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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第50章 1910(明治43)年穀雨~1910(明治43)年処暑
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胎動

 1910(明治43)年8月20日午後7時、有栖川宮(ありすがわのみや)家葉山別邸。

「どう?」

 夫婦の寝室として使っている和室。座布団を枕にして、畳の上に仰向けに寝た私は、私のそばに屈みこんでいる栽仁(たねひと)殿下に小さな声で聞いた。首を横に傾けた彼は、長さ30cmくらいの、トランペットのような形をした木製の聴診器を左手で持ち、耳に当てている。この聴診器は、“トラウベ式”と呼ばれる、産科用の聴診器だ。これを私の少し膨らんだお腹に当てて、彼は胎児の心臓の音を聞き取ろうとしていた。

「……まだ、聞こえないみたいだ」

 やがて、夫は残念そうな表情になると、聴診器を私のお腹と自分の耳から離した。

「僕が医学の素人だからかな?」

「そういう訳ではなくて、心音が聴診できるほどには、まだ赤ちゃんが成長していないということよ。そのうち成長して、聞こえるようになる」

 私は身体を起こしながら夫に答えた。「私の時代なら、このくらいの赤ちゃんでも、超音波検査をすれば、心臓が動いているのが分かるけれどね」

「そっか。じゃあ、この子がもう少し成長するまで、心臓の音を聞くのはお預けだね」

 そう言うと、栽仁殿下は私の下腹部、子宮のあるあたりに優しく右手を置いた。

「それでも、少しずつ大きくなってきたね、梨花さんのお腹」

「そうね。これから、もっと大きくなるよ。今の赤ちゃんの体重が、200から300gぐらいだと思うから、生まれる時は、今の10倍ぐらいの体重になる。出産直前の私のお腹を見たら、(たね)さん、きっとビックリするよ」

 慈しむようにお腹を撫でる手のぬくもりを感じながら、私は夫に応じた。妊娠5か月目に入り、(いぬ)の日である今月の25日に着帯もする予定だけれど、自分の身体の中に、栽仁殿下と私の子供が宿っているというのが、私は未だに信じられなかった。

 と、

「梨花さん、この子に、どんな子になって欲しい?」

栽仁殿下が、私のお腹を優しく撫でながら尋ねた。

「うーん……、元気で、賢い子になって欲しいわ。それから、優しい子になって欲しいけれど……欲張り過ぎ?」

 恐る恐る聞くと、

「いいんじゃないかな?」

栽仁殿下は微笑した。「僕だって、この子に願うことはたくさんあるもの。元気で、強くて、賢くて、思いやりがあって、決断力と行動力があって……」

「そんなに願ったら、この子、期待で潰れてしまうかもしれないわよ」

 空いている左手の指を折りながら、次々と願いを挙げていく夫に、私は苦笑いを向けた。

「前世の私も、両親や祖父母の“医者になって欲しい”という期待が、とても息苦しく感じた。両親が期待するものが余りに多いと、この子にはプレッシャーになってしまうかもしれない。ああ、でも、実際どうしたらいいのかな?前世でも、子育てなんてやったことがないし……」

 ため息をついた私を、

「大丈夫だよ、梨花さん」

栽仁殿下が、澄んだ美しい瞳でじっと見つめた。

「生まれて来る子のことを、僕たちが全部抱え込む必要はないと思うんだ。確かに僕たちは、子供を育てるのは初めてだ。でも、周りに助けを求めることはできる。父上と母上も力になってくれるだろうし、大山閣下も、奥様と一緒に子供を何人も育てていらっしゃる」

「……そういえば、節子(さだこ)さまも助けてくれるって言っていた。……そうね、私と(たね)さんだけが、この子を育てる訳じゃない。助けは、借りていいのよね」

「そうだよ、梨花さん」

 微笑する栽仁殿下の瞳の光が、私を優しく包み込む。絶望や不安で下を向く私の心は、彼の手に掛かると、いつの間にか前を向いて進むようになる。どうやら今回も、気付かないうちに、心が向いている方角が変わったようだ。不安で強張った自分の顔から緊張が消えたのを私は感じた。

「周りの助けも借りながら、一緒にこの子を育てよう、梨花さん」

「……そうだね。一緒に頑張ろう、(たね)さん」

 自然とこぼれた笑みに、栽仁殿下が微笑みを返す。彼の澄んだ美しい瞳が再び視界に入って、

(この人と、夫婦になれてよかった……)

