262、街道の行商人
歩いた覚えのある道を再び歩く。はっきりとは覚えてないが間違いなく歩いた道だ。カゲキョーに行くにはこの道しかないのだから。
「どぉ……」
へー。道にもアンデッドがいるのね。当たり前か。一体どこまで広がってんのかね? あんまり酷かったら隣の領主とかが討伐軍を組みそうなもんだが。なんせ天王直轄領があの様なんだからさ。当の天王は何やってんのかね? まだ知らないんだろうなー。伝令とか行ってるのかどうかも怪しいし。
「だぐぃ……」
アンデッドの動きは遅いのだが、スタミナだけは抜群だ。トドメを刺さなければゆっくりと、いつまでも追ってくるんだろうな。キモっ。
『火球』
確か途中で野営できる広場があったよな。のんびり歩いていれば夕方までには到着するはずだ。うーん、罠のない道ってのはいいね。落とし穴を警戒しなくていいってのは素晴らしいことだ。魔物だっていきなり目の前に現れたりしないんだし。あーこりゃ気楽でいいわー。
「この感じだともう九月になってるみたいだね。」
「そうね。キアラちゃんは二学期ね。元気でお勉強してるかしら。」
「そう言えばそうだよね。あいつはどんな夏休みを過ごしたんだろうね。」
キアラのことだからふらっとヒイズルに来てもおかしくないんだよな。実はオワダまで来てたとかね。でもたぶんそれよりは楽園とかノルドフロンテに行ってそうな気もするよな。それとも……フランツウッドの野郎と二人でバンダルゴウを下見とか!?
まだ十一歳のキアラが男と外泊だなんて……あり得ないな。うん、絶対にあり得ないともさ……
「それならサンドラちゃん達も同じ王都ね。どんな夏休みを過ごしたのかしら……それに、アイリーンも……」
「そうだね……」
スティード君は近衛学院の一年、セルジュ君は貴族学院の一年、サンドラちゃんは高等学院の一年か。そしてアイリーンちゃんはエロイーズさんとゴモリエールさんのパーティー『レッドウィップス』の新入り……ムリーマ山脈を貫く大事業に参加してるんだよな。大丈夫なんだろうか? 地中奥深くにサウザンドミヅチの成体がいたり、勇者ムラサキと戦ったキュウビキマイラの子孫なんて出てこないよな? あの山はヤバいもんなぁ……西の方にはドラゴンやワイバーンが多いし……
「やあこんにちは。いいお天気ですね」
行商人だ。一大キャラバンじゃないか。ずいぶん前から気付いていたので私達はちゃんと道の端に寄っている。
馬車が……六台に護衛が十人以上いるな。総勢何人かはさっぱり分からん。
「こんにちは。いい天気だな。カゲキョーに行くんだよな? 気をつけてな。」
「あの、少々お待ちを。今のカゲキョーってどのような状況なのでしょうか? 私どもも情報を集めてからこうしてやって来たのですが、やはり今の情報も知っておきたいもので」
「ああ、廃墟になってるぞ。代官府も空っぽだった。アンデッドが……アレクは何匹ぐらい焼いた?」
「さあ? 百以上は数えてないわ。」
「たぶんもうそんなに残ってないとは思うが、一応注意しとくといい。じゃ、気をつけてな。」
「はあっ!? 代官府が……ですか!?」
「アンデッドが百以上……」
「バカ、本気にすんなよ! あんな子が百匹もやれるかよ!」
「そりゃそうだ! ハッタリはやめとけよー? カッコ悪いぜー?」
「ひゃはははぁ!」
せっかく教えてやったのになぁ。もう用がないんならさっさと行けよ。ここら辺は道幅が狭いんだからよ。だから待っててやったってのに。
「あの、すいません! もう少し、もう少しお聞かせ願えませんか!? これは些少ですが……」
本当に些少……千ナラー……
「そう言われても昨日迷宮から出てきたらそんな有り様だったからな。詳しくは知らんぞ? ところで今日は何月何日?」
「え、あぁ……九月二十七日です。日付を忘れるほど潜られていたので……?」
「なんと……あの歳でそれほどまでに長く迷宮に!?」
「バカ、本気にすんなよ! あんなガキが一週間だって潜れるかよ!」
「そりゃそうだ! ハッタリはやめとけよー? ダサいぜー?」
「ひっはははぁー!」
ダサい……確か語源は大昔の騎士だったか。まだフランティアもなかった大昔、当時の辺境に当たる場所の出身ダスティ・サイケデル。強さのみを求めて身嗜みや言葉遣いに一切気を遣わない彼のファッションはそりゃあ酷かったそうだ。彼のせいで制服が義務化されたって話もあるぐらいで。
おまけに方言丸出しで同僚は聞き取るのにかなり苦労したとか。
そのためいつしか見た目の冴えない奴やド田舎者のことを……
『ダスティ・サイケデルっぽい』
『ダスティ・サイケっぽい』
『ダスサイっぽい』
『ダサい』
と変化していったと聞いたことがある。ヒイズルまで伝わってんのかね。
それはともかく、こんなオシャレな私に向かってよく言えたものだ。安物の鎧で身を固めてるくせに。
「今、ダサいって言ったのはお前だな。俺の服装をよぉく見てみろ。お前の安物オーガ革の鎧より千倍カッコいいと思うぜ?」
「おいおい、俺ぁお前のハッタリがダサいって言ったんだぜ? お前の服装がダサいだなんて言ってないぜ? 頭悪いんじゃねぇのか?」
ぐぬぬ! 話題逸らし失敗! こいつ冒険者のくせにまともな頭してやがる!
「それにだ? お前冒険者の装備にケチつけるってことがどぉゆぅことか分かってんだろうなぁ? おぉガキぃ!?」
ちっ、マジで絡み慣れてる奴か……言質をとられてしまった。
「まあまあ待ちなさい。あなた達は護衛なんですから。そのような事をしてはいけません。可哀想に、震えてるではありませんか。」
震えてねーよ! どんな目してやがんだよ。横から出てきて大物ぶりやがって! うーん、私が小物っぽいな……
「いやーすいません。ついこの小僧に人の道を教えてやろうと思ったもんで。おいガキ。もう行っていいぞ。これに懲りたらハッタリもほどほどしとくんだな?」
「ひゃはぁー! お前って奴ぁ親切だぜおい!」
「いい事した後ぁ気持ちいいぜなぁ?」
「なんと……本当にハッタリだったのか!?」
むかついた。小物で上等だよ。いい物見せてやる……
ザドムッッ……
奴らの馬車の行手を阻むように鉄を出した。二十五億ナラー相当の鉄の塊を。
「見ての通りこいつは迷宮で手に入れた鉄塊だ。これほどの量と純度だ。お前ならいくらの値をつける?」
さあ、大物さんよ。その目が節穴じゃないってところを見せてくれよ? 目だけに。ぷぷっ。
はっと息を飲む護衛達。さあ、どうする?




