54、スティクス湖の異変
「カー兄ー! おかえりー! 元気ー?」
実家に帰った私をキアラは元気に迎えてくれた。
「ただいま。少し見ない間に大きくなったな。偉いぞー。」
私の胸ほどしかなかったキアラが、首元に及ぶほどの大きさになっている。やはり一年は長いのだろうか。
「こっちのおねーちゃんは黒いねー! なんでー?」
「そんなの決まってるし! 黒い方がキレイだからだし!」
黒い方が綺麗。これってダークエルフの価値観なのかな?
褐色の肌、黄色に近い金髪。うん、やっぱギャルだな。
「そっかー! カッコいいよねー!」
「ねー!」
おおう、早くも仲良くなったか。きっと精神年齢が近いんだろうな。あ、一緒に風呂に行った。やっぱ仲良しか。
まあいいや、今のうちに現状を話しておこう。
「と言うわけなんだ。どうにか母上にも助けて欲しくてさ。」
「まったく……一年ぶりに帰ってきたかと思えば……分かったわ。私にも利益のある話だし、協力するわ。」
母上に利益? 今の話の一体どこにそんなものが? まあいいや。
「ありがとね。さっそく王都に行きたいところだけど、キアラの卒業式はいつ? それに進路はどうなってるの?」
「今週末、三日後ね。進路は王都の魔法学校よ。」
「あら、王都に行くんだ。それにしても魔法学校とは意外に普通だね。」
それはそれでキアラらしいのかな。
「そうね。王子ともだいぶいい仲みたいだし。」
そうだった……それがあった……だから王都かよ! くっ、フランツの野郎……
まあいい……母上とマリーの協力は取り付けた。これで勝てる!
三日後か……じっとしてられないな。卒業式まで何して過ごそう……
ちなみにアレクは今夜は実家に帰っている。一年ぶりだもんなぁ……今夜は一人で寝よう。
自室のドアは開かないようにしたし消音もきっちりかけた。これで朝まで誰も部屋に入れまい、ふふふ。
「起きなさいカース。アレックスが来たわよ。」
「うぅん……母上? おはよ……」
もう朝か。よく寝たな……
「カースおはよう。よく寝てたのね。」
「魔法を解除するのが大変だったわよ。あれぐらい用心深いのはいいことね。」
さすが母上。あれだけの魔法を解除してしまったのか。範囲警戒に自動防御、そして消音。おまけにドア前に置いた鉄キューブまで動かされてるし。
あら? 外をよく見るともう昼じゃん。寝過ごしたか。まあ仕方ないよね。
「ところでアレクは今日何したい?」
「本当はカースとのんびりしたいところだけど、ギルドの依頼を受けた方がいいわね。一年ほど何もしてなかったんだから。」
「それもそうだね。何か手頃なやつでもやってみようか。」
「食事は用意してあるわ。食べてからにしなさいね。」
さすが母上。ありがたい。
「あーニンちゃんやっと起きたのぉー? 何度か起こしに行ったんだけど防御固すぎー!」
「おはよ。よく寝れたか?」
「バッチリだよー。今日はどうするの?」
「あー、ギルドに行く。せっかくだからみんなで適当な依頼でも受けてみようぜ。」
この三人、それにコーちゃんとカムイを入れた五人でならどんな依頼もイチコロだな。護衛系はやらないけど。
ギルドに到着。この時間ってあんまいい依頼が残ってないらしいんだよな。そもそも普段から依頼なんか受けないからよく知らないけど。
よし、ここは手堅くグリードグラス草原へ薬草探しに行こうかね。ノルマもなく採れば採っただけ歩合で報酬が貰えるやつだ。
「これを頼むよ。」
依頼番号の書かれた木札を窓口に提出し、ギルドカードと照会すれば受理してもらえる。
「あ、カースさん? カースさんがいらしたら組合長室に来るよう言付かっております」
「分かった。それからこれはお土産ね。みんなで分けてよ。」
魔力庫に残ってた魔物肉を適当に渡す。一年ぶりだからこれぐらいはしないとな。
「まあ! ワイバーン肉じゃないですか! ありがとうございます!」
ワイバーン肉はまだ結構余ってたよな? そのうち在庫整理をするべきか……うーん、面倒すぎる……
アレクとクロミを連れて組合長室へ。ノックしてもしもし。
「入れぇ!」
「どーもゴレライアスさん。ご挨拶が遅れましたが就任おめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
「ちーっす。」
なお、コーちゃんとカムイはギルドの入り口辺りで待っている。
「おう。やっと帰ってきたかぁ。まあ座れやぁ。」
うーん。前のドノバン組合長もそうだが、組合長ってごっつい男がなる伝統でもあるのか?
「失礼します。」
「ちーと困ってた時でよぉ。いい時に帰ってきてくれたぜぇ。」
「おや? 何事ですか?」
腕利きの多いクタナツギルドで何を困ることがあるってんだ?
「スティクス湖、知ってんなぁ?」
「ええ、もちろん。」
「そのスティクス湖周辺でよぉ、イービルジラソーレが爆発的に増えてんのぁ知ってるか?」
なん……だと……
「初耳ですね。で、それはどのぐらいなんですか?」
「あのクソ広いスティクス湖の周囲を取り囲むように密集してんだとよ? まぁその程度なら大して問題じゃねぇ。所詮はただの植物だからな。」
人間、魔物を問わず種を撃ち込んで繁殖するヤバいヒマワリをただの植物とは剛気なことで。
「やべぇのはスライムだぁ。」
「スライムですか? あの砂漠では珍しいですね。」
「生き残ったモンの話じゃあスティクス湖が丸ごとスライムになっちまってるとさ。話半分としても大事だぜぇ。」
「え……」
全く意味が分からん。あれだけの湖がすべてスライムになってることもそうだが……それならなぜ周辺のイービルジラソーレは繁殖してるんだ? 普通スライムは何でも食うぞ?
「とは言ってもあのクソ広いヘルデザ砂漠だぁ。あの砂漠を越えてソルサリエやクタナツまで来れるたぁ思えん。だがよぉ? もし……来たら終わりだぜぇ?」
「そうですね。」
あの湖ってどんだけ広かったっけ? 少なくとも対岸が見えるレベルではない。どんだけ大きなスライムなんだよ。
「スライムとイービルジラソーレが一つところで納まってんのも気になるがよぉ。原因や事情なんざぁどうでもいい。やれるか、カースよぉ?」
「やってみましょう。」
「成功報酬はランクアップだぁ。クタナツの六等星になぁ。もちろん別途討伐報酬として大金貨五枚だぁ。ブッ潰してこいやぁ!」
「押忍!」
やれやれ。スライムか……
ん? もしかして、使える?




