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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第80章 1927(大正12)冬至~1927(大正12)年(2回目の)冬至
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閑話:1927(大正12)年冬至 クリスマス・イブの母上

※章タイトルを変更しました。

 僕の母上は、変だ。


 もちろん、母上が、日本で稀有な存在であることは知っている。母上自身は多くを語らないけれど、皇族の女性で、そして日本の女性で初めての国軍の軍人であり、日本で初めての女性の貴族院議員であり、貴族院議長を3期務め、更には伯父上……今の天皇陛下が即位なさったのと同時に、日本の女性で初めて、内大臣という要職に就いた。世界大戦発生の危機を、いくつかの国際会議を主催することで回避した母上は、世界で”極東の女神”や”平和の天使”と称えられている。……それは大山の爺たちや、頼みもしないのに僕にまとわりつく学習院の同級生たちに散々聞かされていた。けれど、母上が変なのは、そう言った数々の栄誉に包まれているからではなく、元々のものではないかと、母上の息子である僕は……有栖川宮(ありすがわのみや)家の次男であるこの僕は思うのだ。

 まず、母上は、普通の女性皇族らしくない。有栖川のおばあ様やひいおばあ様、そしておばば様……皇太后陛下は、1つ1つの動作がとても優雅で、言葉遣いも上品だ。ところが、僕の母上は、普段の動作はやや荒っぽく、言葉遣いも乱暴なことが多い。もちろん、必要があれば、母上は、おばあ様たちと同じような優雅な立ち振る舞いをするのだけれど、盛岡町の家にいる時は、そんな優雅さなんて忘れたように生活しているのだ。

 ただ、以前、金子の爺にそのことを言ってみたら、

――内府殿下はご幼少のころ、天皇陛下とご一緒に生活なさっておりましたし、一緒に軍に関するご教育を受ける機会が多くありました。それに、軍に勤務なさった経験もおありですから、そのようなご性質が培われたのだろうと思いますが……。しかし禎仁(さだひと)王殿下、そのことを他の爺たち……特に大山の爺や伊藤の爺におっしゃってはなりませんよ!内府殿下がひどい目に遭うでしょうし、爺たちの気分次第では、禎仁(さだひと)王殿下に怒りの矛先が向かいますから!

と、金子の爺に怖い顔で答えられてしまった。だから、これ以上、母上の立ち振る舞いについて、深く探ることはできない。

 もう1つ、僕の母上が変だと思うのは、物の考え方が普通の人とは違うことだ。例えば、学校の授業で分からないことを母上に質問すると、母上は正解を答えてくれる。ところが、“なぜその答えが導き出されたのか”と、母上に突っ込んで尋ねると、

――そう言えば、なんでなのかしら。

正解を出した母上自身が、そう言って考え込んでしまうということがしばしば起こる。特に、物理や化学の問題でその傾向が強く出る。他の大人たちもそうなのだろうかと思って、学校の教師たち、それから有栖川のおじい様や大山の爺、盛岡町の家にたまにやってくる山本五十六(いそろく)航空中佐にも似たような質問をして、反応を観察してみたら、母上の答え方と全然違っていた。だから、母上の物の考え方は、母上独特のものなのだろうと僕は考えた。

 そのことを、僕に諜報の技術一般を教えてくれている石原(いしわら)莞爾(かんじ)さんに話してみたら、

――ああ、殿下もそう思われましたか。

と石原さんに言われた。

――内府殿下は、時々、世に知られていない問題の答えをご存知になっていることがあります。人はそれを指して、予知能力がある、とか、神からお告げを受けた、とか言いますが、俺はそうは思いません。内府殿下は、それら以外の何らかの手段で、世に知られていない問題の答えをご存知なのです。それがなぜなのかは、俺にも分かりませんが……。

――ええと……つまり、母上には、不思議な力はないけれど、出所が分からない知識がある、ということかな?

――少なくとも、思考の過程を、何らかの手段で数段階飛び越えることがある方だ、とは思います。

 何とか石原さんの言いたいことをまとめた僕に、石原さんはこう答えると考え込んでしまった。彼の答えを聞いて、僕は、母上は変わっている、という思いをますます強くした。

 しかし、いくら変だと言っても、母上が僕に愛情を注いでくれているのは分かる。僕は成人すれば臣籍に降下する運命にあるから、有栖川宮家を継ぐ兄上に愛情を全て注ぎこんでもおかしくないのに、母上は……もちろん、父上も、有栖川のおじい様もおばあ様もひいおばあ様もだけれど、僕のことも、姉上や兄上と同じぐらい気に掛けてくれる。

 それに、僕が諜報を将来の仕事にしたいと打ち明けた時も、母上は反対しなかった。普通の母親なら全力で止めると思うけれど、母上は“自分の命を大事にすることは、ちゃんと頭に置いておきなさい”と言っただけで、僕の進路そのものには反対しなかったのだ。母上は小さいころ、大山の爺に育てられたそうだから、やっぱり諜報に理解があるのだな、と僕は思ったけれど、とにかく、母上は、僕にとっては申し分ない母親なのだ。

