289、盗賊団 夢の雫
客室係は話し始めた。自分の生い立ちから……
勘弁しろよ……まったく、私が聞き上手なばっかりに。
ふぅ、長かった。話をまとめると……
客室係の生まれは貧民街で両親はいない。物心ついた時から兄と二人暮らし。
そんな二人の、いや二人だけでなく貧民街の子供達の面倒を見ていた者がいる。ユメヤ商会の会長ヒチベと番頭アカダ。その二人は、いやユメヤ商会はそんな貧しい子供達に簡単な仕事をさせることと引き換えに一日一回ほど食事を提供していた。働きぶりによっては二回もらえる奴もいたり、もらえない奴もいたとか。簡単な仕事ではあるが、しっかりやるかどうかが境目だそうだ。
そんな日々が続き、ユメヤの会長ヒチベの伝手もあり兄フォルノは畳屋コーザに、弟は、えーと名前はチラノだったっけ? こいつはここ、勁草の恩恵亭で働けるようになったと。なるほど納得。どうして貧民街の奴がこんな高級宿で働けてるのか、少し気になってたんだよな。
そして四年前、イグサの専売が始まるとともに悲劇が襲った。
突然領主の手勢がユメヤ商会に押し入った、いや、名目上は手入れだ。容疑は抜荷。ほとんどイグサしか取り扱っていないユメヤが抜荷などするはずもないのに。だが、モノは出た。
ヒイズルでは禁止されている南の大陸産の違法薬物『トルネイドカンナビス』が。必死に弁解するも聞き入れられるはずもなく、ほぼ全員が連行された。
お縄になり連行される道中、そこに出くわしたのが、出先から戻ってきた番頭アカダ。たちまち領主の手勢を蹴散らして全員を解放したと。
これには私も驚いた。領主の手勢って騎士だよな? なんで商人が騎士を蹴散らすことなんかできるんだよ。で、そのままヤチロから脱出。その時のユメヤ商会の大半がそのまま盗賊団『夢の雫』になってしまったと。
なぜ客室係がそれを知ってるかと言うと、目撃したそうだ。番頭アカダが鎧袖一触に騎士達を叩き伏せる姿を。騎士達にも後ろめたい思いがあったのだろう……連行する道中に裏道、貧民街を通るルートを選択したために、人知れず叩き伏せられるハメになってしまったというわけか。
「まあ、話は分かった。で、本当は何が言いたいんだ?」
「お願いします! どうか! どうかユメヤ商会の皆さんを助けていただけないでしょうか?」
いや、分かってたよ。どうせこのパターンなんだろ。何だかなぁ。別にユメヤ商会を助けるぐらい構わんよ? だけどなぁ……
「じゃあ助けるかどうかは後回しにするけど約束な。正直に言え。お前はなぜユメヤ商会を助けたいんだ?」
「そんなのっおっぼっ……あた、当たり前じゃないですか! 貧民街に住む者なら誰だって! そう思ってますよ!」
マジかよ。そんなに慕われてんのか。
「なぜそいつらが盗賊になったことまで知ってんだ?」
「あの方達は……盗賊に身をやつしていても、貧民街のことを忘れずにいてくれてるんです……未だに、子供達の面倒を見てくれているんです。うちの兄貴だって……」
だから酒を飲み続けられたのか?
「ほー。それはすごいな。じゃあ商隊を襲ったり女を拐ったりしてるってのも何か事情があるのか?」
逃げたのはいいとしても、盗賊として動いてんなら擁護はできないよなぁ。
「聞いた話ですが、彼らの標的はほとんどがクラヤ商会関係だそうです。そして拐った女性のほとんどが借金のカタに売り飛ばされるところだったそうです。つまり、彼らはそんな女性達を助け出して解放していたようなんです……」
「ん? クラヤ商会は領主と組んで悪どいことをしてるって話だったっけ?」
「そうです。焼け石に水のような抵抗ですが……そうやって力を蓄えながら、いつかヤチロに帰れる日を待ち望んでいるとか……」
うーん、帰ってきたいんなら盗賊やっちゃだめだろ。それともクラヤ商会だけを標的にすることで、いつか状況が転覆なんかした日には胸を張って帰れる的な? どうなることやら。どちらにしても私は容赦なく捕らえるつもりだけどね。少しは話ぐらい聞いてもいいかも知れないけどさ。
「話は分かった。分かったが奴らを助ける気はない。今のところな。」
「そう……ですか……すいません、お時間をありがとうございました……」
やっと帰ったよ。
やれやれ、ようやく風呂に入れるな。
「カース、たぶんチラノが知らない真実がある気がするわ。それこそ私がカースにこの依頼を受けるようお願いした理由、予感があって……」
「そうなの? 別にアレクの頼みなんだから理由なんてどうでもいいよ。じゃあお風呂で聞かせてよ。」
「ええ……チラノの話を聞いて予感が正しかった気がしてきたの。」
ほほう。一体どんな予感なんだろう。




