153、海の魔物
吸盤だらけの足を何本も伸ばしてくるが無駄だ。私の風球は破れまい。お前は中、私は外だ。このまま海上まで道連れといこうじゃないか。
ついに頭まで出てきたぞ? 明らかに船より大きいじゃないか……どこに入ってたんだよ……
ん? 墨を吐きやがった。風球内部がことごとく真っ黒く染まる。
げっ!? 風球に穴が!? 溶かしやがったのか!? くそ、沈む!
『浮身』
ふう……危なかった……
仕方ない。しばらく浮身のみで行こう。
くそ、タコめ……どこに行きやがった……
『魔力探査』
あっちか……
タコどころか周囲一帯まで真っ黒になってしまった。暗視が効かず何も見えない……タコのくせに舐めた真似しやがって……
視界を潰したぐらいで私に勝てると思ってんじゃないぞ?
『落雷』
私を中心に雷を放つ。いや放つまでもなく、勝手に広がっていく。威力は落ちるがそこら辺にいる以上絶対に当たるだろう。ん? タコの魔力が消えた……?
あの程度の魔法で死んだとは思えないが……ぐがっ!? か、顔に、吸盤が! くそっ! 苦しい! 息ができない! くそっ、ヤバい! このままでは……
いかん、こんな時こそ落ち着かなくては……このケースはクラーケンで経験済みだ。魔力庫からクリムゾンドラゴンの短剣を取り出して……奴の足に突き立てる!
そして『落雷』
よし! 離れた! あー苦しかった。いくら水中で呼吸ができても、あのように顔ごと塞がれたらどうしようもないもんな。口の周りには自動防御を張ってないんだから。
『水操』
まずは海水を流して視界をクリアにする。船は、少し沈む程度で済み、再び浮上を開始している。むっ、タコはあっちか、再び魔力を感じるようになったぞ。さては、あの墨に魔力のジャミング的な効果まであるってことか? 小賢しいな。
だが、かなりの電撃を流し込んでやったからな。まだ抵抗する元気はあるか?
『ピュイピュイ』
え? 他にも魔物が来てる?
強めの落雷を使ったからかな。
『魔力探査』
なんだこれ? めっちゃ来てるじゃん! 百や二百じゃきかないぞ!? 嘘だろ!? クソが! タコに構っている場合じゃない! 少しでも浮上しないと!
ええーい! タコの触手が鬱陶しい! ここぞとばかりにまとわりついてきやがる! 何本あるってんだ!
先に片付けるしかないか……キモいから嫌なのだが、足裏ジェットで頭に体当たりしてからの……『徹甲弾』
頭をブチ抜いてやった。いや、実際は腹なんだっけ? まあいいや、そんなことより零距離射撃は効くだろ? 素材は無視だ! しかし……もう来やがった! およそ半数は大タコの死体に食らいついているが、残りが私に突進して来やがる! これは……ウツボか!? 体長は四から六メイル程度だが数が多過ぎる! こんな集団でいたら周囲からたちまち餌が無くなるだろうに!
くっ、ギザギザの歯が自動防御に食い込みやがる……さすがにそのぐらいではビクともしないが、数が多いからな……噛み付く度に電撃を流してやってるがキリがない! 海面はまだかよ!
えーい! ちくちくちくちくと! 鬱陶しい!
こっちは『浮身』『水中気』『自動防御』『暗視』『落雷』と同時にいくつも魔法を使ってんだよ! 短剣を使おうにも、手足に噛み付いたウツボが邪魔で満足に振り回せない。魔力にはまだまだ余裕はあるが、制御にいっぱいいっぱいで頭が煮えそうなんだよ!
だが、だいぶ明るくなってきた!
海面は近いぞ!
そうと分かれば!
後のことなんか知るか!
ぶっ放してやるよ!
『轟く雷鳴』
何のことはない。私を中心に視界全てを覆い尽くすほどの雷撃を放ってやった。もちろん魔力は特盛だ。あーくそ、頭が痛い!
だが、ウツボどもは沈黙した。これだけもの魔力を使ってしまったんだ。本当の大物が来ないうちに海面に上がらなければ……
「オワダの闇ギルドって人質が通用するのね。」
「うちは……闇ギルドと言っても、積極的に法を犯すような真似はしていない……だから結婚もできたし、子宝も授かった……」
「ふぅん。別にいいけど。あなたの気持ちも分からないでもないし。私だってもしカースが人質に取られるようなことがあったら、どんなことをしてでも助けたいって思うでしょうよ。」
「当然だな……」
「でも、それじゃあダメなのよ。私達が育った土地ではね……人質を取られるようなことがあれば、人質ごと敵を殺せって教わってるの。そして私達はそれを実行できる……でも、その人質がもしカースだったら……あり得ないことだとは思うけれど。」
「恐ろしい所だな……それがローランド王国では当たり前なのか……」
「違うわよ。辺境フランティア領の中で最も魔境に近い街、クタナツでのルールよ。私達は敵対者と取引なんかしないってことね。それこそが私達の身を守ってくれる盾なのよ。」
「そうだな……エチゴヤが、人質をまともに扱うはずがない……俺が、俺が愚かだったんだ! 妻と! 娘かわいさに! シーカンバーを裏切っちまったんだからな!」
「そうね。あんな優しそうなおば様を裏切って、のうのうと生きていけるわけないわね。」
「ナマラ様は……あれで恐ろしい方だ……だった。だが、夫であるクロマ様を亡くされ、同じ年に一人息子のイオ様を病気で失い……すっかり丸くなってしまわれた……」
「闇ギルドについては詳しくないけど、舐められたらお終いなんでしょう? あなた達の世界は。」
「あ、あぁ……敵対組織に対しては当然だが、友好組織にだってヌルい対応をしていれば……付け込まれるだけだ……」
「ふーん。あっ、カースがだいぶ近付いてきたわ。少し高度を上げるわよ。」
そう言ってアレクサンドリーネは鉄ボードを上昇させるのだった。




