309、ヤヨイとカドーデラ
勝負は終わった。
この子ったら前回のことを何も反省していないかのようにひたすら殴りかかってきた。少しだけ違うのは、蹴りを使わずに軽快なフットワークを多用していたことだ。まるで軽量級のボクサーみたいに。
しかし、私のやることは防御を固めることだけ。首から上さえ殴られなければ私は無傷なのだから。逆にこいつは殴れば殴るほど拳を痛めていくばかり……
それでもこいつは殴ることをやめなかった。泣きながら、嗚咽をあげながら。その拳が折れてボロボロになっても……
さすがに見ていられなくなったので、腹に軽く蹴りを入れて終わらせた。いつの間にやら若旦那も来ており、私に一礼してヤヨイを抱き上げて連れていった。
「カース、見事だったわ。想いを汲んであげたのね。さすがだわ。」
「……あいつの想いって何だと思う?」
「過去との決別……かしらね。父親やクラヤ商会の面々への想いを吹っ切るために……ユメヤ商会の家族として生きていくために……何か大きな存在にちっぽけな自分を壊して欲しかったんじゃないかしら。」
「なるほど……」
さすがアレク。そこまで分かるんだな。私としてはそこまで難しいことなど分からない。ただ、全力でぶつかりたいみたいだったから胸を貸してやっただけだ。殴り合う気はないしね。
さて、気を取り直してイグサ田の様子見だ。水の具合もチェックしないとね。成長期の植物って水をかなり吸うはずだからな。
騒がしい街並みを歩いて城門方面へ。しかし後ろにはまだ闇ギルドの奴がいる。
「さっきからどうした? 何か用でもあるのか?」
「いやぁ、用ってほどじゃないんですがね。魔王さんが今からどこに行かれるのかなぁと。興味がありやしてね?」
「イグサの様子見だな。畳を作ろうにもイグサがないとどうにもならんだろ?」
「そりゃあそうですがね。今の時期にイグサの様子見ですかい?」
「ああ、もううるさい領主もいないことだしな。来るんなら面白いものが見れるだろうぜ。」
「ぜひお供しやすぜ。」
もう幻術を使って隠す必要もないだろうな。これでイグサ農家も少しは暮らしが楽になるのかな。あ、そう言えば……
「なんでここの領主はやたら畳に力を入れてたんだ? 明らかに頭イカれてんだろ?」
「あーそいつぁですね、実は畳ってメリケインにえらく高く売れるそうなんでさぁ。今までは一畳でせいぜい五万ナラーだったのが、メリケイン人ときたら一畳が百万ナラーでも買う有り様で。そんで領主の奴が狂っちまったんでさぁ。まっ、うちも儲けさせてもらいやしたがねぇ。」
東の大国メリケイン連合国か。天王のコネクションか、それとも関係ないのか。いずれ天都に行けば分かるだろう。
「てことは領主の遺産はかなりのもんだな?」
「いや、それがそうでもないって噂ですぜ? なんせ領主は天王とツーカーだったって話で。儲けの大半を天王さんに上納してたようでさぁ。えげつねぇこって。」
なんだそりゃ……つまり儲かるのは天王ばかり? いや、領主だってそれなりの利益は確保してたんだろうけどさ……あ、そうか……領主の奴、洗脳されてたってことか……
「メリケインに畳を売り始めたのはいつぐらいからだ?」
「五年前ぐらいですかねぇ。それで畳がいい値段で売れるって知った領主は専売にしやがったんでさぁ。お上ってなぁ無慈悲なもんでさぁなぁ……」
こいつも片棒担いでいたくせに。さて、そろそろ城門だが……ん? 人だかりか。あれは……
『ヤチロの地を専横し、ご政道を乱したあげく民の生活の礎であるイグサ等の農産事業を壟断した大罪人カガミアリ・ヤチロとその一族を処断した。これから新しいヤチロの黎明となる。そのためには皆の協力が必要である。各々が力を尽くしヤチロの街を盛り立てていく気概を見せよ。二度と不埒な貴族などに支配されないように。
ユメヤ商会会長 ヒチベ・ユメヤ』
領主の一族の生首の前の立て札に書かれている。やっぱあいつ手回しがいいんだな。それだけ手回しがいいくせによく一度は負けたもんだな。それとも負けて盗賊に身をやつしたからこそ、ここまでやれるようになったって事だろうか。
うーん、それにしても趣味が悪いな。獄門台って言うんだったか。首がざっと十ほど並んでいる。中には十歳ぐらいの女の子まで。領主の娘か……徹底してんだね……
それにしてもヒチベ達はこれだけのことをたった一晩でやってのけたのか。騎士団や領主の側仕えは何してたんだって話だが、もしもスパラッシュさんだったらと考えると容易くやってのけるんだろうな。あの時もヤコビニの別荘の屋根にさえ降りたら後は楽勝だと言ってたし。アカダの腕はスパラッシュさんに近いってことか……
「闇刃のアカダですかぃ。敵に回したくぁありやせんなぁ。」
「ん? アカダってそんな呼ばれ方してんの? 殺し屋だったっけ?」
「へぇ。あいつぁフリーの殺し屋だったんでさぁ。そいつがどうしたことか、まんまとユメヤに取り込まれちまいやがって。」
ふーん。まあ人生色々だよなぁ。
さて、イグサ田に到着だ。看板娘達はきっちり見張りしてるかな。




