195、増える女達
カース達がシェルターの中に入った後、行商人ホホノリ・タツハラヤこと女衒のタツは女達を風呂に入れていた。
「いいかお前ら。せっかくの魔王さんの好意だからなぁ。しっかりきれいに磨いとけよ。その程度のことで簡単に五万十万と売値が変わるんだからよぉ」
どの女も伏し目がちな表情のまま、虚ろに返事をした。
「声が小せえなぁ。まあ周囲の状況を考えりゃあ仕方ねぇ。だがよ? 昼間にそんな舐めた態度とってみろ。誰が見てようがきっちり教育してくれるからな?」
一番若いのはカースから鉄製コインを授かったコリカで九歳。一番歳上なのは、そのコリカの母親だった。タツにはなぜこの親子が売りに出されたのか分からない。今すぐ買える女奴隷はいないか村長に相談したところ、この五人を買うことになっただけの話だ。大抵の場合、奴隷に子供まで産ませているのだから最後まで自家で面倒を見るのが常識だ。例え父親が知れずとも自分が所有している奴隷なのだから。もっとも、このケースはかなりの確率で所有者が父親であることが多い……にもかかわらず売りに出してしまうとは、よほどの事情があるのだろう。例えば、今になって本妻の悋気に触れたとか……
だがタツには関係のない話だ。売られた商品を買っただけのこと。ヒイズルの南西エリアで随一の歓楽街テンモカに行くのだから女は何人いてもいい。しかも途中まで大国の凄腕冒険者の護衛付きだ。自分だって元六等星だけにカース達の危険さにすぐ気付いたのだろう。嘘をつかず、仁義を通した上で同行をとりつけた。千載一遇のチャンスである。通りかかる村々で買えるだけの女を買おうと目論んでいた。
うーんいい朝だな、たぶん。このシェルターには窓がないから時間が分からないんだよな。とりあえず外に出てみよう。
いやーそれにしても昨夜は燃えたよなぁ。アレクったら飢えた獣みたいだったしさ。おっ、ちょうど夜明けぐらいか。日の出は見えないが朝の静かな空気感が漂っている。
「な、なぁ、た、助けてくれよ……」
「もう限界なんだよ……漏れそうなんだ……」
盗賊だ。起きてたのか。別々の木に縛られている。
「それはタツに言いな。まあ漏らしたら俺がきれいにしてやるよ。」
「そ、そんな……ほんの出来心だったんだ……盗賊になんてなりたくなかったんだ……」
「も、漏らすぞ! 本当に漏らすからな!」
知るかよ。二度寝しようか……いや、ラジオ体操代わりにちょっと稽古しようかな。不動を振ろう。
ふう。いい感じだ。やっぱり私って剣より棍の方が向いてるんだろうか。次は久々にフェルナンド先生から貰った剣を振ってみよう。少しは斬れるようになってるかな。そこらの木を相手に……
な、なんだこれ? 違和感がすごい……まるで自分の体じゃないようだ……棍に慣れてしまったせいなのか? 小枝ぐらいしか切れない……
分からん……あれだけ小さい頃から剣を振り続けてきたってのに……
朝食を済ませたら出発だ。湯船の収納はもちろん忘れない。盗賊は本当に漏らしたので私が浄化を使ってやった。朝食の後でよかったよ。タツの奴もトイレの時ぐらい縄を解いてやればいいだろうに。
その後、次の村に着いたのは昼前だった。さすがに泊まるには早すぎる。タツは村長と何やら話し込んでいたが盗賊二人はそれなりの値段で売れたらしい。そして女が三人増えた。そんなにぽんぽんと売ってしまうものなのか? そこまで貧しそうな村には見えなかったが。男を買って女を売るって……
気になったから聞いてみた。新しい方の三人に。
「あんな村にいてもロクな男いないしぃー」
「家族に金残せるしぃー。やっぱ松の位めざすっきゃないしぃー」
「成り上がるんならテンモカだもんねぇー」
よくよく聞いてみれば、この三人は奴隷ではなく普通の村娘らしい。しかも自分から身売りしたと……全く理解できん……
タツによると『松の位』とは娼婦のランクでトップクラスの称号らしい。そこまでになると一晩で数百万ナラーの金が動く上に、貴族からの身請けもあり得るとか。
まあ、女には女の戦いがあるってことか……頑張って欲しいものだ。
ん? 雨か。パラついてきたな。どうしようかなぁ……私は雨具を持ってないんだよな。げっ! 大降りになってきた! アレクはちゃんとレインコートを持ってて偉いなぁ。ならば私は『風壁』
普通に屋根として使おう。足元は気にしなくてもいいな。私とアレクのブーツは泥水だろうが溶岩だろうが完全防護だからな。
うーん、土砂降りの上に風まで出てきたか。しょうがないなぁ……
『風壁』
全員を雨風から防げるほど広げてやった。私達だけってのは気が引けるからな。
「やっぱすげえな……あんだけ降ってたのが嘘みてぇに……」
「雨が止んだわけじゃないけどな。それより雨の日に出やすい魔物っているのか?」
ローランドだと河馬とかだね。
「そうさなぁ。厄介なのだと……蚯蚓千本だろうぜ。普段は地中の奥深くで眠ってるらしいんだがよ。雨が降ると地表へ顔を出してな、人間だろうが他の魔物だろうがお構いなしに吸い付くらしいぜ?」
ミミズなのに吸い付く? よく分からないな。まあ出て来たら考えよう。こうも大雨だと魔力探査の効きが悪いんだよなぁ……
「ふーん。それでどうするんだ? このまま歩くのか、どこかで休憩するのか。好きに決めていいぞ。」
私達は別に急いでないからね。
「この魔法はどのぐらい張ってられるんだ?」
「その気になればいつまでもだな。まあそんなダルいことをする気はないが。ここで休んでいる間ぐらいずっと張ってても何の負担もない。気にせず決めていいぞ。」
「そうか。じゃあお言葉に甘えてあの先の森に入った所で休むとしよう。これほどの大雨が長く降り続くとは思えんからな。」
「分かった。そうしよう。」
森の中か……




