142、母とメイド
「ご報告いたします。昼からお嬢様と二人きりにしておりましたが、不埒な行いをすることはありませんでした。入浴後も一人でお嬢様の部屋にいましたが同様でした」
アレクサンドル家のメイド、サラは当主夫人のアルベルティーヌに何やら報告をしていた。
「そう。彼は一人で何をしていたの?」
「お嬢様のバイオリンを弾いておりました。さすがに上手とは言えませんが」
「クタナツにもバイオリンを弾ける人間がいたのね。誰から習ったのかしら? 魔女が音楽にも精通してるとは聞かないわね。」
「今日が初めてのようです。指を見るにその通りかと。作曲者の名を呼ぶことのできない曲、とやらを弾いておりました。魔王という言葉も出てきました」
「魔王……名を呼べない……まさかあの子は?」
「分かりかねます。しかし彼が弾く曲は私も知らないものばかりでした」
「そう、他に気付いたことはある?」
「風呂には入り慣れているようです。マギトレントの価値も正しく理解したようです。風呂にて何か妙な魔法を使っておりました」
「それはどのような?」
「四角く黒い物体を浮かべたり上に乗ったり、旦那様がお入りになるまでそのようなことをしていました」
「分からないわね。わざわざお風呂でどんな魔法を使っていたのかしら。」
「気配には鈍いようでしたが、突然私が姿を現しても驚いた様子はありませんでした」
「やっぱり分からないわね。分からないことを考えても仕方ないわね。下がっていいわよ。」
「失礼いたします」
アレックスの母親、アルベルティーヌは考える。バイオリンとは初見の人間が弾けるほど簡単なものではない。ましてや曲を奏でるなどと。
あの子には何かある。話だけは娘から飽きるほど聞いているが、改めて実感する。夫はなぜか詳細を話してくれないが、あいつはだめだと言うばかり。
怯えている? まさかね。
娘可愛さで言うわけではないが、彼を逃してはならないと思う。
このクタナツで最後に頼れるのは結局のところ力しかない。騎士長だろうが代官だろうが死ぬ時はあっさり死ぬ。
前任の代官と騎士長は二人揃って無事引退できたが、何十年ぶりのことだろうか。
あの家、マーティン家は家格こそ低いものの戦力はダントツだ。当主のアランは平民出身だが無尽流を修めた実力派騎士、妻のイザベルは王都で名を轟かせた『聖なる魔女』。
長男は近衛学院に合格し、長女も魔法学院への入学が有力視されている。その上『剣鬼』もよく出入りしているらしく敵に回せない家だ。
次男はよく分からないが今回の三男は言葉遣いといいとても九歳とは思えない。また来てくれるだろうか。




