279、入水自殺騒動
海底に沿って海辺へと泳ぐ。アレクの手を引きながら。
そして波打ち際へ浮上。はぁ、楽しかった。
『乾燥』
『換装』
「カース、さっきはありがとう。いきなり上から降ってきたから驚いたの。」
「いやーごめんごめん。あれって僕のせいなんだよ。大きな貝がいたじゃない? あいつを獲ったんだけどさ。その名残り、あいつが悪いんだよ。」
「そうなの? 変な貝もいるのね。でもあんな大きい貝を獲っただなんてさすがカースね。凄いわ。」
ぬふふ。アレクに褒められると嬉しいなぁ。ん? あれ? 海岸に何人もの人が集まっているぞ。何やらざわざわしているが……あっ、こっちを見て騒いでる。まさかここ漁業権が必要だったとかないよな?
「おいお前ら! 大丈夫だったか!」
ん? どういうことだ?
「早まるな! 生きてればきっといいことだってあるんだ!」
「そうだ! 所詮は一夜のことでしかない! お前たちはまだ若い! 明日があるんだ!」
「でもよかったぞ。土壇場で思い直したんだな? さあ、こっちで暖かいものでも食べないか?」
んん? 何かすごく勘違いされてないか?
「ちょっと待ってくれ。俺達はここで泳いでいただけなんだが……」
「ああ、分かってる。分かってるとも。もう何も言うな。さあ、こっちに来い。浜鍋やろう」
「あの領主に妻を弄ばれたのはお前らだけじゃない。みんな同じなんだ。だから元気を出せ。な?」
「ほら、始めるぞ。そういえばお前ら見かけない顔だな。まあいいや。来い来い!」
領主に妻を弄ばれた? ここの領主はそんなことしてんのか……アレクがそんな目に遭わされて、それを悲観して心中しようとしたとでも思われたのかな?
「せっかくだからお呼ばれするよ。で、領主ってそんな酷いことすんの?」
おお、大きい鍋だ。中身はまだ空っぽか……浜鍋って言ったよな。すごく興味深い。
「ああ、あの領主は色と欲に狂ってやがる。ちょっといい女を見たらすぐ引っ張り込みやがるんだ」
「不幸中の幸いなのが、ほとんどの場合一夜で済むんだ。あの色ボケ領主はどうやら初物が好きらしくてな、翌朝にはそれなりを金を持たされて解放される」
「だがそうでない場合だってあるぞ。その子のように美しい場合だ。あの野郎が飽きるまで拘束されちまう。もしかしてお前らは今のところ無事なのか?」
「ああ、ヤチロには一昨日来たばかりだからな。それよりこの鍋の中身はまだか? 何ならこっちで用意してもいいが。」
「あー? 見ねぇ顔だと思ったら他所から来たのか?」
「へー、どこから来たんだ? その感じだともしかして外国か?」
「あー、言われてみりゃあ服装が違うもんなぁ。メリケインか?」
なぜローランドを候補に入れないんだよ。ヒイズルでは外国と言えばメリケイン連合国のことなのか?
「ローランド王国だよ。二ヶ月ぐらい前にオワダに渡ってな。それから歩いて旅をしてるところさ。」
あれ? さすがに二ヶ月は経ってないよな? 一ヶ月半ぐらいかな。
「なんとローランドかよ! よく来たなぁ!」
「それがなんで死のうとしてたんだ?」
「よっぽどの事情があるんだろうぜ……もういいじゃねえか。食おう! ガンガン食おう!」
やっぱりこいつら私の話なんか聞いてないな。別にいいけど。
「お前らこれ捌けるか?」
サザエとアワビだ。刺身で食べたい気分なんだよな。浜鍋も気になるけど。
「こっ、こりゃあ!?」
「サザエじゃねぇか! それにアワビまで! 一体どうやって!?」
「あっ! まさかさっき潜って獲ったんか!?」
「正解。俺たちは別に心中しようとしてたわけじゃないぞ。遊びで潜ってこいつらを獲ってただけだ。それからこれもな?」
魔力庫からパールシャコを出す。改めて見ても大きいよなぁ……
「げえっ! こいつぁ大口じゃねぇか! マジかよ!」
「嘘だろ! どうやったんだよ!」
「もしかしてお前らってかなり凄腕なのか……?」
へぇー、オオグチって言うのか。まんまだな。
「やっと分かったようね。彼はカース。『魔王』と言えばローランド王国では知らない者はいないほどの強者よ。あ、私はアレクサンドリーネよ。」
おお、やっとアレクが喋ったかと思えば……こいつら信じるかな?
「魔王……? マジで……?」
「どんだけだよ……ヒイズルで言えば誰だ?」
「乱魔キサダーニとか?」
「でも大口を潜って獲ってこれるかぁ?」
「さ、さあ……普通誰もやんねぇし……」
「そんじゃあ傷裂ドロガーか?」
「分かるかよ……まあいいや! やるぞ! 食うぞ!」
「お、おおそうだな。食おう食おう!」
「酒はどうだ? イケるか?」
何やら話し合いをしていたようだが、結局どうなったんだ?
「おう飲む飲む。いただくよ。」
「悪いわね。いただくわ。」
「ほれほれ、まあ飲めや!」
おっ、また人数が増えた。
「待たせたな! 持ってきたぜ!」
おお、やっと材料の到着か。
「よっしゃあやるぜ! 味付けは任せとけ! ヤチロの味を堪能させてやるぜ!」
「そんじゃあ俺はこいつら捌いてやるよ!」
「大口はどうすんだ? 食うのか?」
「ああ食べようぜ。でも後でいいだろ。まずはある物から食べようぜ。よし、乾杯!」
なんで私が乾杯の音頭をとってんだよ。
「かんぱい!」
「ヤチロにようこそ!」
「いよっ魔王!」
「はぁ? 魔王だあ!?」
「いいから乾杯だぁ!」
しまったな。コーちゃんも呼んであければよかった。伝言届くかな……




