208、騎士と村人
私が行商人を襲ってる? それはさすがに濡れ衣だぞ。
「それは変だな。昨日からここにいるが何人かカゲキョーの街に行った行商人を見たぞ?」
私が買い取ったのは食料だけなのだから。ここで全ての商品を放出して引き返したのはだいたい半分。もし私が襲っていたら一人も街に到着してないことになる。
「おかしいじゃないか! 昨日来るはずだった行商人が来てないんだよ!」
「うちもだ! お前が何かしたんだろう!」
「だいたいこんな街道で寝泊まりするっておかしいだろう! うちの宿に泊まれよ!」
「何かしたのかと言われたら行商人から食料を買っただけだな。カゲキョーの宿は気に入らないから泊まらんぞ。」
サービスがよければ少々高くても泊まるってのにさ。他所者からぼったくろうとする宿なんか誰が泊まるかよ。
それにしてもこいつら、昨日の今日なのに動きが早いな。尻に火がつく前に行動できるだなんて偉いじゃないか。私と大違いだよ。
「ふざけんな! うちに入るはずの商品を横取りしやがったのか! 騎士様! 捕まえてください!」
「きっとその狼を使って脅したんだ! なんて非道な!」
「早く捕まえてくださいよ!」
こいつら無茶言うなぁ。これでも法の範囲で動いているんだけどな。
「そんな事実はないぞ? それでも捕縛するってんなら抵抗するだけだ。どうする?」
「待て待て。いくら何でもそれぐらいで捕縛などできん。正当な商取引だろう?」
「そうだよなぁ。見たところここらで争った風にも見えん。そうだな?」
「その通りだ。その辺りはカゲキョーの街に入った行商人から聞けば分かることだからな。嘘を言ってもバレる道理だろう?」
当たり前だよな。何の罪もないカムイまで疑いやがって。
「くそっ! このままじゃ済まさんからな!」
「調子に乗りやがって!」
「星のない夜に気をつけるんだな!」
あーあ、捨て台詞だけ残して行っちゃった。強硬手段に出てもいいことないぞ?
「やれやれ、手間をかけちまったな。でも何事なんだ? そんなに食料ばかり買い集めてよ?」
「なぁに、ちょいと本気で迷宮に挑んでみようと思ってな。めざせ新記録ってとこさ。」
実はこれも本当なんだよな。できることなら最深部まで行ってみたいものだ。
「マジかよ……たぶん十階までなら楽勝とは思うけどよ……」
「おお、俺らも多少は潜ったことあるけどさ。まあなんだ、死ぬなよ?」
「おう。こっちこそ手間をかけさせて悪かったな。ここにはもう何日かいるつもりなんだ。食料が揃い次第また潜るからさ。」
「また? なんだよ、一度潜ったんか?」
おっと、うっかり。余計なことを言ってしまったな。
「ああ、それで食料が全然足りないってことを思い知ってな。だからきっちり準備をしてるってわけさ。」
「なるほどなぁ。あそこは冒険者どころか俺らにすら地図を見せてくれないからよぉ。まあ迷わないよう頑張れな!」
「赤兜には気をつけろよ? あいつらぜってー魔物よりタチ悪いからな!」
普通の騎士は赤兜が嫌いなんだな。あいつらって調子に乗ってるもんな。それにしても普通は迷宮で迷うなって言われても無理なんじゃないか?
「分かったよ。ありがとな。じゃあそっちも仕事頑張れよ。」
騎士がやけに親切だよな。鼻薬が効きすぎなんじゃないか? 効かないよりいいけど。
それからアレクも起きてきたので、外でイチャイチャしたり稽古したりしながら行商人が通るのを待った。しかし通ったのは夕方までにたった三人だけだった。まあこんな日もあるかな。
薄暗くなった街道横でまたまたバーベキュー。今日は肉を多めにした。肉が焼け始める頃、遊びに行っていたコーちゃんとカムイが戻ってきた。特にカムイは結構汚れてる。どんな遊びをしてきたんだか。
食後、やや曇りで星明かりもない中。みんなで露天風呂に浸かっていたら、ごそごそと足音が聴こえてきた。朝の奴らがさっそく来たのかな? 足音を隠す気もない上に松明までしっかり持ってるし。そんなバレバレでは奇襲になるまいに。
「この中か?」
「ああ、朝はこの上から出てきた」
「けっ、変なもん置きやがって」
「魔力庫だけぁ大きいみたいだな、あのガキぁ」
「ぶっこわしてやろうぜ」
無理無理。ブルーブラッドオーガの大群を相手に一日ほどは耐えられる設計になってんだから。それにしても少し離れたところで風呂に入っている私達に気付かないのか? 別に隠形なんか使ってないのに。
『光源』
虫が集まりそうで嫌だけど、明るくしてやった。ピラミッドシェルターに落書きなんかされたら嫌だからな。
「よう、何か用か?」
「ガキぃ! そんな所に隠れてやがったか!」
「ああ? 風呂だぁ? そんなもんどっから!」
「ほぉう? やっぱ魔力庫だけぁでけぇみてぇだな!」
「うわ、あの女めちゃくちゃきれーだぜ!」
「ついでにやっちまおうぜ?」
とても普通の村人のセリフではない。ギルティだな。
「ちょっとカース! いきなり光源を使うなんて!」
「いやーごめんごめん。アレクのきれいな肌をあいつらにも見せてやろうと思ってさ。冥土の土産に。」
『麻痺』
やっぱりこいつらただの村人だわ。軽い麻痺ですら抵抗できてない。
さて、どうしよう。冥土の土産とは言ったものの殺す気はあんまりないんだよな。
結局有り金全部いただいてから契約魔法をかけて許してやった。内容は赤兜に食料を売らない、提供しないこと。これがどのような効果を出すのか分からない。とりあえずやってみただけだ。もう二日ほどここに滞在してみようかな。




