講和に向けて
1905(明治38)年6月8日木曜日午後5時15分、横須賀国軍病院のとある病室。
「……落ち着きましたか、梨花さま?」
仕事着である白衣の上から私の身体を抱きしめているのは、もちろん、経験豊富で非常に有能な我が臣下だ。
「うん、何とか落ち着いた。私はね」
大山さんの腕の中で、私は大きく息を吐いた。
「でも……高野さんが、明らかに大混乱してるわよ」
私はベッドの方に視線を投げた。ベッドの上に両足を投げ出している高野さんは、私と大山さん、そして児玉さんを呆然と眺めている。彼の顔は、明らかにひきつっていた。
「修行が足りないですな」
高野さんを一瞥した児玉さんは、悠然と嘯いている。
(この状況で平然としていられる人の方が、どうかしていると思うんだけどなぁ……)
思わずそうツッコミを入れたくなってしまったけれど、口に出したら最後、“梨花さまもご修業が必要です”と言いながら、大山さんが私にたくさんの試練を課す未来が待っているので、ツッコミは心の中にしまっておくことにした。
……どうしてこんなことになってしまったのか、順を追って説明しよう。
病院船“西京丸”から、今日、横須賀国軍病院に転院してきた海兵少尉候補生・高野五十六さん、いや、後年の山本五十六さん。彼が今回の対馬沖海戦の負傷により、“史実”の記憶を得たことが判明したので、私はその事実を児玉さんに伝えるため、病院の応接室に向かって走った。すると、廊下の前方に、児玉さんと大山さんが並んで歩いているのが見えたのだ。そう言えば、今日の夕方、大山さんがこちらに来ると聞いた気がする。もしかしたら、私を迎えに病院に来たのかもしれない。そうだとすればラッキーだ。
――お、大山さん、児玉さん!お願い、こっちに来て!
私は大山さんと児玉さんに駆け寄ると、大山さんの右手をつかみ、高野さんの病室に連れて行った。そして、病室の扉を開けると、
――た、高野さん、あのねっ!
大山さんと児玉さんを、高野さんに紹介しようとしたのだけれど……。
――な、なぜここに、満州軍の総司令官と総参謀長が?!
眼を見開いた高野さんは、完全に動けなくなってしまった。
――り、梨花さま、この青年は……。まさか梨花さま、この青年に一目ぼれされて……!
大山さんも大山さんで、滅多に見せない驚愕の表情で私に質問する。
――何っ!それはめでたいではないですか、大山閣下!
――ええ……こうなったら、やむを得ません。彼に然るべき華族の養子になってもらい、皇室典範を改正して……。
なぜか喜ぶ児玉さんと、今度は真剣な表情で考え込んだ大山さんに、
――馬鹿!おかしなこと言ってんじゃないわよっ!
顔を真っ赤にした私は全力で抗議した。
――私は患者さんを、恋愛対象として見ない主義なのよ!
――し、しかし増宮さま!フリードリヒ殿下が亡くなられてから7年、いや、8年ぶりの恋ですぞ!
――児玉さんもからかわないでください!
などと大騒ぎしていたら、病室の扉が静かに開けられた。そこに立っていたのは新島さんだ。そう言えば、手術に入ってから、今日はずっと彼女と離れて行動していたのだけれど、騒ぎを聞きつけてこちらにやって来たらしい。
――殿下も、大山閣下も、児玉閣下も、お静かに……。
私たちを見据える新島さんの両眼は、まるで鬼の眼のように吊り上がっていた。その場を圧する殺気に、私はもちろんだけれど、児玉さんも、大山さんも一斉に背筋を伸ばし、
――申し訳ありませんでした!
