574、ブラシと風呂とアーニャの今後
「おかえりなさいカース。カムイも。」
「ピュイピュイ」
宿の部屋に戻った私たちをアレクとコーちゃんが出迎えてくれた。この四人だけになるのもなんだか久しぶりな気がするね。
「ただいま。変わりはないかな?」
「ガウガウ」
実際には隣室でアーニャが横になっているわけなんだけど。
「そうね。ないと言えばない、あると言えばあるわ。どうも目覚めは近いようよ?」
「おっ、そうなんだ。どれどれ……」
カムイの『風呂に入るんじゃなかったのか』と言いたそうな顔を無視して寝室に行く。
「なるほど……」
顔色に赤みがさし、肉付きもよくなった。それだけではない。顔が明らかに若返っている。三十代後半の顔から十代半ばの顔へと。もともとの年齢は二十代前半ぐらいだったと思うが、初対面の時は痩せ細っていたし不健康だったからよくて三十代後半にしか見えなかったんだよな。
それにしても……マジで体の時間が戻ってるんだな……本当に神業だ……むしろあれだけの対価では安かったのかも知れないな。
マジで体の時間がヒイズルに拐われる前に戻るとするなら、ここで起きた辛い出来事は全て覚えてないことになる。というか経験すらしてないことになるのか。すごいな……
そうすると目を覚ます前に故郷に送り届けるべきか? そうすればこいつは昔のまま、元通りの平穏な生活に帰れるのではないか?
いや……無理か……
生きているなら両親は喜ぶはずだ。だが周囲の者はどうだ? 全員が全員ともこれで一件落着だと無邪気に喜ぶか? 拐われた女が昔のままの姿で戻ってきた。本人にだって何があったか分からないため説明のしようがない。きっと不気味に思うはずだ。村八分で済めばいい方かも知れない。
本人だって、気がつけば五年近く経っていて……自分だけが取り残された浦島太郎状態で……
だめだな……こっそり両親に会わせるだけなら可能だが、とても黙って故郷に帰せるはずがない。やはり目が覚めるのを待って、何が起きたかを全て説明するしかないな。結局のところその方がアーニャにとっては後々のためになるだろう。その時はあいつ……ピエルからも説明させた方がいいな。こんな状況なんだから一人でも顔見知りがいた方がいいはずだ。
いよいよ解明の時が近付いている。アーニャが本当にあいつなのか……だがもうそんなことより、こいつの今後の方が心配になってきた。神の御業によって若さを取り戻したってことが知られても絶対まずいはずだ。きっとどいつもこいつもアーニャの身を狙いかねない。自分への何かしらの恩恵、神の残滓を求めて。無駄なのに……
はぁ……
待たせたなカムイ。風呂入ろうぜ。
「ガウガウ」
「あらカース、もうお風呂? じゃあ私も。」
「ピュイピュイ」
アレクが風呂の間、アーニャを見ててくれるんだね。ありがとコーちゃん。
よし! どうだカムイ。すごくきれいになっただろ?
「ガウガウ!」
ふふふ、ご機嫌なようだ。ただでさえ純白の美しい毛並みが、私の丹念なお手入れによってツヤツヤのサラサラになったんだからな。このまま王宮にだって行けちゃうぜ。
「お疲れ様。カムイったら相当喜んでたみたいね。」
「いやー疲れたよ。ところでアレクはアーニャのことをどうするのがいいと思う? 全部きっちり説明するとか、目を覚ます前に故郷に送り届けるとかさ。」
「私の意見を言うとするなら、そんなのカースの好きにすればいい、になるわよ? 分かってるくせに。」
だよなぁ。アーニャに選ばせる、ではなくて私の好きにすればいい、だもんな。アレクが正しいや。
「アレクの言う通りだね。」
「それにせっかくアーニャにはあれこれと教育したのに、神の恩恵で全てなくなってしまうわね。もしあの子がカースの側室の座を望むなら、また教育をしなおさないといけないわ。」
そりゃそうか。記憶も何もかも元に戻るとするなら、そうなるよな。
全てを説明した後、アーニャは私の元にいたいと願うのか? もし本当にアーニャがあいつだったら、私はそばにいて欲しいと思うのだろうか?
分からない……
こんな時コーちゃんなら、その時その時に最善と思う選択をすればいいって言うんだよな。ならば、目覚めたアーニャと対面して、その時の判断か……それもいいだろう。
判断を後回しにするのも私らしいし。
それだけにアレクが頼もしいな。飽きたら捨てればいい、気に入らなければ殺せばいいとか言っちゃってさ。女傑だよなぁ。
「アレク、大好きだよ。いつもありがとね。」
「カース……私だって大好きなんだから。だから……つまらないことなんか考えないで、好きに行動して欲しいんだから。ね?」
「そうだね。さすがに今回はコトがコトだからちょっと弱気になっちゃうけど。でも、それももう少しだけだね。アーニャが起きたら……その時は、ね。」
「ええ。楽しみにしてるわ。」
こうして二人だけのお風呂タイムを堪能した。外は寒いが浴室は暖かいんだよなぁ。はー最高。