 そんな母上から、僕は外国語で書かれた小説を借りることが多い。母上が持っている小説のほとんどは推理小説や探偵小説だけど、僕はその中で、シャーロック・ホームズという探偵が出てくる英語の小説と、アルセーヌ・ルパンという怪盗が出てくるフランス語の小説が好きで、外国語の勉強も兼ねて、2、3週間に1度は母上から小説を借りていた。年内最後の学習院(がっこう)の授業が終わった今日、12月24日も、霞ヶ関にある有栖川のおじい様の家で夕食を食べて盛岡町の家に戻った後、シャーロック・ホームズが出てくる英語の小説を、自分の部屋で夢中になって読んでいたら、本の最後まで読み終わってしまった。

 机の上にある時計を見て、僕はどうするか迷った。時刻は既に午前1時半、もう翌日、12月25日になっている。決められた就寝時刻はとっくに過ぎているけれど、目が冴えてしまって、まだ眠れそうにない。もっと小説を読みたいけれど、同じ本をまた読むのはつまらない。

(母上の書斎に行って、別の本を借りよう)

 そう思いついた僕は、寝間着の上にガウンを着て、物音を立てないように自分の部屋のドアを開けた。姉上と兄上を起こさないよう、足音を忍ばせて廊下を歩いて、母上の書斎がある2階に上がる。母上は、平日の日中は家にいないことが多いので、僕は母上がいない時に小説を借りたい場合は、母上の書斎に入って目当ての本を借り、“この本を借りた”と机の上に置き手紙をする。母上にも許可をもらっているそのやり方で、母上から別の小説を借りることにしたのだ。

 深夜だから、母上はとっくに寝ているだろう。そう思っていたのだけれど、2階に上がると、母上の書斎の扉のすき間から、光が漏れていた。話し声も微かに聞こえる。母上はまだ起きていて、書斎で何か作業をしているようだ。僕は静かに母上の書斎に近づいた。

「ダメだ……思い出せないよ……」

 書斎のドアの向こうからは、母上の声が聞こえる。その声は、妙に暗かった。

「そこまで真剣に考えなくてもいいんじゃないかなぁ」

 書斎の中からは、父上の穏やかな声もした。そうだ。週末だから、父上が横須賀の“榛名”から戻ってきているんだった。でも、父上と母上は、こんな遅い時間に一体何をやっているんだろう。僕は自分の気配を殺して、書斎の中の会話に聞き耳を立てた。

「どうしよう……この選択を間違えたら……」

 扉の向こうから聞こえる母上の声は、やっぱり暗い。しかも、

「私、消えちゃうかもしれない……」

母上はこんなことまで言い始めた。

(母上が、消える?)

 消えるということは……つまり、母上が誰かに殺される、ということなのだろうか。そんなに難しい選択ということは、国政に関わる選択なのだろうか。

「しかも、これで宮中から連絡があったら、私……」

 “宮中”という単語が出てきたということは、国政に関することなのは間違いない。盗み聞きを続けていてもいいけれど、これ以上聞いてしまったら、僕も厄介なことに巻き込まれてしまうだろう。僕は決心すると、書斎のドアをノックした。何か追及されてしまったら、たった今ここに着いたふりをしてごまかそう。

「は、はい。どうぞ」

 少し慌てたような母上の声を聞いてから、母上の書斎に入る。大きな事務机の前の椅子には、僕と同じように、寝間着の上にガウンを引っ掛けた父上と母上が座っていた。

「禎仁、こんな遅くにどうしたんだい?クリスマス・イブだから、サンタクロースが来るのを待っていたのかな?」

 からかうように僕に聞く父上に、

「違うよ。母上に小説を借りに来たんだ」

と僕は答え、右手に持った本を掲げて見せた。

「いいけど、あんまり夜更かししちゃダメよ、禎仁」

 自分も夜更かしをしている母上は僕に言うと、次の瞬間、目を見開いて、

「ああっ!」

ビックリするぐらい大きな声で叫んだ。僕は思わず1歩後ろに下がった。

「思い出した!“さだ”!“さだ”よ!」

 僕の様子にはお構いなしで、母上は父上に向かって、また大きな声で叫んだ。

「漢字が分からないけど、そうよ!間違いないわ!」

「じゃあ、この人と……この人かな」

 興奮している母上を叱ることなく、父上は微笑して、母上に厚紙のようなものを渡した。よく見ると、母上の机の上には、似たような厚紙が何枚も積み重なっている。早く立ち去って、面倒なことに巻き込まれないようにするべきだったのに、つい興味が勝ってしまい、