私は改めて実感したのだった。


 入浴の時間までには、まだ間がある。私は栽仁殿下に断って、着物をもう一度着付け直した。大事なところは下着で隠れているし、お腹以外の場所は、薄い布をかけて視線を遮っているけれど、ほとんど裸のような姿を夫に見られたくなかったのだ。

「そうだ、(たね)さん。災害派遣の方はどうなの?」

 服装を整えた私が、うちわを自分に使いながら栽仁殿下に尋ねると、

「だいぶ落ち着いたみたいだよ。明日からは、“日進”の乗員は被災地に派遣しないでいいことになった」

彼は扇子で自分を扇ぎながら私に答えた。今月の6日から東日本を中心に降り続いた集中豪雨により、東日本各地に水害が発生していた。栽仁殿下は“日進”の他の乗員とともに、特に被害の大きかった多摩川の下流域に数日間派遣され、被災地での復旧作業に従事したのだ。

「本当にお疲れさまでした。私も妊娠していなかったら、国軍病院からの派遣隊に志願したかったけれど……そういえば、全体的な被害の状況はどうなのかしら?」

 私の質問に、

「“史実”より被害が少ないみたいだ。利根川や荒川の方は氾濫していないから、東京市内は被害が出なかった」

栽仁殿下はこう答えてくれた。

「そうか、利根川の改修と、荒川放水路のおかげで、被害が出なかったのね」

(勝先生のおかげだ……)

 軽く頷いた私は、幼いころのことを思い出した。

 足尾銅山の鉱毒事件が問題になり始めた1890(明治23)年、鉱毒事件がリアルタイムで発生していることを新聞で知った私は、当時内務大臣だった山縣さんに、私の時代で“公害病”と呼ばれていた病気について話した。それをきっかけにして梨花会の面々が動き、開設されたばかりの帝国議会で、足尾銅山の排水処理施設の建設や周辺の治山事業、そして渡良瀬川の遊水地建設、渡良瀬川・利根川の大規模な改修に対する特別予算が成立した。

 当初は排水処理施設の建設だけだった計画が、ここまで大きくなったのは、勝先生の意見があったからだ。戦国時代や江戸時代の資料を調べた勝先生は、“足尾銅山の件を解決するには、洪水対策も兼ね、周辺河川の治水、そして治山を徹底的にやらないといけない”と、総理大臣だった黒田さんや山縣さんをはじめとする梨花会の面々に提言した。その提言の中に、荒川放水路の建設も入っていたのだ。利根川・渡良瀬川の改修と荒川放水路の建設は1891(明治24)年から始められ、昨年、1909(明治42)年に工事が完了した。もちろん、洪水調節のためのダムの建設など、完璧な治水のためにやるべきことはまだたくさんあるけれど、勝先生の提言は、東京市内を“史実”のような水害から救ったのだった。

「でも、多摩川の流域は、“史実”通りの被害だったのよね……」

 私はため息をついた。東京府と神奈川県の境を流れる多摩川は、支流も合わせると20か所以上で堤防が決壊し、特に下流域で深刻な水害をもたらした。また、北上川、信濃川、富士川の流域なども水害の被害を受けている。斎藤さんと原さんの“史実”の記憶を使って、住民への避難指示や罹災者への援助は迅速に行えたから、“史実”より人的被害は格段に減っているそうだけれど……。

 と、

「“河川の改修は、1つ1つ、地道に進めていくしかない”」

栽仁殿下が不意にこう言った。

「へ?」

「多摩川流域の被災地を視察にいらした陸奥閣下が、こうおっしゃっていたんだ。“すべての河川を同時に改修できればいいが、河川改修は何百年、もしかすると何千年も未来に残る大事な仕事。焦っていい加減な工事をしてしまったら、未来に迷惑がかかる”って」

「……なるほどね。確かに、陸奥さんの言う通りだ」

 私は顔に苦笑いを浮かべた。山梨県にある信玄堤、木曾三川の宝暦治水で造られた千本松原、そして同じく木曾三川の明治治水でなされた分流工事……。全て、起工されてから100年以上の時が流れた私の時代にも残っている、大きな、そして質の高い治水工事だ。それぐらいの品質の工事をしないと、流域住民の命と財産を守ることはできないだろう。

