566、カムイ出陣
いちいちうるさい案内人を無視するかのように騎士長は口を開いた。
「意外に臆病なんだな。踏破者らしくもない。聞きたいのなら説明しておこう。」
こいつ……迷宮内では臆病なほど慎重でないと生き残れないことぐらい知ってるくせに。いちいちムカつく野郎だ……とは思わないけどね。こんなことで私がイラついたら儲け物とか思ってるんだろうなぁ。
「別に説明してくれなくてもいいんだぞ? その場合、何でもアリだと解釈するだけだからな。こっちは礼も法も知らない冒険者なもんでな。」
「貴様ぁ! いい加減に!」
おっ、剣を抜いた。なんだ、ムラサキメタリックじゃないのか。
『金操』
はい没収。
「なっ!? き、貴様っ!? か、返さぬか!」
「もうよい。ルールは説明してやる。お前は黙っておれ。話が進まん。」
没収した剣はこのまま魔力庫に収納。追加で金操を使い鞘もゲットしておいた。やれやれ、まんまと手の内を一つ見せてしまったな。
「さて、この舞台は土縄と言う。本来なら身一つで力比べをする神聖な場所だ。そして周囲を囲むこの縄だが魔力を著しく減退させる効果がある。言うまでもなく迷宮の深層攻略の修練のためだ。」
へー、土俵ではなく土に縄だから土縄って言うのか。で、魔力を減退だと? 側面に怪しげな紋様がびっしり刻んであるからな。何らかの効果はあると思うさ。何も知らずに戦いの場に上がって、思うように魔法が使えず狼狽えるところをスパッと討ち取る算段でもしてたか? どの程度かは分からんが、まさか迷宮の四十階以降や私の王族用特注の首輪以上の効果ってことはあるまい。
「本来なら素手で力比べをするものだが、今回は冒険者の流儀に合わせよう。武器も魔法も使って構わない。外に出るか頭が地に着いたら負けだ。」
素手で力比べ、身一つ……相撲かよ! ご丁寧に魔力減退の魔法陣まで施しやがって。しかもあいつらムラサキメタリックの鎧を纏っていればどうせ魔法は使えないんだから関係ないし。さすが赤兜は汚いわー。まあ魔法オッケーな上に場外負けがあるんなら私にしてみれば楽勝だが。
「分かった。特に文句はない。やはりこちらは俺から行く。」
土縄に上がってみる。ふぅん、確かに魔法が使いにくいな。だが、やはり迷宮の四十階以降ほどの効き目はない。つまり私にとっては何もないのと変わらないってことだ。
本物の土俵と違うのは徳俵がないことか。それに中央に仕切り線もない。三和土のような硬い土に直径十五センチ程度の太い縄がきっちり真円を描くように埋まっている。
「ではこちらは、ダイチョウ。いけ。」
「はっ!」
五人並んだ赤兜、その左端の男が土縄に上がってきた。当たり前だが私もこいつも靴を履いている。ちょっと違和感があるなぁ……何となく裸足にならなきゃいけない気がしちゃうね。
「お前、ムラサキメタリックの鎧じゃなくていいのか?」
赤い鎧のままじゃん。それじゃあ勝負にならないぞ?
「ならば私を苦戦させてみることだな」
「では、用意はいいな? 構えよ!」
剣を正眼に構える赤兜。私は特に構える必要はない。
「始めぇ!」
『徹甲弾』
「なっ、ごぶっ!」
終わりだ。こいつ一人だけでなく下で待ってる奴の一人も巻き込んだ。狙ったわけじゃないけどね。ほほう。腐っても赤い鎧は優秀なようで、私の徹甲弾でも貫通はしなかった。だがその代わり吹っ飛んだってわけだ。おー、よく見るとギリギリ貫通してないだけで腹に突き刺さってるじゃん。重傷だけどポーション飲めばすぐ治るだろ。死ななくてよかったね。でも顔を狙ってたら頭部がなくなってただろうね。余裕かまして兜を脱いでるもんだからさ。なのに体を狙ってあげた私は甘いねぇ。
「し、勝負あり……」
やっと騎士長の野郎、顔色を変えやがったな。どうせ私たちのことをドロガーにおんぶに抱っこだとでも思ってたんだろ? あの時のドロガーの言葉は話半分で聞き流してさ。
「ところで、そっちは五人とも参加する気か?」
こっちの参加者は三人だと伝えたってのにさ。
「いや、あくまで三人だけだ……」
「分かった。じゃあこっちも次を出す。が、その前に約束の酒を貰おうか。」
「分かった……おい、持ってこい。」
コーちゃん絶賛のいい酒。今夜はこれでフィーバーかな。
おっ、来た来た。うーん小さいな……この樽は二十リットルってとこか。
「ピュイピュイ」
「どうやら指定した通りの酒らしいな。ありがたく貰っておく。次からもこの酒を用意してくれるなら相手をしてもいいぞ?」
「その言葉、覚えておくぞ。では次だ。ケツリカ! いけぃ!」
「はっ!」
こっちはカムイだ。
「ガウガウ」
「一応言っておくが、肉弾戦だとこの狼ちゃん、フェンリル狼のカムイは最強だ。最初から全力を出すことをおすすめするぞ。」
ヒイズルの人間にフェンリル狼って言っても通じないだろうけどさ。
「あまり調子に乗るなよ? 魔物ごときに我ら親衛騎士団が遅れをとるものか!」
そうは言いつつもムラサキメタリックに換装してやがる。きっちり用心するのはいいことだね。迷宮内で見た他のと何か違うような気もするが……
「うちの狼が勝ったらそいつのムラサキメタリックの装備を貰おうか。いいよな?」
「ふざけるな! 陛下より拝領したこの紫檀甲冑を何と心得る! 軽々しく賭けの対象などにしてよいものではないわ!」
「なんだ、やっぱ自信ないのか。じゃあやめとけ。他の奴と交代しろよ。ほれ、さっさと降りろ。」
「貴様ぁ……言わせておけば!」
「ケツリカ。冷静さを失うでない。その賭けは私が受けてやる。お前はただ勝てばいいだけの話だ。」
「騎士長……そうですね。ありがとうございます。お任せください」
おやおや? これはこっちの力試しのイベントじゃなかったのかぁ? あれれぇ? 勝ち負けにこだわるなんておかしいぞぉ〜?
「決まりだな。ではカムイの胸を貸してやろう。」
「まあ待て。あやつの鎧は渡せぬ。どうあってもな。代わりのムラサキメタリックの鎧があればよかろう?」
「まあいいだろう。ただし鎧だけじゃなくて装備一式な?」
「ガウガウ」
さっさと始めろって? お前が何も欲しがらないから私が適当に交渉してみたんだよ。まあカムイには後でブラシを買ってやるけどね。
「ではよいな! 構え!」
あら、ムラサキメタリックの剣を上段に構えてやがる。隙が大きすぎじゃないのか? せっかく忠告したのに……知らないぞ?
「始め!」




