123、船酔いカース
時刻はたぶん真夜中過ぎ。星はきれいでいいんだけど船はすごく揺れてる。だからアレクは目を覚まし……私は酔っている。
うーん、アレクがいい気持ちで寝てるものだから浮身も何も使わなかったんだよな。今思えば鉄ボードでも敷いて浮身を使ってから寝かせればよかった。そしたら私も酔うことなどなかったのに。
「カース、大丈夫?」
「よくないね……うぇっ……」
優しく背中をさすってくれるアレク。ウエストコートの下に手を入れて。
これはだめだ……ここは一つ……
高級ポーショーン!
魔王ポーションもネクタールも全部なくなってしまったからな。市販の中で一番高いやつを一口飲んでみる。船酔いに効くなんて聞いたことがないけど……
うぇ……マズい……でも魔王ポーションほどじゃないな。うーん、ほんの少し気分が良くなった気もする……
「アレク、悪いけど僕これで飛ぶね……上から見張りしとくよ……」
「ええ、ならここは私に任せて。」
「ごめんね……」
こうして私は鉄ボードで空へと舞い上がった。先日はうっかりミスリルボードを使ってしまったが、ヒイズルが近付いているんだからもう魔力庫から出すのはよくない。ここからは鉄ボードで空を飛ぼう。
オリハルコンの円月輪を使ってしまったが、あれは武器ってことで勘弁してもらおう。つーか誰も見てないのに律儀に決まりを守るなんて私は偉いな。
うーん、夜の海。どこまでも広くて怖いぐらいだ。地球でもこんな航海中に海へと投げ出されたらとても助からないだろうが、こっちで魔法が使えない奴が落ちたらもっと悲惨だよな。どんな魔物に食われるか分かったもんじゃない。
はあ……いい風。船の上は蒸し暑いけど、上空はだいぶマシだな。
そういえば他の船って見ないな。航路が違うのか、単に数が少ないのか。そりゃ定期便なんて運行してられないだろうしな。海は怖いし残酷だしね。ふぁーあ、寝そう。
でも寝たら落ちてしまう。自動防御や範囲警戒は寝たままでも発動するのに浮身や風操はそうはいかないもんな。まあいいか。朝まで、いや酔いが覚めるまで頑張ろう。
眠気と戦っていたら、ようやく東の空が白んできた。もうすぐ日の出か。
バンダルゴウからヒイズルのオワダ港まで直線距離で千キロル前後だろうか。私が全力で飛べば一時間ぐらいで着いてしまう。それをまあ酔狂に船旅か。我ながら何を考えてんだろうね。まあ人生で一度はこんな経験をしておくのも悪くないかな。それに、ヒイズルに着いたらなるべく飛ばずに馬車や歩きで旅をするつもりなんだから。せっかく生まれた国を離れて旅に出たんだからな。自分達の足で見て回ってみたいってわけだ。そうしてヒイズルを一周したら次の行動を考えたらいい。
南の大陸に行くか、東の大国に行くか。思い切って北上してみるか。楽しみは尽きないな。
さて、アレクの所に戻ろう。朝食を食べて寝るとしようかね。
「カース、調子はどう?」
「だいぶ良くなったよ。さあ、もうすぐ日の出だね。朝食は何だろうね。」
「それは良かったわ。私もお腹すいたわよ。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
はは、コーちゃんにカムイもか。特にカムイは見事だったな。セイレーン・オケアノスの歌をかき消すなんてさ。凄いぜ。
「ガウガウ」
おっ! 朝飯はあれか!
「これって昨日カースが獲ったものかしら?」
「たぶんそうだよ。堅蝦蛄って言ったかな。ぷりぷりしてて美味しそうだね。」
見た感じはエビチリだな。シャコのエビチリか。もちろん食べたことなんかないな。どれどれ……
「美味い!」
香辛料のせいか、徹夜で疲れた胃に旨みがガンガン染み込んでくる! これはたまらんな。これってエビチリ丼にしても美味そうだよな。ヒイズルには米があるんだよな。絶対大量買いしてやるからな。味噌と醤油もだ。
他の冒険者にも大好評だ。普段なかなか食べられない素材だしね。そりゃあ旨いよな。
そうなるとロブスターや伊勢海老みたいなのもどこかにいるよな。ぜひ食べたいものだ。
「おう、味はどうでえ?」
「おお料理長。すごく旨いよ。この辛味が堪らないね。」
「活きがいいから刺身にしてやろうかとも思ったんだがよぉ。ちぃとばかし臭みがあってな。やけぇこんな風にチリソースで炒めてみたってわけよ。おめぇ、他にええ素材があったら持ってこいや。料理してやるからよぉ。」
ほう……チリソースがあるのか。
「ああ、ぜひ頼むよ。やはり長旅の楽しみは食事だよな。ご馳走様。おいしかったよ。」
「ご馳走様。美味しかったわ。あなたいい腕をしてるわね。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
「おう! 当然よぉ!」
コーちゃんはこれに合う酒が飲みたいと言っている。カムイは辛すぎると言っている。香辛料に弱いんだよな。
さてと、希望者に浄化をかけて……と。
狭い船室でアレクと二人。むふふ……




