244、迷宮で酒盛り
地下四十二階。ここに出現する魔物は……またもやウェアタイガーだった。まあ四十一階よりほんのひと回り大きいぐらいかな。
「ここの安全地帯はどこか分かるか?」
「ああ、分かる。とりあえず道なりに進めばいい。」
四十一階は休憩なしでクリアしてしまったからな。魔力だってかなり使ってしまったし。現在、私は無痛狂心をかけて鉄スノボに座っている。
「そこを右だ。罠に気をつけろ……」
「床や壁に触れなくても作動する罠はあるのか?」
「ああ、ある。気をつけて行こう……」
まあ、あってもおかしくないよな。それにこの隊長、サザールの腕は確かなようだ。さすがに鎧袖一触とはいかず、多少時間はかかるが危なげのない確実な戦いをする。そして無傷での勝利。いい腕だ。体力を消耗しそうなのが気になるぐらいかな。
「疲れたら後ろに下がれよ。交代してやるからさ。」
「あいつらのお守りをしないでいいと思うと気楽でな……体が軽いんだ。もう少し、先頭を歩かせてもらおうか……」
それならそれでいいんだけどね。
そして二時間後。ようやく安全地帯に着いた。今夜はここで一泊だな。
「ところでお前らって朝と夜の区別はどうしてるんだ?」
「ああ、普通に魔道具を使っている。さすがに時の魔道具など持ち歩けないからな。これだ。地上に太陽が出ている時は白く、そうでない時は黒くなる……」
形状はソフトボール程度の球か。今はまだ昼なのね。時の魔道具なら持っているが、魔力庫に入れると時間が狂うからな。持ち運びに向いてないんだよな。
「へー。こりゃいいな。どこで売ってるんだ?」
「いや、売ってない。これは天王陛下、いやジュダから渡されたものだ。カゲキョーでこれを所持しているのは三人だけだ。たいだい体感で一時間ごとにこれを確認しながら動いている……」
ふふ、いきなりジュダ呼ばわりかよ。
「へー。あると便利だよな。さて、飯にしようか。どんどん焼くからお前も食べな。」
アレクの手料理なんぞ食わせてやるもんか。私が焼く肉で充分だろ。
「あ、ああ……馳走になる……」
せっかくだから今日はローランドの肉といこうかね。まあ、オークだけど。
「これは……オークか? 迷宮産にしては肉質にバラつきがあるようだが……」
すごいなこいつ……私よりいい目と舌を持ってやがる。私ならば言われなければ気付かないぞ。
「これはカースが仕留めたローランド王国のオークよ。もちろん野生の魔物だから当たり外れがあるわ。」
知らなかった……でも言われてみれば納得。
「なるほど。処理の仕方もいいし、鮮度も保たれている……さすがだ……」
大抵は狙撃で一発だからな。それに私の魔力庫は高性能だし。
「酒飲むか?」
機嫌がいいから振る舞ってやるよ。
「あ、あるのか? 喜んで……」
「ほれ、まあ飲め。」
隊長が魔力庫から取り出した器は石製だった。きれいに磨かれており白く輝いている。趣味がいいな。
「いただく……旨い、アラキの新酒か……」
私も飲んでみよう……なるほど。焼酎だな。
「アラキってのは地名か?」
「地名でもあり酒の名でもある。テンモカは知っているか? そこから南に百キロルほど南下したところにある島でな。そこで採れる芋を原料に作っているそうだ。こいつは出回り始めたばかりの新酒だろう。まだ荒削りだが香り高くほんのり甘い……このような迷宮内で飲むことができるとは、天上の贅沢だ……礼を言う……」
そう言って飲み干しやがった。仕方ない、注いでやるよ。酒のことになると急に饒舌になりやがって。
「おっとっと……すまぬ。いただこう……」
「ピュイピュイ」
おっと、ごめんごめん。コーちゃんにも、はい。
「ピュイッ」
美味しい? え? こいつにスペチアーレを飲ませてやれって? 少しだけだからね。もー、コーちゃんたら。
「ほれ、こっちも飲んでみな。酒造りの腕だけで貴族にのし上がった男の酒だ。」
ディノ・スペチアーレの十二年もの。残り少ないんだから少しだけだぞ。
「ピュイピュイ」
分かってるって。コーちゃんも飲みたいんだよね。むしろ自分が飲みたいから言い出したよね?
「ほう? ローランドの酒か……だが、酒は生まれ育った土地のものが一番……いちば……」
「どうよ? 旨いだろ?」
言葉を失ってやがる。ふふふ、いい気分だ。
「信じられぬ……これが本当に酒なのか……天女の眼から零れ落ちた涙と言われても信じられる……なんという繊細さ……それでいて舌に、いや心に響く芳醇な香りと力強さは一体何なのだ……これを人の手で作り上げたと言うのか……ローランド王国にはこれほどの名人が存在するのか……」
十二年ものでこれだ。二十年ものを飲んだらどうなることか。残念ながら私の手元にはないんだよな。
「お、教えてくれ……この酒の名を……そしてこの酒を生み出した名人の御名を!」
「作者はダン・ド・スペチアーレ。酒狂男爵とも呼ばれる男さ。酒の名前はディノ・スペチアーレ十二年。いい酒だよな。」
「ダン・ド・スペチアーレ……ディノ・スペチアーレ……」
隊長は名前を反芻しながら酒をちびりちびりと口に含んでいった。やっぱスペチアーレ男爵の酒は最高だよな。
「ピュイピュイ」
おかわり? だめー。マジで残り少ないんだから。そりゃあディノ・スペチアーレ以外にもあれこれあるけどさ。大事に飲もうよ。ほら、代わりにアラキ酒を注いであげるから。ね? 機嫌なおして。
「ピュイー」
ふふ、帰ったらまた男爵の所に顔を出そうね。男爵がマギトレントの樽で熟成させてる酒が楽しみなんだよな。センクウ親方の所にもマギトレントを持っていく約束だし。
「ピュイピュイ」
コーちゃんも楽しみだよね。ふふ。
「馳走になった。これほどの酒、一体ローランド王国のどこに行けば買えるのだ?」
どこだろう? 私も知らないぞ。
「小売はしてないわ。カースみたいにスペチアーレ男爵から直接入手するか、これを置いてある店で飲むかってとこね。例外は王族になって上納されたお酒を飲むって方法もあるわね。」
「そうか……ならば私は……」
あらら、黙ってしまったよ。まあいいや。それじゃあアレクとのお風呂タイムといこうかね。
「ガウガウ」
おっと、そうだった。カムイを洗うのが先だったな。手洗いは無理だから水人形洗いで勘弁しろよな。




