565、角力仕合
風呂から出ると、どうやら迎えが来ているらしい。いいタイミング、と言いたいところだがそうでもない。風呂上がりは少しゆっくりしたかったんだよな。待たせとけばいいか。
さてと、風呂上がりにぬるい魔力ポーションをぐびり……ぐおぉ……くそマズい……
でも、これで魔力はだいたい三割ぐらいまでは回復したか。昨夜の工作でだいぶ使ってしまったからな。ぐっすり眠って純松を飲んで、ようやくここまで回復か。予定より少ないが、まあ仕方ないか。
「私は準備できたわよ。」
アレクの服装は迷宮の時と同じ、ドラゴン革のトラウザーズにウエストコート。隣には眠ったまま直立不動で浮いているアーニャ。足先はぎりぎり床に着いている。首が少々だらんとしてはいるけどアレクのお嬢様っぽいつば広の帽子を深めに被れば顔が見えなくなるってわけだな。おまけにアレク愛用の真紅のコートで防御もばっちりだ。アーニャを知ってる奴って意外といそうだもんね。
「僕も大丈夫だよ。行こうか。」
宿の正門前まで出てみるとすでに全員集合してした。
「遅ぇぞ魔王。いつまで寝てやがんだよ。」
「お前が早起きなんだよ。昨日あんだけ飲んでおいてよく起きれたな。」
つーかドロガーも一緒に行く気かよ。アーニャの盾としては申し分ないけど。
「ちっと飲みたりねぇ気もするがよ。どうせ今夜もとことん飲むしよ。そりゃあ目も覚めるってもんだぜ。」
あー、昨日はキサダーニと殴り合いになったもんだから飲みが足りなかったのか。で、さっさと用事を片付けて飲みに行きたいってことか。それならそれで別に来なくてもいいだろうに。面倒見のいい奴だ。
「やっと揃ったか! 待たせおって! さっさと来んか!」
お、赤兜か。いつもの不真面目な奴らと違って職務に忠実って感じか? でもそれはそれで鼻につくな。赤兜らしく適当に仕事してればいいってんだ。どれ、せっかくだから……
『解呪』
「ん? 貴様いま何をした!?」
効果なしか。普通の赤い鎧だからしれっと使ってみたけど。こいつは洗脳されてないみたいだな。
「気にするな。ちょっと空に魔法を試し撃ちしただけだ。別にどこにも影響ないだろ。」
「ちっ、昨夜から沿岸部で魔物が暴れ出したって時に……余計な真似をするんじゃない!」
おっ、昨夜の嫌がらせは成功か?
「で、あの馬車で行くのか?」
「そうだ。さっさと乗れ!」
どう見ても馬車じゃなくて牛車だけどね。それにしても大きい牛だな。通常の二本角とは別に額から太っとくまっすぐな角まで生えてやがる。
へーえ。馬車なら四頭立てサイズを一匹で牽くとは、やるじゃん。
カムイ以外の全員が乗り込んだ。さすがに少し狭いな。
「よし、出せ!」
ゆるりと動き始めた牛車。意外と揺れが少ないな。これなら酔わずに済むだろう……と思ったらいきなりペースが上がった。えーい揺らすんじゃない。
「そんで赤兜の旦那よぉ? 今日のお相手はどんな奴らなんだぁ?」
「ふっ、聞いて驚け。陛下直属の親衛騎士団より上級騎士が出張っておる。せいぜい怪我なく済むことを祈っておくがいい」
「なっ……親衛騎士団が……」
知っているのかテンポ! いやまあ、そりゃそうだろうけどさ。
「そうか、お前は『元』赤兜だったな。陛下の御恩を忘れて冒険者になり下がるとは愚かな選択をしたものだ。だが本日お前は呼ばれておらん。何用で同行した?」
「陛下に……いや、騎士長に鎧をお返しするためだ……」
真面目か!
バカかこいつ! どうせ辞めるんだから退職金代わりに貰っとけよ! 騎士には退職金なんて制度はないんだろうし。功労に応じて年金が付いたり付かなかったりするだけだろ。
「ほう? 駄馬も三日の恩を忘れず、と言うことか。陛下の御恩を忘れ果てたわけではなかったようだな。いいだろう。私から騎士長閣下に伝えておこうではないか」
「頼む……」
駄馬も三日の恩を忘れず? 犬は三日も飼えば恩を忘れない的な意味か? やっぱここって他国なんだなぁ。
「お前バッカだなぁおい。鎧なしでこれからどうするってんだぁ?」
「さあな……だが、借りのある状態では胸を張って生きていくことはできない……」
へっ、バカな奴だ……
「へへっ、バカな野郎だぜ……」
うおっ、ドロガーと同じこと考えてしまってた。
「ん? もう着いたのか。えらく早いな。まあいい、貴様ら降りろ!」
なんだよ。予定よりだいぶ早いペースだったのか。牛なんだからのんびり歩きやがれってんだ。でもその分ほど早く着いたわけだし、まあどうでもいいか。もう十五分も乗ってたら酔ったかも知れないね。
ふう、やっぱ外は寒いね。まあ、私が寒いのは首から上だけなのだが。
ここって確か緯度的にはクタナツよりだいぶ南だよな。クタナツは内陸だし、もっと寒くなってるんだろうなぁ。
「こっちだ! さっさと来い!」
余裕のない案内人だな。そんなんじゃ出世できないぞ? あ、だから案内人なのか。謎は全て解けた。
ほほう。ここは騎士団本部って感じ? 遠くに見える高い建物が天王のいる王宮、天道宮ってわけか。趣味のいい上品で荘厳な建物だね。さながら皇居か東大寺か。
だが……可哀想に。建築物に罪はないけどねぇ……
こっちは訓練場か。おーおー、赤兜どもがぞろぞろ居るじゃないの。迷宮に潜らなくていいのか? こいつら、生意気に睨んでんじゃないぞ?
「こっちだ!」
言われなくても分かってるってんだ。お前の後ろを歩いているんだからさ。
訓練場の一角に何やら小高く、太い綱で囲まれたスペースがある。直径は十メイルってとこか。その綱は地面に半分埋まってるし、これじゃあまるで土俵じゃん。
「そこに並べ!」
土俵を挟んで反対側で待ち構えているのもやはり赤兜。他の奴らと違うのは五人とも兜をとっているため顔がよく見えることだ。まさか余裕かましてやがるのか?
「冒険者諸君! 本日はよく来てくれた! これより赤兜騎士団伝統の『角力仕合』を行う!」
騎士長が現れた。赤兜どもの後ろで座ってたのか。
「なあテンポ、どう見ても丸いけど、なんで『かくりき』なんだ?」
「知らん……陛下がお名付けになったと聞いている……」
ふーん、ジュダがねぇ……てことはこれ、全然伝統じゃないじゃん。長く見積もっても十年経ってないんだろ。
「貴様うるさいぞ! 閣下がお話しになられているだろうが!」
お前の方がうるせぇよ。私はこれでも気を使って小声で話しかけたんだから。
「よい、さっそく始めるとしよう。そちらは誰からだ?」
『……………………』
クロミに伝言でメッセージを送る。
『分かってるしー』
クロミからの返信もバッチリ届いた。
「俺からやる。だが、その前にルールを教えてもらおうか。その場所の特性も含めてな?」
「貴様! 騎士長閣下に向かって何たる口を!」
当たり前の質問だろう。こっちはこんな土俵らしきものを初めて見たんだぞ? すんなり上がるわけないだろ。
それにルール説明がないと、何でもアリだと解釈するだけだぞ? その場合困るのはこいつらだろうに。




