268、ヤチロの街
二回戦の後は雑炊も作った。もちろん卵も落とした正統派の雑炊だ。米も買っておいてよかったぜ。あぁ美味しい。腹いっぱい……ぱんぱんだ……
「カース……すごく美味しかったわ……でもそれだけに食べすぎた気がするわ……ちょっと苦しいわね……」
「僕もだよ。つい食べすぎてしまったね。」
あ、チーズを入れてもよかったな。よし、次回は忘れないようにしよう。
鍋を洗ってお片付け。そして風呂に入れば今夜もお楽しみだ。いつもは薄明かりを灯すのだが、今夜はアレクの要望により真っ暗だ。これはこれで趣き深いものだね。
そして翌朝。目覚めはすっきり、日の出とともにだった。なんだか肌艶もいい気がする。もしかして牡丹鍋の効果なのか? さて、朝食は何にしようかな。こんな時はお粥なんかいいかも。フォンを薄めに入れて炊くと美味しそうだな。よし、アレクが起きる前に作っておこう。
アレクにも好評の朝食を終え、私達は歩き始めた。
のんびり歩いて夜営すること二日。とうとうヤチロらしき街に到着した。すれ違う旅人や村人から聞いたので間違いないだろう。正確にはまだ街には入っていない。山を切り拓いた棚田が見え始めてきたぐらいだ。刈り取られているから分からないが、あれは何を収穫したのだろうか? 米にしては時期が早い気もするが。気になるな。
おっ、第一村人発見。
「やあこんにちは。ここは何を育ててんですか?」
「ああこれはイグサだぁ。知っでるか? 畳の元になるんだで?」
「あー、イグサだったんですね。ところで畳を買おうと思ったらオススメのお店はありますか?」
「いんや……畳は四年前から領主様の専売になっただ……ここらじゃ買えねぇだ……」
「専売? どういうことですか?」
「ヤチロで収穫されたイグサをなぁ、領主様が全部買い上げでなぁ……お抱えの職人達が畳を作ってるだ……」
うわぁ……それってめっちゃ安く買い上げて職人もめっちゃ働かせて自分だけ儲けるってパターンか。てことは強欲な商人までグルになってるところまでがあるあるだろうな。
「なるほど……よく分かりました。」
一気に予定が狂ったな。ここでどっさり畳を買おうと思ってたのに。
まあいい、考えるのはとりあえず街に入ってからだな。
それから、棚田風景を眺めながら歩いていると、徐々に平地へと出た。どこまでも広がる田園風景か……いいものだな。クタナツ南側の田園地帯よりだいぶ広いようだ。国土自体はローランド王国の方がよほど広いってのに。
そして昼前。ようやく城門まで到着した。ここがヤチロの街か。なんだかやけに騎士の出入りが激しいようだな。どこか殺気立ってる気もする。
「次!」
「どうもお務めご苦労様です。」
関所での対応はいつも通り。ローランド王国、国王直属の身分証を見せながら金を握らせる。
「よ、ようこそ……ヤチロの街へ……」
素直でよろしい。てっきりオワダの件で手配とかされてるかと思ったが、そんなことはなかったようだ。まあ何も悪いことなどしてないのだから当然だが。
さて、まずは街を歩きまわって今夜の宿を決めようかな。宿も旅の醍醐味だからね。
うーん、それなりに広い街のようだが……どうも活気がないんだよなぁ。暗いと言うか、元気がないと言うか……
まあいいや。適当に歩き回って買い物でもしてみようかな。買わなくても見るだけでも楽しそうだし。
全然楽しくない。
ショッピングに向いた店がほぼなく、酒場や食堂がほとんど。他には農業用品の店や鍛冶屋ぐらいのもので私達が買うようなものは何もなかった。
それでもそろそろ昼時だし、何か食べようかと店を選んでいるのだが……どれもこれも似たような店で、しかも汚そうなのばかりなのだ。まあそれも旅の醍醐味だと割り切って、適当に入ってみた。
「いらっしゃーい!」
おっ、元気な声ではないか。若い女の子だ。
「昼食のオススメを四人前頼むよ。酒もオススメを一人分ね。」
コーちゃんは昼から飲むんだもんね。
「はーい! えっと、もしかして蛇ちゃんと狼さんも同じものを召し上がるんですか?」
「その通り。足りない時はおかわりするから気にしなくていいよ。」
「はーい! お待ちくださいませー!」
客の入りは悪くない店だ。満員ではないが、半分は席がふさがっている。看板娘効果か、それとも味か。
「お待たせしましたー! 熊丼でーす! こちらに置いていいんですか?」
「その通り。同じ所で頼むよ。」
コーちゃんもカムイもいつも私達と同じテーブルで食事をするんだから。ペットなんかじゃないんだぜ?
へー。熊の肉を丼にしたのか。カツ丼的な? どれどれ……
うーん、普通。特にまずくもないが、昨夜の猪肉と比べると数段劣るな。熊肉ってそんなに不味くないはずなんだが、何が違うんだろう? あ、米は美味しい。
「ガウガウ」
熊肉の処理が下手? カムイはそこまで分かるのかよ……
「ピュイピュイ」
酒も普通? おかわりはいらないのね。それならさっさと食べて出ようね。夕食は当たりだといいのだが。
……おや?
「おう! 邪魔するぜ!」
「イロハぁ! いるんだろ!」
「とりあえず酒だぁ! 持って来いや!」
何やらマナーの悪そうな奴らがドタドタと入ってきやがった……




