241、地下四十一階
ここからはより一層慎重に歩かないとな。私達の前方には例によって氷の円柱を転がし、後方には定期的に氷壁で通路を封鎖している。後ろから攻撃されるのは気に入らないからな。
そしてこの階層で現れる魔物は……二足歩行の虎、ウェアタイガーか。出会うのは初めてだな。首から上は虎で下は人型、全身虎柄か。身の丈二メイル程度のくせに、生意気にも氷の円柱を正面から叩き割りやがった。でもそんなことをしてるから隙だらけなんだよな。
『狙撃』
本当は硬そうな所を狙いたいのだが、この先いくらでも現れるであろう雑魚にそんなことなどしてはいられない。だから目を狙った。目からぶち込んで脳を一撃で破壊だ。時には魔物相手にも効率が必要だもんな。
それからというもの、ウェアタイガーは私達の前方で罠を作動させて自滅するか、氷の円柱に轢かれるか。はたまた私の狙撃にやられるかの三通りの死に様を見せてくれた。おっと、例外は氷の円柱が通り過ぎた後、私達の目の前数メイル地点にいきなり現れることだろうか。その時はカムイによって首を掻き斬られて終わりなのだが。
ちなみにこいつらが落とす素材は牙か毛皮だ。虎柄の毛皮……うーん趣味が悪い……
数年前にわらわら居た王都の傾奇者には高く売れそうな気がする。あいつらあれだけたくさん居たくせに一体どこに行ったんだろうな。所詮はただの流行で終わりだったってことかな?
四十一階を探索し始めて二時間。まだ安全地帯は見つからない。いつもはカムイの案内でボス部屋に向かう途中にあるんだけどなぁ……
ボス部屋ならカムイの鼻が効くのだが、安全地帯は何もないため鼻の効かせようがないってことか。
さらに二時間。結局安全地帯は見つからず、ボス部屋に着いてしまった。まあいいか。少し腹は減っているが、そこまで疲れているわけでもない。
「カムイ、やるか?」
大扉の前で打ち合わせだ。
「ガウガウ」
やらないのか。ここのボスってたぶん大きいだけのウェアタイガーだもんな。
「ガウガウ」
それより風呂だと? そうだな。予定ではとっくに風呂に入って休んでる頃だもんな。よし、じゃあ入ろうか。邪魔がこないうちに……
「待てい! 我らが先だ!」
赤兜だ。たった一人でやる気か? 後ろからゾロゾロ歩いて来てるのは知ってたからさっさと入ろうと思っていたが、先にこいつだけ飛んできたってわけか。この感じだと氷壁で道を封鎖してないルートもあったんだろうな。かなり複雑だもんな。
「一応迷宮の規則を教えてくれよ? こんな風に扉の前で数組のパーティーがカチあった場合、どうやって優先権を決めてんだ?」
「……先に扉に手を触れた者がいるパーティーだ……規則ではなく、慣習だがな……」
意外に正直だな。もっとめちゃくちゃな横車を押してくるかと思えば。
「じゃあ俺達が先だな。それなのに譲れって言うんだな? 理由と対価によっては譲ってやるぞ?」
別に急いでないしね。それに私達がボス部屋に入ると長いもんな。銀行での振り込みが三件以上ある時は並びなおすようなもんだ。
「うるせぇんだよ! 俺らを知らねーのか? このワカゾーがぁ!」
「この鎧を見ても分かんねーってどこの田舎モンだぁ?」
「俺らぁ泣く子も黙る赤兜騎士団だぜ?」
「おっと、めちゃマブじゃん? お名前なんてーの?」
「てめっ! 俺が先に目ぇつけてたんだぞボケぇ!」
「すまぬ……この通りだ。譲ってくれぬか?」
変な奴ら。一人がオッさんで後は二十代後半かな。オッさんも最初は威勢がよかったのにいきなり低姿勢になりやがった。そして差し出してきた物は?
「これは何だ?」
宝石だってことぐらいは分かるが……
「紫緋水晶だ……今は紫に光っているが魔法の光だとほんのりと緋色がかる……どうかこれで……」
「うっげ隊長ぉーこんな奴にやるぐれーなら俺にくれよぉ!」
「いやいや、俺だろ? これがありゃあカルメンのやつ落とせるしぃ!」
「どぉーでもいいからさっさと行こーぜ?」
「かわいこちゃん、お名前知りたいなぁー!」
「おれ! 俺は若手の星スタナーってんだ!」
手の平にずっしりと乗るほどの原石か。赤兜の奴らってやたら宝石を対価に出してくるよなぁ。まあ迷宮内だし食料は貴重だもんな。さっきから魔物が肉を全然落とさないし。
「まあいい行け。ただし一回だけだからな。中に居座って何度もボスと戦うような真似をしやがったら扉をぶち破る。または二時間経って戦闘が終わってなくてもぶち破る。分かったら行け。」
「かたじけない……行くぞ!」
「ぎゃっは、バッカでー! ボス部屋の扉が破れるワケねーし!」
「良かったなぁー? 俺らぁ優しいから見逃してやっけどよ? 次ぃ舐めた口ききやがったら殺すぞ?」
「けけけけ! やるぜぇ! 斬って斬って斬る斬る斬ぃぃーる!」
「じゃっ、後でね! 俺は若手随一の騎士エトウェルだよ!」
「いやいや若手最強は俺だぁ! じゃね! 黄金のお姫様!」
いやーいい。とてもいい。やっぱ赤兜はこれ系のクズでないとね。これならどんな目に遭おうが遭わせようが心が痛まない。さーて休憩休憩と。
「カムイ、洗ってやるぞ。アレクは体感で適当に二時間経ったら教えてくれる? アレクの体感でいいからね。」
「ガウガウ」
「ええ、分かったわ。ほんと……赤兜って色んなのがいるわね……」
「全くだね。あ、カムイを洗ってる間の見張りも頼むね。」
「いいわよ。その代わり……後で……ね?」
「もちろんだよ、ね!」
よーし、カムイ来い。そーれわしゃわしゃー!
「ガウーガウガウ」
そして私の体感で一時間が過ぎた頃……
「カース、二時間経ったわよ。」
アレクがそう言った。




