73、不法投棄
ゼマティス家で一泊した翌日。私達はすでに山岳地帯、ソンブレア村まで来ている。ここからは長期戦、腰を据えて死汚危神を処理していく。そのため、魔王ポーションだけでなく、私のとっておき『ネクタール』まで全部持ってきた。魔力がいくらあっても足りないだろうからな。後先考えないのであれば『暗黒大穴』であの毒を全て吸い込めばいいのだろうが、それは最後の仕上げにとっておくつもりだ。いきなり切り札を切るつもりはない。せっかくここまで安全第一で進めてきたんだからな。
さあて、では行ってみようか!
毒沼から水操で毒を汲み取る。まずは百ミリルだ。
『解毒』
いける! 解毒できるぞ! 消費魔力も先日に比べたら何てことない! これなら……
次は二百ミリル……五百ミリル……一リットル!
いい!
いい感じだ!
魔王ポーションを飲む。魔力が一割回復した。
ネクタールも飲む。魔力が五割回復した。
やはりネクタールは圧倒的だな。
結局この日解毒できたのは二百リットル近かった。先日のことを思うと、いいペースではないだろうか。
毒の総量だが、沼の広さを直径百メイル、深さを五十センチとすると……約四千立方メイル。一立方メイルは千リットルだから、五日で解毒できる。つまり……二万日、五十五年かかる……
しかも私の魔力が満タンにまで回復するのにも七日かかる。つまり、実際にはこの六倍も七倍も時間が必要となるのか……
だめだな。無理すぎる。別の方法を考えるしかないか……例えば炉を大きくするとか…… 母上に改めてお願いするか……
とりあえずこのまま一週間ほど続けてみよう。何か新しい発見があるかも知れない。
寝泊りするのは私の四角錐コテージがある。しかも夜の見張りは必要ない。超危険な山岳地帯なのに、毒が蔓延するこの付近に近寄る魔物なんか全然いないからな。昼間、アレク達には周囲の警戒を頼んでいたけど、影も形も見えなかったそうだ。
食糧もどっさり用意してきたし、少し遠征すれば魔物はいくらでもいるし。
そして一週間後の夕方。どこまでも続く山の稜線に日が沈む。山岳地帯では新緑が眩しい季節になっていた。私達が滞在する旧ソンブレア村の周囲一帯にはただただ荒野が広がるだけだが。
今日までの成果はだいたい千リットル。やはりネクタールの効果は抜群のようだ。私の魔力が五割も回復するんだからな。問題はネクタールがもう半分しか残ってないことだ。結構飲んだもんなぁ。沼の水位はほんの少し下がった気がする程度のものだ。先は長いな……
「ねえカース。無理に全部解毒することはないんじゃないかしら?」
「どういうこと?」
おっ? アレクは何かいいアイデアが浮かんだのか?
「極端な話だけど、ここの毒を全部どこか遠くに捨てたらどうなるのかな……って思ったの。」
なるほど。確かに私は全て解毒することしか考えてなかった。環境への悪影響が気になったからだ。それを無視してどこか遠くに捨ててしまえば……
いや、それをするぐらいならいっそジャンにやったように婆ちゃんを沼から引きずりだして解毒を……
だめだな。それは最後らへんの手段だ。婆ちゃんを殺す時の……
もしも私の手元に神の霊薬エリクサーがあればそれもいいだろう。しかし、ないものを当てにして婆ちゃんを上下に切断なんかできるものか。
他所に移すか……やってみるか……
翌日。私はクロミに村から五百メイル離れた辺りで土を掘るよう頼んだ。容積はだいたい二十五メートルプール一つ分ぐらいだ。
「ニンちゃーん。掘ったよー。」
「おう、ありがとな。じゃあやってみるか。」
『水操』
うーん、やはりこの毒は動かすだけで魔力を食うんだよな。プール一杯分だとかなり消費するじゃないか。ふよふよと毒を浮かせて移動する。しかし、これだけの毒を大地に撒いてしまっていいものだろうか……
クロミが掘った場所まで到着した。これだけの毒を捨てたら、かなり後が楽になる。楽になるのに……
だめだ……できない。
こんなの車の窓から空き缶や弁当箱を捨てるようなもんだ……そんな下品で下劣で最低な行為……私にはできない……
「すまんクロミ……せっかく掘ってくれたのに。穴を戻しておいてくれるか……」
「い、いいけど……どうしたの?」
「何でもない……」
くそ……時間と魔力の無駄遣いになってしまった……
ブラックホールの魔法を使わずにこれを圧縮できればいいのに……
圧縮か……
圧縮と言えばオディ兄だよな。オディ兄の圧縮魔法か……そこにオディ兄の乾燥魔法も合わせて使えば……
『乾燥』
『圧縮』
半ばやけくそだ。めちゃくちゃに圧縮してやるよ……




