198、行商人の父と娘
さて、タツ達と別れて山道を歩く。あの小さい女の子がどうなるのか心配ではあるが私が特に何かする気もない。強く生きていって欲しいものだ。
「あいつの話によると、ここから二日も歩けばカゲキョー洞窟がある街に着くんだったね。」
「そうみたいね。いつもはカースの魔法であちこち飛び回ってたから、こうして歩いて長旅なんて新鮮でいいわね。旅人ってみんなこうして歩いているのよね。」
「そうだよね。ここはローランド王国ほど大きくはないけど、それでも歩いて回るのは大変だよね。でも、こんな旅も楽しいよね。急ぐこともないし。」
「本当にそう。なんだか凄く贅沢な気分よ。何ものにも追われることがないって言うのかしら。楽しいわね。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
コーちゃんにカムイはただ道を歩くだけでなく、しょっちゅう脇に逸れては寄り道している。やはり楽しそうで何よりだ。
ここから迷宮までは村がないらしい。途中に野宿に向いた場所があるとは聞いたが……
あそこか。先客が数組いるな。適度に距離をとってテントを張っている。人影は見えないな。
結構広いからピラミッドシェルターを置いても問題なさそうだ。
「少し早いけど夕食にしようか。久々にミスリル焼きといこうか。」
「ここでミスリルを出していいのか気になるわね。でも料理道具だし、いいわよね。」
アレクも思考が柔軟だね。さあ、ガンガン焼くぞー。
あー旨かった。今日は海の幸をメインに焼いてみたぞ。最高だった。
おっ、人影が見える。二人、父と娘か。髪が濡れているところを見ると川で水浴びでもしてたのかな? そろそろ夕方は涼しくなってきたよなぁ。そのうち水浴びも辛くなるのかな。
「やあこんにちは。いい匂いをさせてますな。」
「こんにちはー!」
「こんにちは。夕食がまだなら一緒にどうだい? 旅は道連れって言うからな。」
ちょっと違うか。まあ肉も魚もどっさりあるからな。
「お金ならありませんよ?」
「金には困ってないさ。腹が減ってるなら食べるといい。」
「ではありがたく。私はガネキ・ルク。こちらは娘のニシマです。さあ、お兄さんたちに挨拶しなさい」
「ニシマです! 六歳です! いただきまーす!」
「たくさん食べるといいよ。」
元気な挨拶ができて偉いね。アレクもニコニコしている。一応私達も自己紹介はしておいた。
食べながら話を聞いてみると、父親は行商人。妻を亡くしたために子連れで拠点とカゲキョーを往復しているそうだ。やはり魔力庫が大きいと行商人をやるには有利だそうだ。
「おおかみさん触ってもいーい?」
「ガウガウ」
「いいよ。」
今日のカムイはまだ風呂に入ってないからな。それに藪やら山やら走り回ってたから、かなり汚れてる上にダニなんかも付いてるはずだが……まあいいか。
「うわぁーふかふかぁー!」
「ガウガウ」
当たり前だって? 生意気なやつめ。女の子はカムイの毛皮に顔を埋めて恍惚としている。
「ペットですか? 素晴らしい毛並みをしておいでですね」
「こいつはペットって言うと怒るんだよな。実際はかわいい友達ってとこかな。」
「お言葉からするとローランドの方ですか? そうなるとこちらの狼もローランドの?」
「その通り。ちょっとヒイズルを歩いて回ろうと思ってな。まあ物見遊山の旅さ。今はカゲキョー洞窟を目指してるんだが、他に行った方がいい場所とかあるかい?」
「そうですね……道筋から考えますと、北にオワダ、南にテンモカがあります。ローランドから来られたのならオワダはご存知でしょう。そうなりますと、やはりテンモカがおすすめですね。見たところお金に不自由はしておられないようですから派手に遊ぶこともできますよ」
うーん、違うんだよな。
「すまん、聞き方が悪かった。カゲキョー洞窟とかって迷宮って呼ばれているんだよな? 全部で三つあると聞いた。それ以外に変わった場所と言うか魔物が出るような場所はあるかい?」
「ああ、なるほど。シューホー大魔洞とタイショー獄寒洞はご存知なのですね。でしたら龍宮天潮吹、通称『潮吹』なんてどうですか?」
「しおふき? どんな所なんだい?」
興味が湧いてきたぞ。
「見ものですよ? 我が国の北西端なのですが、海から潮が天に向かって吹き上がるのです。魚や魔物も一緒に打ち上げられたりしますので、運が良ければ儲かりますし、悪ければ大怪我してしまいます。遠くから見ている分には安全ですし、見応え抜群ですね」
「それはいいな、面白そうだ。いい情報だな。」
「これはただの噂ですが、そこにも迷宮の入口があるそうです。潮が吹き上がる辺りに隠れているとか。もっとも、近づけば潮に飛ばされてしまいますけどね。それに海の魔物だっていますし。今や迷宮税が八割ですから潜りたい冒険者は多いんでしょうけどね……」
なるほど。誰も行かない迷宮だから無税ってわけか。位置的にはヒイズル旅の総仕上げ、千秋楽ってとこか。楽しみにしておこう。
「いい情報をありがとう。楽しみができたよ。」
「これだけものご馳走をいただきましたのでね。喜んでいただけて嬉しいですよ。それでは辺りも暗くなってきましたので、私達はこの辺で」
「ガウガウ」
「ちょっと待った。ニシマちゃん、この狼、カムイが一緒に風呂に入らないかと言っている。どうだい?」
正確には、この子に自分の体を洗うことを許してやると言ったんだけどね。
「おふろ? おふろがあるのー? 入りたーい!」
「よし、なら入るといい。よかったらアンタも一緒にどうだ? うちの狼と三人で。」
目の前にマギトレント湯船をどーん。どうせ私達も後で入ることだしね。
「なっ……こ、これ程の……」
『光源』
『闇雲』
「この中だけ明るくしてある。のんびり入るといいさ。」
「あっ、ああ……ありがとう、ございます……」
いつもながら誰かが驚くのは気分がいいものだ。サービスのしがいがあるってんだな。でもこいつは行商人としては失格かな。目の前に大量のミスリルがあるのに無反応なんだから。目が利かないのかねぇ。




