577、先王グレンウッドと先代ゼマティス卿
ふう。お茶は旨かった。このような北の果てで思わぬ美味だったな。
「さてカースよ。お前のせいで思いがけず長く休憩をとってしまった。その分ぐらい手伝っていけ、と言いたいところだがとっくに済んでおるな。さすがだ。ドノバンやジャックは夕暮れまで帰っては来ぬだろうがアントンやアンヌは街におるだろう。会ってやるがよい。」
「そうですね。ぜひ立ち寄ってみたいと思います。それにしても先王様がお元気そうで何よりです。また来ますね。」
何年後になるかは分からないけど。
「待っておるぞ。お前も壮健でな。」
「ピュイピュイ」
「この子も応援しているそうです。では、失礼します。」
『浮身』
『風操』
先王をはじめ、ここのみんなが手を振ってくれる。ちょっと嬉しいな。見えなくなるまで私も振りかえそう。
さて、先ほどの城壁まで戻った。そして同じく見張りさんに話を聞いてみよう。
「さっきはありがと。おかげで先王様と話すことができたよ。クワナ達の行き先は分からなかったけどさ。ところでうちのおじいちゃん達、ゼマティス夫婦はどこだい?」
「そうであったか。ゼマティス卿ならば数日前から本部の一室でポーションの増産に励んでおられる。怪我人が増えているものでな」
あー……こんな場所だもんな。むしろ怪我で済んだらラッキーってもんだ。ここの人間のレベルの高さを物語ってるね。
「本部と言うと、あの少し大きい建物?」
周囲より少しだけ頑丈そうで高い建物がある。
「ああ。部外者は立入禁止だが君なら問題ないだろう。入口で頼んでみるといい」
「分かった。ありがと。」
今度は飛ばない。城壁から内部に降りて、目的の建物まで歩いてみよう。ほんの百メイルぐらいだしね。あまり多くの人はいないが、皆忙しそうにあれこれと動きまわっている。これが発展真っ只中の街の様子なんだなぁ。
着いた。門番はいない。少しだけ重そうな木製の扉を開ける。なるほど、中にいるのね。受付ってよりは作業のついでに来客対応する感じ? そもそもこんな所に来客なんかないだろうしさ。
「やあこんにちは。僕はカース・マーティン。こっちはフォーチュンスネイクのコーネリアス。うちのおじいちゃんはいるかい?」
「マーティン……おじいちゃん……ゼマティス卿ですか!? し、少々お待ちを!」
さすがに分かってくれるよな。ここで暮らしてて私の名を知らなかったらモグリだぜ、たぶん。
「カース! カースか! カースじゃな!」
「おじいちゃん! お久しぶりです!」
ほっ、前見た時とほとんど変化がない。まずはひと安心。
「おお、おお、よう来たよう来た! コーちゃんも一緒か。うんうん。おや? アレックスはどうした?」
「今回は僕らだけなんです。と言うのがですね……」
「ああ待て待て。それならちと早いが昼にしようではないか。食べながら聞かせてくれ。アンヌもカースに会いたいじゃろうからな。」
「そうですね。おばあちゃんもお元気にされてますか?」
「当然じゃわい。さあ、こっちじゃ。すまんが昼は二人分追加で頼む。」
「はっ!」
ふぅ。なかなか美味しかったな。何の肉だろ。
「…………というわけなんです。クワナの行き先なんて知りませんよね?」
「ううむ、知らぬな。クレナウッド陛下より火急の用件とあって我らも聞くのが憚られたものでな……」
「そうですか。誰かクワナ達が仲良くしてた者っています?」
ここってあいつらの同年代は少ないからな。絞り込めそうなものだが……
「おお、それならおるはずじゃ。クタナツ出身の冒険者で、名は……」
なんとクタナツ出身とは。誰だろう?
「すまぬ。忘れてしもうた。じゃが儂でなくとも知ってる者はおるはずじゃ。倉庫の方で聞いてみるがええ。」
「倉庫ですか?」
「おお、魔境で採れた獲物を解体、保存する倉庫じゃ。そこの食糧は我らの生命線じゃからの。」
「ありがとうございます。ちょっと行ってみますね。」
おじいちゃんたら……そんなにさっさと行かなくても……むしろ泊まっていけばいいのにって顔してる。ごめんねおじいちゃん。
おばあちゃんは顔色も変わりないし元気そうでよかった。こんな過酷な環境で暮らしててそれって凄いよなぁ。
さて、倉庫は……あれか。開発途中の街だから建物の密集具合はすかすか。だから目的の建物が分かりやすいよなぁ。まあ、隣だけどさ。
木造の建物が多い中でここは石造りか。入口の扉は……開いてない。ならばノックしてもしもし。強めに。
『ノルドフロンテは?』
「は?」
何言ってんだ?
「何だって? もう一回言ってくれよ。」
『……ノルドフロンテは?』
あっ、まさか暗号? 本部はするっと入れたのに、ここでは暗号がいるのかよ。もぉーおじいちゃん教えててくれよぉー。あ、違うか。おじいちゃんも知らないんだ。ポーション作りと食糧管理、畑違いだもんな。
「すまんな。その質問は分からないし用件が違う。クワナと親しかったクタナツ冒険者がいると聞いた。そいつらに会いたい。何か知らないか?」
あ、扉が開いた。
「そいつらなら今頃は前組合長と一緒にノワールフォレストの森だ。夕方には帰ってくるだろうよ」
「ありがとよ。そいつらの名前は?」
「グランツとイクラム。腕はまだまだだが素質があるようで前組合長も目をかけているようだ。ところでアンタ……もしかして魔王か?」
「よく分かったな。びっくりしたよ。」
名乗ってないのに。私の顔だって知らないだろうに。
「そりゃあ分かるさ。こんな魔境のど真ん中でそんなお洒落な服着てる人間は魔王以外にいないだろうぜ。クタナツやフランティアには多いと聞いたけどな」
魔王スタイルだね。まだ流行っているのだろうか。
「なるほどな。それで組合長たちはここからだとどっち方向にいそう?」
「おそらく北西だな。若手も連れてることだし、そこまで危険な場所には行ってないはずだ」
「分かった。わざわざありがとな。ところで、さっきのは暗号だよな? 正解は何?」
「特にない。身内以外ここには来ないからな。魔物じゃなければ開けるさ」
あー、返事があればそれでいいのか。さっきのはこいつから見てもイレギュラーだったわけね。
それにしても……クワナの野郎、どこに行きやがった。これって完全にお使いじゃん。まあ前校長と前組合長に挨拶できると思えばそこまで腹も立たないけどさぁ。
でも、北西か……森の中にいられたら絶対見つからないぞ? どうしよう……




