271、イグサ田の耕作
私が三つの田を耕し終わってから数分後、アレクも終わった。
「はぁ、はぁ……意外に大変ね。それを涼しい顔してやってのけるなんて、やっぱりカースは最高ね。」
「いやー照れるな。この手の力技は得意だからね。」
土木工事は得意だし、新たに農業も得意分野に入ってきたかな。力技とは言ったが、もちろんただ魔力をごり押しすればいいというものではない。深さや横幅を一定に保つ魔法制御。同じ回転数をキープし、なおかつ土の固さに打ち勝つ魔力強度。そして最後まで同一のペースで注ぎ続けた魔力。この凄さが分かるからアレクは最高と言ってくれたのだ。ふふふ。
「す、すごい……もう終わった……」
「えーと、次は追肥だっけ?」
「は、はい! こちらです!」
案内されたのは近くの小屋だった。
「臭いんですけど……どうかご勘弁を……」
看板娘が小屋の扉を開けると、中からムワッと臭ってきた……うーん、思ったほどではないな。むしろほどよく発酵してるとでも言うのだろうか。
「ごめんなさい! これをイグサ田一つにつき、これぐらい撒くんです! で、撒いたらまた耕します……」
看板娘の身ぶりからすると、だいたい一立法メイルか。結構たくさん撒くんだな。つーか、また耕すんだったら先に撒いておけばよかったろうに。まあいいや。
『風斬』
『風操』
だいたいの量を分け取る。
「このぐらい?」
「そ、そうです……」
「これを満遍なく撒けばいいってことだな?」
「そ、そうです……」
『風壁』
『微風』
田の面積と同じほどの風壁を作り、その中に肥料を飛び散らせる。満遍なく散ったら……『風壁解除』
漏れなく抜けなく均等に肥料を配置することができる。
おっ、アレクも同じようにやってるな。偉い。ちなみにコーちゃんとカムイは離れてしまっている。他の休耕田の中で二人でわいわいと遊んでいるではないか。
「あの田は君の所の田だよな?」
「そ、そうです……」
やはりな。コーちゃんやカムイなら匂いで持ち主の判別ぐらいやるだろう。
そうこうしている間に三つの田に追肥が終わった。アレクが苦戦しているようなので、もう少し待っておこうかな。
「ところでこの肥料だけど、中身は何だい?」
「は、はい! この辺りでは牛肥と言いまして! 色んな家畜や魔物の糞に内臓、それから枯葉や青草、そして砕いた貝殻なんかを混ぜて半年ぐらい寝かせたものです!」
うしゃごえ? 聞いたことないな。要は糞などを発酵させてるってことだな。
「水はもう張っていいのか?」
「いえ……できれば三日はお待ちいただけると……」
ふーん。理由は分からんが肥料が土に馴染む時間が必要って感じなのかな。
おっ、アレクも終わったね。
「じゃあもう一回耕したらいいんだな?」
「は、はい!」
「アレク、休んでていいよ。そっちもやっておくから。」
「ふぅ……はぁ……そうはいかないわよ。私が言い出したことなんだから。この田だけでも私がやるわ……」
おお、さすがアレク。偉い!
「あ、あの! できれば少しだけ水を加えてから耕していただけると……」
「分かった。田一つ辺りどのぐらいあればいい?」
「小雨がぱらりと降った程度で……」
本当に少しなんだな。ならば『水滴』
今日は久々に初級魔法をよく使う日だな。
よし、軽く湿ったな。では……
『風壁』
『風斬』
先程と同様に縦回転の切れる竜巻で、一気に耕す。
よし、終わり。おっ、アレクも休憩を終えて今から開始だな。よく見ておこう。
あれ? 使ってる魔法は同じなのに、アレクの方が舞い上がる土が少ない……いかんな……
「アレク、ちょっと待った。風斬だけど、刃先はどんな形を意識してる?」
「え? もちろんいつも通りよ。剣と変わらないわね。」
やはりか。それじゃあだめだ。私も言ってなかったもんな。
「刃先はね。こんな風に曲げておかないとだめだよ。土を耕す目的は、柔らかくすることと、なるべく空気に触れさせることなんだよ。だから下の土が上に持ち上がるよう、こんな形にしておくといいよ。」
数字の『1』や『7』のように刃先を曲げておかないと上手く土が混ざらないんだよな。私とアレクはお互い知らないことを教え合ういい関係だよなぁ。
「なるほどね……確かにその通りだわ。さすがカースね。結構制御が大変だけど……やってみるわ!」
「お詳しいんですね! やっぱり魔王と呼ばれるほどのお方なんですね!」
ふふふ。時々思い出す現代日本の知識だ。でも稲作なら多少は分かるがイグサの育て方なんて全然分からないもんなぁ……
そして十五分後。
「はぁっ……はぁ……ふぅ……終わったわ……待たせたわね……」
「お疲れ。今夜はたっぷりポーションマッサージしてあげるね!」
ちなみに私の筋肉痛は二日前に治った。
「ええ……ありがとう……」
「さて、後は温度管理なんだけど。どれぐらいの温度を保つのがいい? 暑くも寒くもできるぞ?」
「温度管理……? ですか? えっと……暖かくできるってことですか……?」
「その通り。ついでに鳥や魔物に食われないようにもするつもり。」
「じゃ、じゃあ真昼の暖かさでお願いできますか……?」
「分かった。」
『風壁』
『火球』
先ほど耕した四つの田を丸ごと風壁で覆い、中心部に小さな火球を設置しておく。もちろん風壁には小さい穴をいくつか開けているので内部が酸素不足になることもないだろう。今の時期の夜の冷え込みを考えるとこの程度で充分なはず。これで三日後にはいい土壌になっているのかな。意外と楽しみになってきた。長旅を終えたら楽園で農業やるのもいいなぁ。あの辺りは見渡す限りの平原だもんな。
「ところで、三日の間にやっておいた方がいい事ってないか?」
うーん、私ってこんなに仕事するタイプだったっけ? 違うな。これは遊びだ。私は『賞品は畳』という遊びでイグサを育てているのだ。遊びなら一生懸命やらねばな。




