2、カースと国王グレンウッド
馬車は辺境伯邸に到着した。門番さんからは中へ入るよう勧められたが、どうせ国王達はもうすぐ出てくるだろうから門前で待つことにした。
元とは言え国王を待つわけだからと私達は馬車から降りた。それから五分、門の中が騒がしくなってきたではないか。そして正門が開いた。中からは辺境伯家の紋章入りの馬車が出てきた。
「カースよ、久しいな。まあ積もる話は後だ。付いて参れ。」
「はい。」
窓から声をかけてきた国王。短く返事をして元の馬車に乗り込む。
馬車は北の城門を出て東へ。どこへ向かっているのだろうか。
歩くこと一時間。一行はノード川へ差しかかった。なるほど、ここから川を下るのね。
あっちの馬車から先に降りたのは辺境伯。
お、長男もいるじゃないか。まったく、ダミアンめ。下手にサボるから国王とのコネクションを作りそこねるんだよ。
「やあカース君。君のおかげで時代が動き出してしまったな。陛下をも動かした君がすごいのか、時代の流れを読み間違えない陛下が卓越しておいでなのか。非才の身では全く分からないよ。」
「いえいえ、閣下が非才ならばダミアンはゴミ屑ですよ。閣下のご英断には感服しております。」
「ほう? カースよ。お前はそんなゴミ屑と親友なのか? 本当にそう思っておるのか?」
えーい国王め。面倒な質問をするんじゃない。分かってるくせに。
「いやーそうですね。ダミアンはダメな奴ですよ。酒ばっかり飲んで女にはだらしないですし。家賃も払わず我が家にずっと居候してますし。でもまあ親友ですかね? だから例え陛下でもあいつのことをゴミ屑とは言って欲しくないですよ?」
じゃあ私も言うなって話だけど。私が言うのはいいんだよ。あのボケダミアンめ。
「くっくっく。カースほどの男とそこまで友誼を結んでおるとは。ダミアンが羨ましくなったぞ。ではなドナシファン。余は北の地に骨を埋める。これが今生の別れとなろう。」
「はっ! 陛下の征く先に大いなる実りがあらんことを祈っております!」
でも助けるとは言わない辺境伯もしたたかだよな。こっちはこっちで手一杯なんだから。長男は静かに頭を下げてるだけだし。
護衛の一人が魔力庫から取り出した物は、ボートだった。いや、正確に言えば小舟かな。櫂も帆もないただの小舟。そこに乗り込む私達。国王、王妃、護衛が五人。私とアレクとコーちゃん、そしておじいちゃんとおばあちゃんだ。この人数がギリギリ乗れる程度の大きさ。辺境伯が見えなくなったら私が何とかしよう……
それにしてもこのルートは懐かしいな。いつだったかアレクの命を狙った殺し屋を追跡したルートだもんな。それより、もう十分辺境伯からは見えない位置に来ただろう。
「陛下、ちょっと運転変わってもらっていいですか?」
運転というか、小舟の舵取りは護衛の一人が行っているのだ。風操でちょこちょこ向きを変えている。それを交代しようというだけの話だ。
「ほう? 面白い。やってみよ。」
『浮身』
『風操』
誰が川下りなんかするかよ。もう酔いそうで限界だったんだからな。さっさと飛んで行くのが早道ってもんだ。
よし、三十分とかからず到着。河口には巨大な船が停泊していた。
「あれが陛下の御座船ですか? 確か名前は……」
聞いた覚えはあるんだよな。すごく燃えやすそうなネーミングだった記憶があるぞ。
「そうよ。あれが余の船『バーニングファイヤーメガフレイム』だ。何十年も前から様々な海を駆け抜けた余の自慢の一隻だ。」
めっちゃ燃えそうな名前じゃん。どんだけ燃やしたいんだよ。船の全長は百五十メイル、横幅は四十メイルほどか。デカイなぁ……私の浮身で持ち上がるだろうか……
『皆の者! ただいま帰ったぞ! さあ宴の始まりだ! 準備はよいであろうな!』
国王が拡声の魔法を使って叫んだ。すると船から続々と人員が陸へと飛んできた。中には見覚えのあるジジイまで。
「カース殿。久しいな。よもやここで相見えようとは。」
「宰相閣下もお元気そうで何よりです。」
宰相まで北に行くのかよ。引退してのんびり暮らさないのかよ。うちのおじいちゃんと言い、どいつもこいつも忠誠心高すぎだろ。引退した近衛騎士っぽいのとか宮廷魔導士っぽいのとかいるし。改めて思うがこの国王の人気、カリスマは凄いよな。行き先は地獄の一丁目、人外魔境だってのに。
「ふっ、もう宰相ではない。王都でやることはすでにない。かくなる上は陛下への忠誠を全うするのみよ。」
「が、がんばってください……」
何なんだ? うちのおじいちゃんもそうだが。年寄り連中の張り切り具合は?
国王と一緒だからテンション上がってんのか? 行き先は地獄なんだぞ?
この夜は国王とアレクのバイオリン二重奏が私達を存分に酔わせてくれた。楽しい夜だった。




