572、森のガツマツ
街歩き続行中。ブラシはどこだ?
それにしても改めて思うが、やはりここは外国なんだよなぁ。
言葉は同じ、漢字にあたる神代文字も同じ。ひらがなにあたるローランド文字はさすがに多少は違うかな。石造りの建物が多いローランドと違ってヒイズルは木造が多い。それは西のオワダでも東のイカルガでも同じみたいだな。
ローランドとの違いは街の中にそれなりに水路があることだろうか。排水溝って感じかな。それにしては結構きれいな水が流れてるじゃん。冬でも水量が豊富なんだね。
うーん、いい街だね。さすがに一国の首都だけあるよ。人が多いし活気もある。こんな街がもうすぐ大混乱に陥るのは心が痛むね。なるべく市民には影響が出ないようにしたいけどな。どうなることだか。
「ニンちゃん、あれ何かなー?」
「どれどれ? へー、芝居小屋だって。入ってみるか?」
「おもしろそーう! 入る入るぅー!」
「ガウガウ」
カムイにとっては退屈だよな。長居はしないから勘弁してくれよ。
「へいへい兄さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 天王陛下のお膝元! イカルガ屈指の芸達者! カタラビ一座の興行だぁい! 見ない手はないよぉー!」
おおー、熱心に呼び込んでるね。
「狼も構わないか?」
「ようがすとも! まとめて五千ナラーでいかがでやんしょ?」
「一番いい席にしてくれよ。」
「へいよっ! なんとお貴族様で!? へへぇー! でしたら二階の桟敷席へご案内で! 二万五千ナラーになりやす!」
それでも安いな。
「じゃあそれで。」
「へいお二人とご一匹ごあんなーい!」
桟敷席ってどんなのだろうか。前世で歌舞伎とか見に行ったことなんかないから全然分からない。
あっ、なるほどね。相撲の升席に近いのかな? 相撲も見に行ったことないけど。薄い壁で仕切られて自分達だけの空間でゆったり見世物を楽しめるってわけだな。椅子はなく直座りだけど、やたらフワフワする座布団が敷いてある。お好みで座椅子もあるようだ。
二階から見下ろしてみると、桟敷席以外にはステージ前の土間席、その後ろの立見席があるようだ。ぎゅうぎゅうの満員ってほどでもないけどそれなりに人気の一座みたいだな。
それにしてもまだ劇の途中じゃん。よく入れてくれたな。
なになに……演目は……『森のガツマツ』?
見た感じ闇ギルドを題材にしたものっぽいかな。話の感じからすると元農民みたいだな。
それなのに博打と女にハマってズルズルと……
そんな自分が嫌になり一念発起して闇ギルドへ入ろうとするわけか。
闇ギルドに入ることを一念発起と言うのは違うよなぁ……落ちてっただけだろ。
へー。それなのにガツマツって奴は明るさと人情を忘れない言動で地域の人々には愛されるようになったのか。
その理由の一つにケンカの腕っぷしがあるようだ。対立組織との出入りとなった際には率先して先頭をきる。しかも素手で。ふーん。まるでアッカーマン先生の師匠である剣聖ヘイライト・モースフラットみたいじゃん。あの人って剣聖って呼ばれてるくせに街のケンカだと素手らしいね。
ほー、何かあればすぐドスで殺す闇ギルドばかりなのに、決して刃物を握ろうとしない男気に大衆の人気は鰻登り。
あー、うなぎ食べたい……
そしてラストは所属する闇ギルド『ユイシングラン』の跡目を親分から告げられるシーン。
長ゼリフの後、長い静寂が続く。
会場から息を飲む声すらはっきりと聴こえるほどの。
重苦しいほどの緊張感の中、親分がぽつりと……
「ガツマツぅ……後ぁ頼んだ……ぜぇ……」
「オヤジ! オヤジぃぃいいぃぃいいーー!」
「おやじいいいいいぁぁぁ『消音』
主演の役者の声を上回る勢いでクロミが泣き出した。ふう。危ない危ない。いや、少し遅かったか。
それでも観客は劇に魅入っているようでこちらを振り向いた者はいない。よかったよかった。
いやー、いい劇だったなぁ。テンモカでも見たけど、どうもヒイズルって演劇のレベルが高いよなぁ。やたら泣かせに来る気もするけど。
「うゔゔうぅぅーー! ニンぢゃーんんん! ポーション使っであげでよぉぉぉーー! ウチ治しに行ぐじいいいあぁぁーー!」
私だって少しはうるっと来たのに、クロミが大泣きするせいで全然泣けなかった。
「落ち着け。これは芝居だぞ。ちゃんと生きてるから大丈夫だ。」
テンモカでも一緒に見に行かなかったっけ?
「じゃ、じゃあ! あの人間生ぎでるのぉー!?」
「ああ。ちゃんと生きてるさ。だからまた見に来るといい。」
「ゔん! ぐる! 絶対ぐるじ!」
『浄化』
涙と鼻水がすごいな。クロミにも意外と人情があるんだねぇ。人間ごときって見下してるくせに、人間の死に涙するなんて。
これはアレか? ペットが死んだレベルだろうか?
私には分からないが色んなペットを飼っている人間がいたとして、金魚が死んだ時と犬が死んだ時では悲しみレベルは同じなんだろうか? うーん気になる。
「どぉーもお貴族様! お楽しみいただけたようで! ありがとやんす! また来ておくんなっしー!」
「いい芝居だったよ。またな。」
「うええーーん! よがったよぉおおおーーー!」
「ガウガウ」
カムイはそろそろ帰ろうと言っている。まだ三時ってとこだがブラシを買いに行く時間を考えるとちょうどいいかな。
「クロミ、帰るぞ。」
「ゔん、がえるぅーー!」
いや、待てよ? 今ってチャンスじゃないか?
よし、帰る前に寄り道だな。




