288、イグサの成長促進
さてと、まずは詠唱だな。最初は教科書を見ながらゆっくり……いや違う、そうじゃない。
「アレク、詠唱の見本をお願い。標的はそこらの草でいいから。」
「もう、カースったら子供じゃないんだから。少しだけね? じゃあいくわよ。」
『オーグンソー コーユータ リキショウジョウ シーインユイ シンジンワク ゼンボンワク 大地に根差す か弱き息吹よ 那由他の恵みを受け 往還廻の理を象どれ 成長促進』
おお……ただの踏まれるだけの雑草が見る見る伸びて……羽を広げるかのように地面を覆ったではないか。へー、ただの雑草がこうなるのか。これはすごいな。
やはり初めての魔法を唱える時は正しい見本があった方がいい。教科書だけだと微妙なアクセントなどが分からないからだ。小さい頃、母上に習った通りにやることがミスをしないコツなのさ。
「オッケー分かったよ。ありがとね。じゃあ、やってみるね。」
「ええ。かっこいい姿を見せてね。」
ふふ、張り切っていくぜ!
対象は一握りのイグサの若苗……
『オーグンソー コーユータ リキショウジョウ シーインユイ シンジンワク ゼンボンワク 大地に根差す か弱き息吹よ 那由他の恵みを受け 往還廻の理を象どれ 成長促進』
おお……これはすごいな。イグサが天に向かってスパッと伸びたではないか。これってもしかして、もう収穫できる?
「すごい……魔王様すごいです……これなら……もう十日もすれば収穫できます! もう二次苗どころじゃないです!」
もう少しなのか。だが要領は掴めた。ならば明日からの植え付けをスパッと終わらせれば、さっさと盗賊退治に行けるな。
「じゃあついでにもう少し……」『風操』
ぱらりと植え付けてみた。これだけの広さに手で植えてたら時期を逃しかねんからな。魔法でささっと解決だ。やっぱ私って農業に向いてるのか?
「す、すごいです……一瞬にして苗が……」
「間隔はどうだ? あんなもんか?」
「え、ええ! ぴったりです! やっぱり魔王様は農業にもお詳しいんですね!」
来る時に刈られた田畑を見たからね。それっぽく植えてみたら正解だったか。よし、これでもう確かめておくことはないな。成長促進にかなり魔力を食いそうだけど、まあ魔力が切れたらやめればいいしね。
「よし、なら帰ろうか。それじゃあ帰る前に……」『風壁』
強い風なんかが吹いて倒れたら最悪だからな。温度管理も兼ねてるし、これで安心だ。
「ピュイピュイ」
分かってるよ。私達だけ昼から酒を飲んで悪かったよ。今夜はコーちゃんもたっぷり飲んでいいからね。
「ガウガウ」
カムイも分かってるって。ほれ、さっき買った串焼きだ。妹も食え。
「まおー様! ありがとーございます!」
それから宿に帰って夕食。コーちゃんにはたっぷりと酒。カムイには夕食とは別に大きめの肉塊。二人とも護衛をありがとね。
風呂に入ろうとしていたら客室係が来た。兄が目を覚ましたそうだ。こいつ今日休みなのに。そしてお礼を言いにわざわざ来たのか。律儀な奴だ……
それなら、せっかく来たんだし何か……
「これ、お土産。フォルノに渡してやって。」
「ありがとうございます! 何から何まで……」
ただの串焼きだよ。
「そう言えば、夢の雫って盗賊を知ってる?」
「ええ、もちろん存じております。何かお知りになりたいことでも?」
「居場所とか頭目の名前とか? そんなに有名なの?」
つい話題に出してしまったけど、そこまで興味ないんだよな。名前なんてどうでもいいし。
「居場所は、噂ではここから東に五十キロルほど行った所にある龍の背山のどこからしいです。頭目の名前は……」
ん? まさかこいつ頭目を知ってんのか? いくら客室係だからって……
「知っているんです……いや、私だけじゃないんです。貧民街に住む者ならほとんどが知っています。夢の雫の成り立ちや頭目の素性を……」
「そうなの? いや、別に言えないなら言わなくていいんだが。」
成り立ちや素性なんてどうでもいいし。正確な居場所は知りたいが、そっちは知ってなさそうだし。
「あの……魔王様はなぜ夢の雫のことを?」
「普通に依頼を受けたからだな。盗賊団を潰すかはともかく攫われた女を助けて欲しいって事だったしな。イグサを植え終わったら行くつもりだな。」
「そ、そんな……」
どうしてそんな絶望的な顔してんだよ。関係者と思われてしまうぞ?
「何か困ることでもあるのか?」
「話します……聞いていただけないでしょうか……」
「聞くのは構わんけどね。」
やれやれ……こいつって話すのが好きだよなぁ。
一体どうなってんだか……