「それから、陸奥閣下に、梨花さんへって伝言を頼まれたから伝えておくよ。“お生まれになるお子様のためにも、ご自身のお身体を大切になさってください。復旧がある程度進んだら、また皆で葉山に参ります”って」

「ありがとう、(たね)さん。……でも、今度はちゃんと事前に連絡を入れて欲しいわね。じゃないと、東條さんがまた取り乱しちゃう」

「確かに。あんなに大人数で来られちゃうと大変だ」

 栽仁殿下はクスっと笑うと、「梨花さん、触るね」と私に声を掛ける。私が軽く頷くと、夫は私に近づいて、壊れ物を扱うように、そっと私の身体を抱き締めた。ぬくもりと一緒に、優しさが伝わってくるのが感じられて、私は夫の胸にもたれかかった。

「陸奥閣下たちがいらっしゃる頃には、僕たちの子供も大きくなって、心臓の音も聴こえるようになってるね」

「そうね……。お腹が大きくなると、(たね)さんに迷惑を掛けることも多くなると思うわ。動くのが大変になるから。今から謝っておくね」

 栽仁殿下の胸の中でこう言うと、

「気にしないで、梨花さん。それに僕、梨花さんに頼られたり、甘えられたりすると嬉しいから」

彼は私にこんなことを言う。

「そうなの?」

 顔を上げた私の視線を受け止めながら、

「そうだよ。とてもかわいくて、とても愛しくて、絶対に守らなきゃいけないって思えるから」

栽仁殿下は優しい声で私に囁いた。

「……じゃあ、(たね)さんが嬉しくなるなら、私、(たね)さんに、もっと甘えようかしら」

 わざとおどけた調子で言って、私が更に栽仁殿下に身を寄せようとした時、

(ん?)

私の身体に、今までに感じたことのない感覚が生じた。臍の下の方で、風船が膨らんでしぼむような、泡がポコポコと弾けるような感じがする。腸の蠕動とも、少し違うようだ。

「梨花さん、どうしたの?」

 急に動きを止めた私に、栽仁殿下が心配そうに聞いた。

「いや、何か、お腹が……」

 変だ、と答えようとした瞬間、また別の妙な感覚が私を襲った。やはり、場所は下腹部だ。中から何かに、ちょんちょん、とつつかれたような……つつかれる?

「まさか……胎動なの?!」

「え?」

 キョトンとした夫に、

「だから、胎動よ!赤ちゃんが、私のお腹の中で動いているの!」

下腹部に慌てて両手を当てた私は、思わず叫んでしまった。

「あ……今、また動いた!これ、きっと、中から子宮を蹴っているか、叩いているか、どっちかよ!」

 手のひらで、お腹の中の子供の動きを必死に感じていると、

「梨花さん、僕にも触らせて!」

横から栽仁殿下の右手が伸びて、私の両手の間、お腹の上に優しく置かれる。私の腹部は、私の両手と夫の右手で、ピッタリと覆われた。

「ほら、父上と母上に、ご挨拶してみて……って、聞こえるかしら?」

「聞こえるんじゃない?胎教をするくらいだから」

「でも、前世で、胎児の聴覚が完成するのは遅いって習った気がするのよね……」

 栽仁殿下と話しながら、私が首を傾げた時、お腹に当てた私の手に、軽い振動が伝わった。「ほら、私が母上だよ」と声を掛けながら、指先でそっとお腹をつついてみると、また中から振動が伝わってきた気がした。

「……ま、いいか。返事、してくれているみたい」

「そうだね。返事、してくれたね」

 振り向くと、そばにいる栽仁殿下と、自然に目が合う。私のおなかに一緒に手を当てたまま、私と夫は微笑を交わしたのだった。

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[一言] どこまで渡良瀬川遊水地や護岸工事するかに依りますが… 史実通りだとすると、古河城址が消滅してしまう!
[良い点] 赤ちゃんが産まれたら爺様たちが盛り上がりすぎそうでかなり面白ろ、不安ですww 守られているという自覚の強い主人公も年齢を重ね、お子様に甥姪、輝仁さまや妹君とこれから被保護者から保護者、指…
[良い点] ほっこり
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