「父上、母上、手に持っているのは何?」

僕はうっかり、両親に質問してしまった。

「あのね、知り合いの結婚相手を探しているのよ」

 はぐらかされるかと思ったけれど、母上はあっさり僕の質問に答えてくれた。

「ほら、震災の前の年に、母上の知り合いの軍医さんを呼んで、食事会をしたでしょう。その人に、お嫁さんを世話することになってね。どの人がいいかを考えていたの」

「ああ……」

 確か、半井(なからい)、という軍医さんだったはずだ。お酒をたくさん飲んだのに、平然としていたので驚いた覚えがある。

「その人の結婚相手を、父上と母上が決めるの?半井さんって、華族じゃないでしょ?父上と母上が、結婚相手を決めるほどの人じゃないと思うけど……」

 僕がこう言うと、

「よく分かるわねぇ。確かにその通りだけど」

母上は驚いたように答えた。

「金子の爺に言われてるからね。身分や交友関係に潜んでいる力関係には気を付けろ、って」

 胸を張ると、僕はとっさにそれらしいことを母上に言った。「なるほどね」と首を縦に振った母上は、

「禎仁の言う通りだから、母上が相手を決めるけれど、表向きには、別の軍人さんたちがお見合いを決めたことにするのよ。お見合い候補を探してきてくれたのも、その軍人さんたちよ」

僕に更に事情を教えてくれる。そして、父上の方を向くと、

「ねぇ、どっちが正解だと思う?」

厚紙に貼られた女性の写真を2枚持ち、父上に問いかけた。

「僕は分からないよ」

 父上は母上の問いに、苦笑いで答える。

「どちらの人でも大丈夫だと僕は思うよ」

「そう言われてもさぁ……」

 母上は2枚の写真を見比べて、真剣な表情で考え込む。どちらの女性も容姿はそこそこだな、と僕が思った瞬間、

「ねぇ、禎仁はどっちの人が正解だと思う?」

母上は縋るような目を僕に向けて尋ねた。

「僕?!」

 思わず自分を指さしてしまった僕に、

「そうよ、母上には分からないんだもん」

母上は、まるで子供のような口調で言う。断ろうと思ったけれど、泣き出してしまいそうな母上を見ていたら、僕がやらないといけないような気になってしまった。

「そうだなぁ……」

 左右の写真を見比べた僕は、

「こっちの人。しっかりしてそうだから」

と言って、母上が右手で持っている写真を指差した。

「しっかり……しっかり……」

 母上はそう呟きながら、2枚の写真を見つめていたけれど、

「……うん、そうね。確かに、こっちの人の方が、しっかりしてそうね。よし、彼女に決めた!」

やがて、力強く宣言して頷いた。

「いいんだね?」

「うん、しっかりした人だって聞いたことがあったし、だったら、もう彼女でいいでしょ。現実的にやれることはやったよ」

 父上の確認の言葉ににこやかに答えた母上は、

「そう言えば、今、何時?」

と父上に聞く。

「もう2時だよ」

 父上は母上に答えると微笑した。

「この時間まで連絡が無いなら、もう大丈夫だよ。半井君のお見合い相手も見つかったし、そろそろ寝よう」

 父上の言葉に母上は「そうね」と頷くと、写真を片付け、椅子から立ち上がる。

「じゃあ、寝ようか。……禎仁、ありがとう。あなたも、本を見つけたら、自分の部屋に戻って寝なさいね」

 母上は僕に言うと、父上と手をつないで書斎を出て行く。僕が、新しく借りる本の題名を書いた紙片を母上の机の上に置いてから書斎を出ると、父上と母上の寝室のドアが閉じたのが見えた。

(まったく……14歳の息子に、見合い相手を選ばせるなんて……)

 今の母上の言動に呆れてしまった僕は、大きなため息をついた。母上は色恋沙汰が苦手だと、昔、伊藤の爺が教えてくれたことがある。でも、だからと言って、自分がしなければいけないお見合い相手の選択を、他人に任せてしまうのはどうなんだろうか。

(“選択を間違えたら自分が消える”……なんて、お見合い相手を選ぶのに出てくる言葉なのかな?あ、待てよ……)

 僕は気づいてしまった。半井さんのお見合い相手を決める、というのは、僕に対してついた嘘だ。本当は、もっと別の話……例えば、世界を相手にするような謀略の話をしていたのではないだろうか。それならば、自分の身が消されてしまうと心配するのも納得できるし、宮中からの連絡云々、という話とも符合する。第一、母上は、中央情報院の初代総裁である大山の爺に育てられたのだから、防諜を怠るはずがないのだ。……僕には見破られてしまったけどね。

(それにしても、世界を相手にする謀略は簡単に仕掛けられるのに、お見合い相手を選ぶのはダメなんて、やっぱり母上は変だな)

 そう思ったら、急にあくびが出た。部屋に戻ったら、ベッドに入ろう。僕はあくびを噛み殺しながら、2階から立ち去った。

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― 新着の感想 ―
まあ、実際のところ逆行憑依して章子内親王が生き延びた瞬間から、時間線分離してると思うので消えないとは思うのですがね。 息子、SF の素養有ったら気づけてしまうかもしれない。
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