とても怖い看護兵さんに最敬礼する。30秒ほど頭を下げっぱなしにした後、そっと頭を上げると、彼女の姿は既に消えていたけれど、次の瞬間、横から大山さんが私の身体を抱き締めた。
――梨花さま。少し、落ち着かれる方がよろしいかと。
――それはあなたもよ。
大山さんに言い返したら、彼の腕の力が強くなってしまったので、私は彼の右肩に顔を埋めて、じっとしているしかなかったのだけれど……。
そうして3分余りの時間が過ぎたのが今である。児玉さんと大山さんは、もう澄ました顔をしていて、先ほどあんなに動揺していたのが嘘のようだった。一方、高野さんは未だに混乱の最中にいる。
「ま、満州軍の総参謀長、ではない、参謀本部次長と……あれ?すると大山閣下は、陸軍大臣……ではない、陸軍と海軍の区別が今は無くなって国軍になって……国軍の大臣が西郷閣下……?あれ?おかしい、亡くなったはずなのに?では、大山閣下は一体何なのだ?増宮殿下が大山閣下をご寵愛……いや、その逆?それに、“りか”というのは一体?」
私たちの方を呆然と見つめながら、高野さんは必死に状況を把握しようとしているようだった。ただ、彼の口から漏れ出る言葉は明らかにおかしかった。それはそうだ。いくら“史実”で後に連合艦隊司令長官になって、その記憶を持っていると言っても、今の彼は海兵少尉候補生なのだ。そんな彼の前に、私だけではなく、参謀本部次長という雲の上の人が突然現れてしまったのだから、高野さんは本当に驚いてしまったに違いない。彼に悪いことをしてしまった。
「あのね、大山さん。彼、高野五十六さんって言うんだけど、“史実”の山本五十六の記憶が、今回の負傷の瞬間に流れ込んだの。伊藤さんや斎藤さんと同じように」
大山さんにこう小声で言ってみると、
「ほう、……山本五十六と言うと、梨花さまが“授業”でおっしゃっていた太平洋戦争開戦当時の連合艦隊司令長官ですね。斎藤さんの話にも出てきましたが……」
「何と、“史実”の記憶を持つ者が現れましたか。斎藤も、彼が現れる可能性を伝えてくれたらよかったのに」
大山さんも児玉さんは、すぐに状況を把握した。流石、維新以来、数々の修羅場を潜り抜けてきた、経験豊富な人たちである。
「それでね、彼に、“史実”のことや私のこと、ある程度は教える方がいいと思うんだ。もちろん、口止めした上でだけど……」
「それはもちろんです、梨花さま」
と言う訳で、私たち3人は高野さんに、私の前世のことや“史実”のことについて、手短に説明した。それでようやく、高野さんの混乱は落ち着いたようだ。
「な……何とか納得しました。不思議としか言いようがありませんが、自分の身に起こってしまったのですから、受け入れるしかありません」
話を聞き終わった高野さんは、ひきつった表情のままではあったけれど、何度も首を縦に振った。
「うん、それでこそ国軍士官だ。だが、もしこのことを他に漏らしたら……」
「分かっているでしょうね……?」
児玉さんと大山さんが、ベッドの左右に分かれて立ち、高野さんを同時に睨み付ける。高野さんは一瞬身体を大きく震わせた。大山さんも児玉さんも、手加減なしの殺気を放っているので、それにあてられた私も気分が悪くなって倒れそうだ。
「あ、あの、そろそろ帰りませんか?」
そっと手を挙げて発言すると、
「そうですね。お昼ごはんを食べ損ねてしまった梨花さまに、早く何か召し上がっていただかなければなりません」
大山さんが私に微笑みを向ける。もちろん、身体から殺気は消え去っていた。
「バレてたか」
「それはもう。普段の梨花さまなら、この程度の殺気は受け流されるのに、殺気にあてられておいででしたから」
万全の状態でも厳しいんじゃないかな、と思ったけれど、その思いは口には出さず、大山さんに営業スマイルを向ける。心を見透かされている可能性もあるけれど……うん、考えるのは止めよう。多分、ここで深く考え込むと、大山さんの術中にはまって自滅する。
「確かに、腹が減っては戦が出来ぬと申します。では、我々はそろそろ失礼しましょうか」
児玉さんが、私と大山さんを見比べてニヤニヤしながら言った。
「そうですね。……じゃあ、高野さん、ごきげんよう。明日も私は勤務日ですから、病室に来ますね」
私が一礼すると、ベッドの上の高野さんは、緊張した表情で私に敬礼を送ったのだった。
午後8時、葉山御用邸別邸。
「なるほど。対馬沖海戦は、“史実”の日本海海戦以上の勝利だったんですね」
