580、オワダの領主
やっぱ長い話になってしまったな。
「そして来週、一月二十五日に天王陛下に会うことになっているもんでな。その時に渡すことができるだろう。だから申し訳ないが同じ内容を書いてもらえないだろうか。」
おっさんは失くした手紙の行き先がシューホーの神と知ってあからさまにホッとした顔を見せていた。対立派閥とかに見られたら相当まずいんだろうね。
「話は分かった。実はこちらもギルドに伝言、いや依頼を出していたのだ。伝言を聞き次第すぐにオワダの儂のところに来てくれるようにと。報酬は五百万ナラーでだ。その分だと聞いてはいないようだな?」
「ああ。初耳だ。そもそもヒイズルのギルドに冒険者登録をしたのは二日前だからな。それも天都イカルガでな。」
「なるほど……儂が依頼を出したのは二週間前だから、まだイカルガにまで届いていなかったのか。」
「で、そこまでして俺に用とは?」
「ギルドには理由を伏せておいたが、手紙を返して欲しかったのだ。」
なぜ……そんな面倒なことを……
『手紙を焼け』とか『届けるな』ではなく直接受け取りたかったってことだよな?
あ、そっか。本当にそうなったか確証が持てないもんな。封を確認し、中身を私が読んでないことと、自分が出したものと同じであることを確かめた上で処分したかったのか。
で、なぜ?
「じゃあ今回は手間が省けたってことでいいのか?」
「そうなる。君には無駄に頭を下げさせてしまったが、いずれにせよ五百万ナラーは払う。」
「いや、それには及ばない。不手際があったのはこちらだ。よって今回は何もなかった、それでいい。」
さすがにあの手紙が迷宮の宝箱から出てくるなんてことはないだろうしね。
それにしてもこのおっさん、いつからこんな理知的になったんだ? あの時、宿の食堂で無茶なクレームつけてた姿とは大違いじゃん。
「そ、そうか。君がそれでいいなら構わんが……」
「ところで、手紙を届けなくいいってのはどういった事情なんだ? 話せないなら話さなくてもいいが。」
確かジュダが天王であるうちはもう出世などできそうにないから、あいつが退位とか交代した時のために意見具申をしたって実績が欲しいって感じだったよな。
「先ほど君が訊ねた通りだ。儂はオワダの領主になった。一月一日付けでな。」
なんとまあ。冗談で閣下と呼んだのが正解だったとは。あっ、だからあの手紙が届くとまずいのか。領主の座をくれてやったのにまだ文句があるのかと思われてしまうわけね。
つーか、よくもまあそんな手紙を書こうと思ったよな。よっぽど浮き上がる目がなかったんだろうなぁ。それなのに今回はどうしてまたいきなり……
「それは天王陛下直々に任命されたってことか?」
「そうだ。まあ正確には陛下より命令書と任命書が届いたのだ。オワダ領主となり、速やかにこの地の治安を回復するようにとな。」
「ん? 普通そういう時って天都まで行って任命の儀式とかあったりするんじゃないのか?」
「ああ、それは春になってからだな。差し当たってはまず治安を回復することが先と陛下はお考えになったのであろう。」
ふーん。いまいち納得はいかないがジュダの考えなんて分からないし、そもそも私が口出すことでもないしね。
「そうか。まあよかったじゃん。オワダと言えばヒイズルの中でも重要な地だよな。おめでとう。」
「はは、いやありがとう。おかげで返り咲くことができた。魔王殿との縁もあることだし、これからはローランド王国との交易にもより力を入れたいと思っている。」
ほう……
「じゃあ一つ忠告。ヒイズル国内でローランド人奴隷を見つけたら保護して送り返すことを勧めておく。テンモカ辺りで何が起こったかぐらい知ってるよな?」
「ああ。もちろんだ。当然オワダで君が何をしたのかも分かっているとも。もちろん儂が知る限りのローランド人はオワダ商会に送ってある。」
えらい。
「ありがとよ。テンモカの領主もそうだが、あんたも話が分かるタイプで嬉しいよ。これからもその調子で頼むよ。」
「ところで今夜はどこに泊まるのだ?」
「いや、すぐにイカルガに戻る。ちょっと用事があってな。」
「そ、そうか……その、よければ晩餐などを催したいと思ったのだが……」
「悪いな。ちょっと立て込んでてな。まあ今回は心につかえてたものが取れてすっきりしたよ。また天都での用事が終わったら寄らせてもらうよ。」
「そうか。待っておるぞ。その時は歓待させてもらおう。ああ、ただ四月の上旬は不在にしていると思うからそこ以外に来てくれると嬉しいぞ。」
「分かった。いつになるかは分からんがオワダにまた来ることは間違いない。じゃあまたその時な。」
ちなみにコーちゃんは大人しく酒を飲み、摘みに舌鼓を打っている。タイミングのいいことにそろそろなくなる頃か。
立ち上がり、部屋から出ようとするといきなり扉が開いた。
「待てい魔王! 私と立ち会え!」
この女騎士はいきなり何を言っているんだ……十代前半のガキじゃあるまいし。
「お前で勝負になるのか?」
なるわけないよな。だいたい立ち会えなんて言ってる時点でだめだ。扉の前にいたのなら、私が開けた瞬間に打ち込んでくるぐらいでないと。甘い奴だなぁ。
「テンモカで貴様が何をしたかは聞いた! そんな貴様に勝てば私が豊穣祭で優勝したも同然! こっちだ! ついて来い!」
本当こいつ何を考えてるんだ? 勝負を挑んできたくせに背中を見せてるし。バカ丸出し。
『麻痺』
赤い鎧も着けてないし。こいつマジでバカ。
「じゃあ閣下、またな。少しは娘に言い聞かせた方がいいと思うぞ。よく今日まで生きてこれたな?」
周囲の騎士は私を睨んでいるが、文句があるなら受けて立つぞ?
「もっともすぎて返す言葉もない。はぁ、いつからこうなってしまったのやら。ますます嫁の貰い手がなくなるわい……」
がんばれ。私は知らん。
だからそんな目で見てもだめだぞ?
帰ろ。




