321、カースとカドーデラ
あまりにもバカ正直な剣筋を、私は左手の籠手で受け止める。カドーデラだって薄々気付いているだろうに……
私の両手を守る籠手はムラサキメタリックですら防ぐエルダーエボニーエント製だ。いくら名工の作だろうが普通の刀では刃こぼれする一方だ。いや、それどころか……
本気の一撃だったのだろう……必然的に、カドーデラの刀は……折れた。それでも折れた刀を武器に、戦いを続けるはずだと警戒をしていたが……
止まっている?
「どうした……そのぐらいで負けを認めるお前じゃないだろ……」
「いや……アタシの負けでさぁ……」
「そうかい。それなら俺は宿に戻る。いいな?」
「いいや……そうはいきゃあせんや……」
なっ!?『拘禁束縛』
「バカが! そんなに死にたいってのか!?」
折れた刀で首を……自分の首をかき斬ろうとしやがった……
だから首から下が動かないようにしてやった。もはや立つこともできず崩れ落ちるカドーデラ。
「どこまでも甘いお人で……」
「刀ごときと……死ぬ時は一緒だなんて言ってんじゃねぇよ。武器は武器だ。折れたら新しいのを手に入れればいいんだよ……ボケが……」
「魔王さん……聞いていただけやすか……」
「聞かん! 先に治療院に行くぞ!」
腹に穴が空いてるくせに……私だって結構痛いんだからな……
「アタシが世を拗ねて……闇ギルドなんぞに入ったばっかりに……セリじいと……」
『快眠』
聞く気はないし、死なせる気もない。なぜか分からないが、こいつは死なせるには惜しい気がするんだよな……我ながら甘くて嫌に……ならない……な。気に入らなければ殺す、気に入れば助ける。それで何の問題があろうか。私はやりたいようにやるだけだ。
母上の教えには反するが、父上の教えには反してない。私は自由だ。
『浮身』
まったく、世話のやけるやつだ……
「カシラぁ!」
「てめっ! よくもカシラを!」
「殺すぞこらぁ!」
蔓喰の者か。
「どけ。今からこいつを治療院に連れていくんだからな。」
「あっ、え?」
「治療院に!?」
「あ、あんたぁもしかして……!?」
話せば分かるのかよ! えらい物わかりがいいな……闇ギルドのくせに。
「分かったらどけ。こいつの腹には穴が空いてんだ。時間がないんだよ!」
「あっ、ああ……」
「カシラぁ……」
「こ、こっちっす!」
くそ、顔が痛い……頬がズキズキする。腫れてきたか……
ケイダスコットンの高級白シャツもボロボロだ……これはもう直せないな。かなり血も滲んでるし。
治療院にて。カドーデラは危険な状態だったようだがどうにか治りそうだ。私の頬は骨にひび程度だったらしく、すぐ治してくれた。治療費はもちろん蔓喰持ちだ。このぐらい当然だろうさ。あー痛かった……
「おい。」
蔓喰の者に声をかける。
「は、はいっ!」
「カドーデラが目を覚ましたら、これを渡しておけ。」
「こ、これは……」
「分かったな?」
「は、はいっ!」
「じゃあな。」
「ご、ご苦労様でございやした!」
「ありがとうございやした!」
「ど、どうもです!」
はぁ……私は何やってんだか。服の汚れは落としたが、あまり意味はない。とりあえず着替えよう……『換装』
このシャツは高いからな。十枚も持ってないってのに。しかもローランド王国の高級店かクタナツのファトナトゥールに素材持ち込みでないと製作不可能だしね。あーあ、『防刃』が付いててこれだもんなぁ……
宿に帰るか。治療院を出る……と!?
「カース、見てたわよ。バカね……」
「アレク……いつから見てたの?」
「カドーデラがカースの肩を打ち据えた時からよ。よっぽど殺してやろうかと思ったわ……」
「邪魔しないでくれたんだね。ありがとね。」
「当たり前よ……私がカースの邪魔をするわけないじゃない……でも、相手がカドーデラだったからいいけど……もし、もしもよ? フェルナンド先生なんかが相手だったらカースにどう思われようとも、絶対邪魔するんだから!」
はは、それは話が飛び過ぎだ。先生が相手ならそもそも逃げるに決まってるんだから。神剣セスエホルスを手にした先生は鬼に金棒どころじゃないからな。
「心配かけてごめんね。さ、もうこの街に用はないよ。出発しようか。」
「ええ。でもカース、お腹すいてないの? 宿に食事が用意してあるわよ。」
「すいてるね。食べてから出発しようか。あ、宿で思い出した。ちょっと待っててね。」
いいことを思いついた。治療院に戻ろう。
「ええ、いいわよ。」
治療院にはもちろん先程の蔓喰の奴がいた。
「おい、お前ちょっと来い。」
「はっ、えっ!? な、なん、すか!?」
「いいから来い。」
「は、はぁ……」
よし。これでオッケーだ。
「お待たせ。宿に戻ろうか。」
「全然待ってないわよ。あら?」
「蔓喰の奴だよ。宿まで連れてくよ。」
アレクは不思議そうな顔をしているが、説明は後だ。
「宿……ですかい?」
「ああ、大した用じゃない。来れば分かるさ。」
「は、はぁ……」
カドーデラがやらかしたことの責任をとってもらうとしようかね。
勁草の恩恵亭。ここもいい宿だったなぁ。
「お帰りなさいませ。お食事のご用意ができております」
この客室係も厚かましいけど憎めない奴だったなあ。
「今日までの宿代と昨日の祭りでかかった費用だけどな。蔓喰が払うことになったから。」
「かしこまりました。こちらが蔓喰の方ですね」
「はっ!? えっ!? う、うちが!?」
宿代は一週間分は前払いしていたが、その後は払ってないからな。それに昨日の祭りだ。かなり金がかかったと見える。迷惑料だ。蔓喰に払わせればいいさ。
「四千五百三十三万ナラーですが、お支払いは現金ですか? それとも集金ですか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そりゃ無茶だ! いってぇどういうことで!?」
思ったより安いな。昨日の酒の量から言って億単位は行くかと思ったら。さてはサービスしてくれてるな?
「カドーデラに払わせればいいだろ。嫌なら今から殺しに行くぞ?」
「そ、そんな……」
「せっかく助けてやったんだ。このぐらいは役に立てよな。それともカドーデラの命なんかどうでもいいのか?」
「そ、そんなことねぇ! カシラのためなら!」
「そうだよな? どうせカドーデラに払わせればいいだけの話だ。そんじゃあ約束な。お前が責任を持って支払いを取りまとめろ。いいな?」
「あ、ああっごっぞぉつもっ! ぐはぉ……い、今のってもしかして……」
「もちろん契約魔法だよ。きっちり払えよ。払わなければお前もカドーデラも死ぬからな?」
もちろん嘘だけどね。
「あ、ああ……分かった、す……」
よし。では食事をしたら出発だな。あー朝から疲れた。




