256、サザールの危機
その場にはウェアウルフの牙らしきものが二本ほど残されていた。ゲットだぜ。でも役に立つのか?
「カース、どうしてさっき一度止めたの?」
「ああ、大した理由じゃないんだけどさ。あのまま火柱を使ってたらボスの素材まで燃えてしまうんじゃないかと思ってさ。せっかく記念すべき四十五階なんだから。どうせならアレクには素材も手に入れて欲しいと思ってね。」
そう言ってアレクに牙を手渡す。
「そうだったの……言ってくれてありがとう。これ、大事にするわね。」
「ウェアウルフの牙は形状を利用した突き刺し用ナイフや槍の穂先として利用されることが多い……だがこのサイズでは使い物になるまいな……鏃にでもするか? 少々加工が必要だろうな……威力はありそうだが……」
この牙って三、四センチしかないもんな。実際のところ素材が燃え尽きるかどうかは謎だが、できればボス素材はゲットしたいもんな。それにしても鏃か……あんまり弓矢を使ってる奴って見たことないんだよな。クタナツの城壁にバリスタはあるって聞いたけど。
さてと、まだ見ぬ四十六階に行くとするかね。さっさと安全地帯を見つけて休みたいし、まだまだ夕方ではないが今日は相当歩いたもんなぁ。アレクだってかなり魔力を振り絞って戦ったんだから。
降りてみれば、やはり四十五階と変化はない。似たような迷宮の景色が広がっているだけだ。現れる魔物だってウェアウルフだし。
「私に先頭を行かせてくれ。ここまでほとんど何もしてないのでな……」
「おう、任せた。まあ安全第一で行けよな。」
剣の腕は立つようだが、どうも迷宮の魔物とは相性が悪いみたいなんだよな。せっかく剣と鎧は最強クラスなのになあ。ムラサキメタリックの剣だと『飛斬』も使えないしね。
それでも体格が人間とさほど変わらないウェアウルフが相手だとサザールは無敵だった。襲いかかってくる魔物をカウンター気味に一撃で斬り裂いている。やるねぇ。
歩くこと三十分。サザールが倒した魔物は二十匹を超えている。一対一なら楽勝なのだが、同時に三匹とか出てきた時は多少は苦戦していた。それにしても気になるな……
「おーい、サザールさー。そんな風にフルプレートの鎧だと暑くないのー?」
「ああ……それほどでもない。温度調節やサイズ微調整、それから重量軽減の効果が付与されてるからな……」
歩みを止めて律儀に返事をする。そこまでしなくてもいいのに。
でも、やっぱそうなのか。それってとんでもないことだぞ? とにかく魔法を受け付けないムラサキメタリックに一体どうやって?
「その鎧って誰が作ってんの?」
「知らぬ……私が知っているのは……赤兜に選ばれた者は天王直々に鎧を含む装備一式を下賜されるということだ……」
「へー。じゃあ個人登録だっけ? あれはどうやってんだ?」
いや、正確には所有者登録だっけ? どうでもいいけど。
「それも同じ時だ……受け取ったらその場で装備一式に魔力を流し、所有者登録をして……収納するのだ。あぁ、具体的な指示は側近がしていたな……側近に言われるがままに魔力を流したら……登録が終わ、ここまでだ……」
ちっ、ウェアウルフの邪魔が入った。わざわざ今聞かなくてもよさそうなものだが、休憩中にこんなつまらん話なんかしたくないんだよ。休憩中はアレクと全力でイチャイチャしたいんだからさ。でもまあ罠もあることだし、先頭のあいつを邪魔するわけにもいかないな。いきなり私の足元に穴が空いたりもするし。あー、鰐のいる落とし穴が再び開かないかなー。あいつがどんな素材を落とすか興味深いんだよな。ハンドバッグだったら笑うけど。あ、またウェアウルフが……今度は四匹かよ。サザールのやつ勝てるのか?
ん? 何か見落としてるような……
あっ、やべっ!
「おいサザール! さが……」れって言おうとしたら落ちやがった……群がったウェアウルフごと……バカが! ムラサキメタリックを装備してたら魔法が使えないんだろ! 浮身すら使えないって最悪じゃん!
『落雷』
水面には無数の蛇、いやあれは鰻か? 今のでもう死んだだろ。
「アレク! 周囲の警戒をお願い! カムイも!」
「分かったわ!」「ガウガウ」
コーちゃんは一緒に行くよ!「ピュイピュイ」
死んでるのか気絶してるのか分からない大量の蛇か何かがいる水面に飛び込むってのはいい気分じゃない。むしろ最悪だ。念のためもう一回、魔力特盛で『落雷』
よし。サザールはどこだ!『水中視』『暗視』
あの勢いだからな……あっと言う間に沈むはずだ……急がないと……ちっ、まだ生きてる蛇がいんのかよ……目がないくせにやけに牙が鋭い……まるでヤツメウナギみたいだな。キモ……
『ピュイピュイ』
任せて? よっしゃ! コーちゃん頼んだよ! 私はもっと潜る! 足裏からのジェット水流も全開だ。
いた! あのバカ! まだ鎧を着てやがる! 『光源』こっちを見ろ!
おっ! 見た! 意識はあるな! おおっ! 鎧を収納しやがった! これぞ以心伝心! 沈没が止まり、私の手に捕まるサザール。まったく……なんで私が赤兜なんかを助けてんだよ……
『上がるぞ。そのまま捕まってろ』
伝言で伝える。ムラサキメタリックの装備を身につけてちゃこれも伝わらないもんな。首を縦に振るサザール。
『風球』
顔を覆ってやった。これでもう大丈夫だろう。水中気なんて使えないだろうからな。
「助かった……すまない魔王……」
何か言ってるんだろうがよく聞こえない。私の頭は水中だからな。密室みたいな風球内に野郎と二人きりなんて冗談じゃないからな。よし、コーちゃんも戻ってきたね。
『ギャワワッギャワワッ』
コーちゃんの警告!? 下!? 『氷壁』落とし穴のサイズに合わせて全面塞いでやった……が! ちっ……『先に上がれ! 泳げるだろ!』
もう一つ『氷壁』
アレクにも伝言で……
『サザールを拾ってやって!』
これでもう大丈夫だろう。
私も上がろう。なにっ!? バカな! 横からだと!? 隙間なく塞いだのに!? クソが! 全部まとめて落雷で……ダメだ! サザールがまだ水中にいやがる! さっさと上がれよ!
『氷壁』
とりあえず周囲だけ固めてサザールが水中を出るまで待つ! なにぃ!? 見る見る突き破って!? くそっ!『自動防御全開』
ふぅ……焦った。さすがにこれは突き破れまい。このまま上がろう。くっそキモい……自動防御越しに無数の蛇っぽい魔物に巻きつかれてる。噛みつこうと牙を剥き出しにしてる奴もいる……キモすぎる。
よし、もうサザールも上がった頃だろう。水面まで出ればアレクが浮身で拾っているはずだからな。
『消音』
『轟く雷鳴』
よし、全滅したな。先に消音を使っておかないと水中ではめちゃくちゃ音が響くからな。
『ピュイピュイ』
おお、コーちゃんありがと。へぇ。あれがこいつらの……魔石なのね。そうか、こいつらは魔石を落とすのか。もったいないが拾いきれないな。とりあえず見える範囲にあるやつだけ……『水操』
よし、手のひらサイズの魔石が三十個ってとこかな。
あー疲れた。上がろ……ん?




