213、地下十階、その頃地上では……
はぁー風呂はいいなぁ。疲れがお湯に溶けていくようだよ。
「カース、大丈夫?」
「いやー大丈夫じゃないね。ふとフェルナンド先生のことを思い出してしまってさ。先生に顔向けできるように戦おうと思って張り切り過ぎちゃったよ。」
「そうよね。それは大事よね。剣鬼様はまだ山岳地帯を旅されているのかしら。」
剣鬼か。あの時神から剣神を名乗るよう言われたんだったな。先生は本当に凄いよなぁ。
「あーそうだよね。あれから半年かな。エルフの美女を二人ほど連れて山岳地帯って。僕らよりよっぽど過酷な旅だよね。」
「そうね。山岳地帯の魔物は手強かったわ。でも、この迷宮も深く潜ればきっと魔物が手強くなるのよね。油断できないわね。」
「まったくだね。僕は今度こそ筋肉痛が治るまで大人しくしてるよ。アレク、頼むね。」
「ええ。任せておいて。」
それから。アレク主導で二時間の休憩と食事を終えて私達は七階へと降りた。
私はコーちゃんと鉄ボードの上に横になっている。先頭はアレク、その後はカムイだ。私は浮身しか使っていない。鉄ボードを浮かせているだけだ。カムイに引いてもらってる。魔法が使えなかった時を思い出すなあ。王都から領都までこうして帰ったんだよな。今日はやけに昔を思い出す日だな。
こうして、アレクサンドリーネだけに戦わせたまま一行が地下十階のボス部屋まで辿り着いた頃。地上では……
「いいだろぉが! 入らせろや!」
「そーだぞーだ! 俺達ぁ迷宮の攻略に来たんだからよぉ!」
「今日から誰でも入っていいんだろ!? 無税でよ!」
迷宮の入口では大勢でごった返している。
「ふざけるな! 天王陛下がご統治されておられる迷宮だ! 貴様らごとき薄汚い冒険者などの立ち入りを許可できるか!」
「別にいいんじゃーん? 入りたい奴は入らせてやれよぉー?」
「そーそー。天王とかどうでもよくねぇー?」
赤兜同士で意見が食い違っている。
「なっ!? お前達、天王陛下の御恩を何と心得ている!? 血迷ったか!」
「血迷ってんのはお前だよ! いつまで俺たちゃこんな危険な事しなきゃなんねぇんだよ! 迷宮で得た獲物は全部上納してんし!」
「給料はそこらの平民より少ねぇし! 何が御恩だぁ! やってられっかぁ!」
「なぁに仲間内で揉めてんだぁ? おう、さっさと入ろうぜ!」
「まったくだぁ! 久々の迷宮だかんよ! 腕がなるぜぇ!」
「よぉーし稼ぐぜぇ!」
仲間割れする赤兜達をよそに、冒険者達は次々と迷宮へ入ってしまった。
「お、お前達……どういうつもりだ……」
「知るかよばぁーか! 俺たちぁもう自由に生きるんだよぉ! おっと、当然この鎧は貰っていくけどよぉ!」
「退職の餞別ってやつだぁ! お前もいつまでもだりぃことやってねーでこっち来いよなぁ!」
そう言って大半の赤兜は迷宮前での仕事を放棄し、どこかへと行ってしまった。
街の中では……
「おらぁ酒だ酒だぁ! さっさと持って来いやぁ!」
「おっ? ねーちゃんいいケツしてんな! 後で付き合えや!」
「バカ野郎! このねーちゃんは俺が先に目ぇつけてたんだぞコラぁ!」
「俺が先じゃあ! ボケこらぁ!」
無法な冒険者がひしめいていた。
「どうなってんだよ! 騎士は何やってんだ!」
「詰所には行ったのか!?」
「とっくに行ってるよ!」
「誰か何とかしてくれ!」
赤兜以外の騎士はと言えば……
「おっしゃあ! 俺は行くぜ!」
「おお! 俺もだ! 一旗上げてやろうぜ!」
「赤兜のボケどもばっかり調子に乗りやがってよぉ! 俺もやれるってとこぉ見せてやるからな!」
「準備ぁいいだろおな!? 行くぜテメーら!」
迷宮に潜るべく行動をしていた。
そして街の人々は……
「どうなってるんだ……」
「なぜこんなにも沢山の人が?」
「逆に騎士の姿が見えない。あいつら昼時になると飯をたかりに来るくせに……」
「その飯が問題だ……そっちはどうだ? うちは家族が食う分だけでも四日分てとこだ……」
「うちもそんなもんだ。一体何が起こってるんだ!?」
「噂では迷宮に自由に入れるようになったと聞いたが……」
「もし、このまま行商人が来なければ……いや一人や二人来たところで焼け石に水だ」
「しかも、近隣の山でちっとも獲物が獲れないそうだ。狩人達も困っておった……」
彼らは頭を抱えていた……
そして代官は……
「どうなっておるか! 騎士は! 赤兜は何をしている!」
「も、申し訳ありません! 大半の赤兜が職務を放棄しております!」
「ならば迷宮の管理は!?」
「わ、分かりません! 平の騎士や冒険者までもが勝手に入っている状況なのです! どうしたら……」
「代官府にいる赤兜を全員集めろ! それから騎士長も呼べ!」
「騎士長は……すでに手勢をまとめて迷宮に入ってしまいました……」
「なんてこった……一体カゲキョーの街に何が起きているのだ……」
大軍に攻めこまれているわけでもなく、窮地に立たされているわけでもない。それでも不気味な事態に代官は戦慄を抑えきれないでいた……




