304、料理人フライタ・ホテム
「ピュイピュイ」
おやコーちゃん。姿が見えないと思ったらどこに行ってたんだい?
「ピュイピュイ」
台所で酒を探してたって? まあまあいい酒があったって? おいしかったの? それはよかったね。
腐っても貴族か。いや、腐ってるだけにこれほどの家に住んでて、いい酒も飲んでるんだろうな。いきなり入ろうと思っても湯船に湯が満ちてるぐらいだからな。どんだけ贅沢してやがるんだ。はぁーいい湯だな。あははん。でもいい加減腹がへったな。朝食以来何も食べてないんだからさ。私も台所へ行こうかな。料理人がいればいいんだが。
「誰かいるか?」
台所にやって来た。
「んん? 客人か?」
おっ、いたいた。こいつは料理人かな。
「ああ、客だ。腹が減ったぞ。適当に三人前用意してもらえるか?」
「ふーん、お前客のくせに態度でけぇな。まあええや。できたらどこに運ぶんだ?」
「いや、ここで食う。お前も一緒に食わないか?」
「ふーん、お前変わってんなぁ。まあええわ。ちっと待ってろ。作ってやらぁ。俺らの賄い飯でええよな?」
「すまんな。頼むわ。」
肉や魚を提供しようかとも思ったが、せっかくだから全部任せよう。ここにはどんないい食材があるんだろうか。
「おう、待たせたな」
へぇー丼か。カツ丼っぽいな。めっちゃ旨そう。
「旨そうだな。いただくよ。」
「オーク肉に溶いた卵をまぶして油で揚げたのね。揚げる時間は絶妙、刹那の瞬間を見切っているようね。あなた、いい腕してるわ。」
おお……さすがはアレク。一目でそこまで分かるのか。そうだよな。アレクんちには凄腕料理長マトレシアさんがいるもんな。
「分かるのか……明日の夕食に使おうと思ってたオーク肉だったんだがな。そいつをワイルドチキンの卵と米粉で覆って菜種油で揚げたんだ。俺はこれが大好きでなぁ。まあ明日の晩飯は他ので我慢してもらうかな」
ふふ、おもしろい奴だな。
「旨い!」
「美味しいわ。下手が料理すると硬くなる雄のオーク肉を柔らかく仕上げているわ。それでも歯応えと旨味が消えていない。いい腕だわ。」
「ピュイピュイ」
「へっ、よせやい」
コーちゃんも旨いと言っている。カムイにも食べさせてやりたかったな。やっぱこれはカツ丼だな。美味しいなぁ。
「ところでお前ら当主様の客なんだよな? 当主様はお出かけされたのに何やってんだ?」
こいつはこいつで客人に何て口のきき方してんだよ……
「呼ばれたから来たんだけどな。そしたらお目付け役様ったら出ていっちまってな。何やってんだか。」
「私なんかお風呂まで入ったのに。お手も付かなかったのよ。悲しいわ。」
アレクったら心にもないことを。
「あのなぁ……俺が言うことでもないけどよぉ……自分を大事にしろよな……」
当たり前だ! アレクが私以外の男に身を任せるわけないだろうが!
「うふふ、そうね。私は夫たる男にしかこの身を委ねることはないわ。そうよねカース?」
夫! むほー!
「ふふ、そうだね。そんじょそこらの男ではアレクに指一本触れることはできないだろうしね。」
当たり前だ。アレクに指一本触れてみろ。ぶち殺してやるよ。
「ふ、ふーん……まあいいんじゃないか? 俺から見ても当主様はちょっとなぁ……」
「やっぱり? そもそもお目付け役ってどんな役職なんだ?」
「知らねーのか? お目付け役ってのはだな……」
へー。領主の直属で他の役人を監視する役目ね。だけどあいつは利権や賄賂が大好きなせいでフットワークが軽く何かあればすぐ顔を出すと。
ふーん、だから農民の密告なんかにわざわざ動いたってのか。あー、でも実際私から結構な大金を手に入れたわけだしな。その上アレクみたいな美少女との逢瀬を楽しむ夢を見れたわけだしな。得な生き方してんなぁ。今夜だってもう少しで湯上がりのアレクに酷い目に遭わされるところだったのに。ツイてるのかな。
「ごちそうさま。旨かったよ。ありがとな。」
「美味しかったわよ。これは気持ちよ。」
おお、アレクがチップを渡してる。気前がいいね。
「お、おお。どういたしまして……お前ら貴族なんだろ? それがどうして……?」
「ん? どうしてこんな所で食べてるのかって聞きたいのか? それともなぜこの屋敷に来たのかってことか?」
貴族だって思ってるくせに言葉遣いは直さないのな。
「俺みたいな料理人と一緒に……それもこんな厨房で食うなんて……」
「あー、なるほど。特に理由なんかないさ。そもそも俺は貴族じゃないしな。この子は超名門貴族だけど。それ以前に俺達は冒険者だからな。どこでも、誰とでも食べるさ。それが旨い飯ならなおさらだな。」
「そうね。カースの言う通りよ。あなたいい腕してるし、そんな料理人を見下すようでは貴族失格ね。」
腕が悪ければ容赦なく見下すのね。
「ピュイピュイ」
「この蛇ちゃんも旨かったって言ってるぜ。じゃあもう行くわ。ご馳走になった。ありがとな。」
「あ、ああ……ま、待て! 名前を聞かせてくれ! 俺はここの下働きフライタ・ホテムだ!」
「下働き? これほどの腕があるのに? まあいいや。俺はカース・マーティン。この子はコーネリアス。」
「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルよ。他の料理人はあなたより凄腕なの?」
やっぱアレクもそう思うよね。
「お、俺は貧民街出身だから……」
あー、なるほど。生まれのせいで出世できない的な。それだけじゃなく明日の夜に使う予定の肉を勝手に使ったりする奴だからじゃないのか? まいっか。
「まあ、お前の人生なんだ。頑張れよ。」
「あ、ああ……」
さて、腹は膨れたし、帰る前に一仕事しようかな。




