68、ブラックホール
あれだけのスライムを溶かしたくせに沼の毒は減ったようには見えない。そりゃそうか……
ミスリル炉で燃やすのは次回にするとして、本日の仕上げとしてやっておきたいことがある。
「母上、みんなも。ちょっと危ない魔法を使うから離れておいてくれる? それから僕の方を見ないように巨木の裏とかに隠れておいてね。」
「分かったわ。後で説明しなさいね。」
「うん。」
さてと……まずは魔力庫から特大の巨岩を出して……後ろに隠れる。
残った魔力を練り込みながら……落ち着いて錬魔循環を行う。
いくぜ……
『暗黒大穴』
毒沼上方の空間に小さな穴が開き、全てを吸い込もうとする。さらに『水操』で沼の毒を送り込む!
いける! 細いロープを巻き取るように毒を吸い込んでいく!
わずか二十秒足らずで魔法解除。沼の体積が減ったようには見えないが、ちまちまスライムを落とすより効率的なはずだ。
「お待たせ。終わったよ。」
「一体何なの? あらゆる物が吸い寄せられてるようだったけど。」
これはさすがの母上も知るまい。
「フェアウェル村の村長の魔法を応用したんだよ。マリーなら知ってるかな? 『重劫体天星落』ってやつ。あれを見て開発してみたんだ。」
「し、知っております……天地の理を捻じ曲げる村長の魔法……大地から天へと物が落ちたり、その気になれば星々すらも落とせるとか……」
さすがにそれは無理だろ。せいぜい小さい隕石ぐらいじゃない? でもローランド王国には隕石って言葉はないんだよな。本物の星が落ちてきたらこの大陸どころか惑星ごとアウトだろうし。
「そう。それそれ。それを応用して何でも吸い込む魔ほ……うげっ……がぁあっっぅ……」
ぐうぅ苦しいぞ? 腹が……違う、腹じゃない! 魔力庫か……魔力庫が破裂しそうなんだ!
「うぅがぁああぁぁああぁぁぁぁーーーー!」
くそ、マジかよ……どうなってんだ……原因は……こいつか!? くっ、どうにか……
『排出』
ふう……危なかった……
「カース! 大丈夫なの! こんなに血が!」
「ぼ、ぼう大丈夫だよ。あー苦しかっだ……うげっええ……」
いかんな。アレクを心配させてしまった。
「カース、ここに横になりなさい。」
「ぶん、母上も心配ざせだね……」
いつものように私の額とヘソに手を当てて魔力を流す母上。はぁ……暖かい魔力が流れるなぁ。気持ちいい……
「内臓のいくつかが傷だらけになっていたわ。あの魔法の副作用とは思えないけど。はい、治したわよ。」
「ありがと。いやーびっくりしたよ。見てよあれ。たぶんあいつが原因だよ。」
私が指差すのは先ほど魔力庫から排出したもの。何てことない黒い小石だ。
「あれが何なのよ?」
そう言って近付くシャルロットお姉ちゃん。
「おっと、触っちゃだめだよ。それ多分あの毒だよ。」
「ほう? もしや毒を押し固めたということか?」
さすが伯父さん。察しがいいね。
「多分そうです。さっき吸い込んだ毒がなぜか僕の魔力庫内で塊になったんでしょうね。全く意味が分かりませんが。」
分からんことが多すぎる! どうしろってんだよ! 何でブラックホールに吸い込んだ物が私の魔力庫に入ってんだよ! しかも魔力庫内から私に影響を及ぼすなんてめちゃくちゃだ! そんなのアリかよ! アリなんだろうなぁ……
勘弁してくれよ……もし排出するのが遅かったら私の体ごと魔力庫が破裂してたんだろうか……怖すぎる。
「日暮れにはまだ時間があるけど今日のところは帰った方がいいわね。マリーの故郷に泊めていただくのね?」
「そうしようよ。あれこれ情報交換もしたいしね。」
有益な情報があるとは思えないが、あれこれ話すことで何か気付くことがあるかも知れないもんな。
さて、フェアウェル村に到着。村長にも伝言で挨拶したぞ。
マリーが先頭に立ち、村へと入る。お姉ちゃんはキョロキョロしている。おや、目の前で待ち受けるのは……
「大勢でよく来たな。歓迎する、と言いたいが後回しだ。そっちの三人には歓迎の儀式を受けてもらおうか。無理にとは言わんがな。」
「やあ、アーさん。そんなのあったの? 初耳なんだけど。」
「現在この村にはダークエルフ族もいるからな。習慣を一部取り入れたまでだ。」
すごいなエルフ。めっちゃ柔軟じゃん。
「エルフの儀式ですか。おもしろそうですわね。ぜひ受けさせていただきますわ。申し遅れました。カースの母親、イザベル・マーティンと申します。いつぞやはエルフの飲み薬をいただきまして、ありがとうございました。」
母上って頭を下げてても絵になるなぁ。マジ貴婦人。
「奥様、お気をつけください。私も初耳ですので。」
そりゃあマリーも知らないよな。ダークエルフの習慣ってことはアレかな? ならば母上には楽勝だな。伯父さんも楽勝だろうな。お姉ちゃんは知らないが。頑張って欲しいね。




