269、イロハとアレク
「おら酒だ酒だぁ!」
「さっさと持ってこい!」
「ほらイロハぁ! 酌ぅしろや!」
「……お待ちどう……」
嫌そうに酒を置く看板娘さん。
「待てやぁ。酌ぐらいしていけよなぁ?」
「ひひっ、相変わらずいいケツしやがって」
「こぉーんな汚ねぇ店でいつまで働く気だぁ? お前がその気んなりゃいくらでも稼げるってのによぉ?」
「そんなの私の勝手よ!」
「おおーっと、そうはいかねぇぜ? お前んとこのオヤジの借金だがよぉ? 一体いくらんなってっと思ってんだ? おお?」
「ひひっ、このケツ使って返せよなぁ?」
「とおーっくに期限は過ぎてんだぜ? どおする気なんだぁ?」
なるほど。定番の流れなのね。
「働いて返すわよ!」
「ふざけんじゃねえ! 一日五千ぽっちのナラーじゃあいつまで経っても減らねーんだよ!」
「オヤジの借金は今じゃあ百二十万ナラーだぜ? 利息だけで月に二十四万払ってくんなきゃいつまで経っても減らねぇんだぜ?」
「その点お前はその体ぁ使って稼ぎゃあ一ヶ月とかからず借金はなくなるし旨ぁい飯だって食えるんだぜぇ?」
ほうほう。話を聞いてみると利息は月に二割なのね。私の十一より良心的だな。
「そんな……利息だなんて……」
「聞いてねぇとは言わせねぇぞぁ? 証文にゃあオヤジの指印が押してあんだかんよ?」
「まあ俺達も魔物じゃねぇんだ? 嫌がるお前を無理に働かす気はねぇぜ? だがこのまま借金が膨れ上がってみろ。一ヶ月じゃ済まねえ金額んなるぜ?」
「二、三日待ってやらぁ。それまで腹ぁ決めとけや。別にこっちゃあお前んとこのボロ家と腐れ田畑を差し押さえたって構わねぇんだからな?」
「くっ……」
「おらぁ! 分かったら酒だ! ジャンジャン持ってこいや!」
「ツマミもだぁ! マスタードレンコン出せや!」
「ボサッとしてんじゃねぇぞ!」
「はい……」
うーん。すっかり飯が不味くなったな。もう出ようかな。
「ちょっと、その証文とやらを見せてもらえるかしら?」
おや、アレクどうした?
「あぁ? おっと、こりゃあとんでもねぇ別嬪さんだぜおい!」
「うっひょおー! こりゃイロハなんざぁ相手んなんねぇなぁ?」
「見ねえ顔だなぁ! どっから来たんでぇ?」
気付くのが遅いってんだ。どこからどう見ても最上級の美少女だろうが!
「そんなことより、さっき話してたわよね? 百二十万ナラーの証文。見てみたいの。いいでしょ?」
「あぁ? んなもん見てぇのかよ? おらよ。見るだけだぜ。触んじゃねーぞ?」
「ふーん。なるほどね。これ、私が買ったわ。受け取りなさい。」
あらら、アレクったら魔力庫から百二十万ナラーも出しちゃったよ。しかも素早く証文を奪い取ってるし。ヒイズルに来る船で稼いだ金を全額か……さて、何を考えてるのかな?
「へっ、かっこつけて神様気取りか? もうこの金ぁ返さねぇぜ?」
「うっひょおー! 美貌だけじゃなくて金まで持ってんのかよ! どこのお貴族様だぁ?」
「服装も見慣れんやつだなぁおい!」
「ほら、もう用はないんでしょ? さっさと出て行きなさい。さもないと……」
おお、アレクの魔力が迸る! 店ごとぶっ飛ばしかねない勢いだ。
「へっ、もうこんな汚ねぇ店に用なんかねぇんだよ!」
「せーぜー偽善者気取ってなぁ!」
「お人好しもたいがいにしときなぁねえちゃんよー!」
あらら、素直に帰っていくではないか。てっきりいつものパターンに突入するかと思ったのに。
「あ、あの……ありがとうございました! 見ず知らずのお方にそんな大金を……」
「ああ、気にしなくていいわ。これは私が買ったものだから。だからあなたの借金がなくなったわけじゃないの。勘違いしないようにね?」
そりゃそうだ。
「そ、そうですよね……きっと……お返ししますから……」
「どうやって? 借金には利息が付きものなのよ? それも月に二割、しかも複利。まともな手段では払える額じゃないわよね?」
「それは……その通りですけど……」
やはりアレクは甘くないな。でも助けてあげようとしているように見えるのは気のせいか?
「それよりあなた名前は? ここに書かれているのはあなたの父親ね?」
「そうです……私はイロハ・コガデといいます……」
「そう。私はアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルよ。こちらはローランド王国最強の魔法使いカース・マーティン、人呼んで魔王よ。」
おいおい……最強は言い過ぎだぜ……
「まっ、魔王様!?」
信じるのかよ……
「それはともかく、借金について話してもらうわよ? 時間はある?」
「はい……もうすぐ休憩時間なので……」
ふーむ。アレクのお手並み拝見だな。ちょっとワクワク。




