってそろそろニンちゃんのことを諦めないといけないしー? ちょうどよくなーい?」
おお。クロミ偉い。ちゃんと先のことを考えてたんだな。なんだか嬉しくなってきた。
「今度はキサダーニの野郎も呼んだからよぉ。俺とクロミ、テンポとキサダーニ。あと二人ぐれぇ使える仲間が揃やぁ夢じゃねぇぜ。今回のシューホー大魔洞で感覚は掴んだからよぉ。じっくりと、焦らず一階ずつ攻略していくぜぇ。」
おお……これぞヒイズル冒険者のあるべき姿か。ただし問題があるんだよなぁ。
「迷宮税はどうする気だ? 今回みたいに踏み倒すのか?」
迷宮税八割って正気じゃないよな。まあ天王からしてみれば立ち入りを許可してやるだけありがたいと思え、とか考えてんだろうなぁ。
「そこは今回の謁見次第よぉ。どうせ一人ずつ褒美ぃくれんだろぉ? だったら俺ぁ免税許可証でもおねだりしてやんぜ! どうもケチくせぇって噂の天王陛下だけどよ? そのぐれぇの器ぁ見せてくれんじゃねえの?」
「なるほどね。いい考えかもな。」
たぶんそんな物なくても潜り放題になると見たけどね。
「あ、ウチ行かないよー? いいよねー?」
「あぁー、まあいいんじゃねぇか? でもどうしたことよ? 褒美もらえんだぞ?」
「いやー、いくらウチでも人間の国の王をさー、ついつい殺ったらまずいってことぐらい知ってるしー。ニンちゃんもそう思うくなーい?」
「あー、うん、まあそうかもな。当日は適当に体調が悪いとか言って寝てればいいんじゃない?」
実際には一悶着ありそうだが、そんなのはその時考えればいいだけの話だ。アーニャだって連れていく気はないからクロミに護衛してもらうと考えれば悪いアイデアではない。
「そーするしー。何かおいしー料理があったら持って帰ってくれたらいいし。」
タッパーに詰めて? それ系の魔道具があったら便利そうだな。めちゃくちゃ高そうだけど。
「えっ? なにそれ……クロミさんって殺人狂な一面でもあるの?」
ぼそりとアーニャが質問をしてきた。
「価値観が違うだけさ。アーニャだって頬に蚊が止まったら叩くだろ? それと同じなんだよ。生意気な話だけどエルフってのは普通の人間を虫ぐらいにしか思ってないのさ。なのにアーニャのことは黒ちゃんって呼んでるだろ? これはかなり珍しいケースだな。俺に対しても人間だからって理由でニンちゃんって呼んでるし。」
そりゃあ人間に蚊の顔と名前を覚えて見分けをつけろって言われても無理だもんなぁ……こればっかりはどうしようもない。私だってエルフの顔と名前が全然覚えられないんだから。そりゃあ文句言えないよなぁ……
「へ、へー……そうなんだ……知らなかった……」
「そもそもローランド王国の人間でエルフに会ったことがある者って百人もいないと思うよ。そりゃあ知らなくて当たり前さ。」
今も生きてる奴に限定すればね。
「ふ、ふーん……エルフかぁ……」
まあ、この手の価値観のすれ違いはどうしようもないよね。アーニャに『色が黒い』って言えば悪口に聞こえるが、クロミにとっては褒め言葉だもんな。おいおい相互理解を深めていきたいもんだね。これぞ国際交流、異文化交流だな。ラブあんどピース。
「女神……弾いてくれないか……俺は歌いたい……」
おっ、テンポも酔いが回ったか。
「カース、弾いてもいい?」
「もちろんいいよ。今夜はどこまでも盛り上がっていこうよ。な、アーニャ?」
「そうね! 難しいことを考えるのは止めるよ。ハナキンはフィーバーしないとね!」
今日って何曜日だっけ?
『消音』
これで部屋の外に音は漏れない。どれだけ大騒ぎをしても近所迷惑にはならないぜ。
よぉーしガンガン飲んで騒ぐぜ! 行くぜ今夜はトゥー ザ ナイト!