夕食の後、私は居間として使っている部屋で、児玉さんから対馬沖海戦の報告を受けた。海戦が行われた5月の下旬以降、私は上京していなかったし、大山さんたちも大忙しだったので、葉山に来る余裕がなかったのだ。海戦の間、“三笠”の最上艦橋にずっといた児玉さんの報告は、要領よくまとまっていると同時に、臨場感にあふれていた。
「司令長官のロジェストヴェンスキーも、旗艦と運命を共にしたと思われます」
「“史実”では、捕虜になったんですもんね。だけど、秋山さんが私のことを知っちゃったのか……うう、頭が痛くなってきた」
軍医学校での授業の時や、“日進”での実習中の彼の言動を思い出してため息をついた私の頭を、
「仕方がありませんよ、梨花さま」
大山さんが優しく撫でた。「秋山ほどの頭脳の持ち主なら、院に入って梨花さまと接する機会が多くなれば、梨花さまのことを察してしまいます。もし察してしまったら、秋山には梨花さまのことを話すということは、梨花会の中でも決めておりました。それが少し早くなっただけです」
「それに、広瀬少佐も一緒に院に引き抜きます。広瀬ももちろん優秀ですが、秋山と一緒に動かしたのは、秋山の抑え役になることも期待してのこと。増宮さまに決してご迷惑はかけないようにしますので、どうかご安心ください」
「分かりました、児玉さん。広瀬さんはすごく強いって、千夏さんも言っていました。まぁ、なるべくなら、広瀬さんの強さが発揮される機会が少なくなることを祈りましょうか」
乳母子の千夏さんは、講道館の嘉納治五郎先生に柔道を習っていたことがある。その時、広瀬さんと一緒に稽古する機会もあったのだそうだ。“すごく強かったです”と、千夏さんは広瀬さんを評していた。
「それで、ロシアの方はどうなってるの、大山さん?私、ニコライが退位したらしい、っていうことしか知らないのよ」
東京に住んでいる時のように、大山さんがいつもそばにいれば、このような情報もすぐに手に入るのだけれど、この葉山では情報が伝わってくるのが遅い。その分、仕事には打ち込めるけれど、政治や国際情勢の話をする時に苦労してしまうのだ。
「ふふ、では、ご要望にお応えすることにしましょうか、児玉さん」
「はい、閣下」
ニヤリと笑った大山さんと児玉さんは、対馬沖海戦の後、ロシアで発生した出来事について教えてくれた。こちらは、中央情報院のシナリオ通りに事が運び、皇族・政治家・官僚・貴族・軍が一致して、ニコライの退位と、ニコライの弟のミハイル大公の即位へと動いたそうだ。退位したニコライはデンマークに隠棲した。プレーヴェ内相も辞任し、後任の内相になったのはウィッテさんだ。そして、ロシアからは日本と清に講和の申し入れがあり、既に外相のラムスドルフさんが、講和を結ぶために日本に向かって出発した。
「ということは、講和会議は日本ですることになったのかな?」
「ロシア側からそのような申し出がありました。清もそれで構わないということでしたので、長崎で講和会議をすることに致しました。ラムスドルフどのは、恐らく来月の15日ごろには長崎に到着するのではないかと」
大山さんが淡々と答えてくれるのを聞きながら、
(問題は、講和条約の内容か……)
私は両腕を組んで考え込んだ。
“史実”で発生した日露戦争での日本軍の死者は約8万5千人。負傷者も15万人以上にのぼった。戦費も18億円以上となり、それは国民に増税という形で圧し掛かった。日露戦争の講和条約であるポーツマス条約が、賠償金が得られないなど、国民たちの期待以下の内容だったので、“講和反対”を叫ぶ民衆が交番や警察署、内相官邸や国民新聞社、そしてキリスト教の教会などを襲撃したのだ。このため、政府は戒厳令を出して、軍隊を投入して暴動を鎮圧せざるを得なかった。
と、
「梨花さま、講和条約の内容を検討されておられますか?」
大山さんがそう言って、私に微笑んだ。
「その通りだよ。“史実”の日比谷焼き討ち事件みたいなことが起こったら厄介だなって思って……」
本当に、大山さんには隠し事が出来ない。内心舌を巻きながら私は答えた。
「それは、伊藤閣下と斎藤も懸念していました。講和内容に過度な期待を持つ言説は、院でさりげなく修正を加え、穏やかな内容に変えています。増税も“史実”よりは緩やかですし、人的損害も“史実”より遥かに少ないですが、確かに、講和内容に反対する暴動が発生する可能性はゼロではありません」
「そうですか……」
私は児玉さんの答えを聞いて、再び頭をフル回転させる。日本に賠償金が支払われれば、国民が暴動を起こす可能性はゼロになるのだろうか?いや、それでも、“賠償金の金額が少ない”と文句を言う人間は現れるかもしれない。人間の欲が深いのは、いつの時代も変わらないのだから。
「大山さん、ロシアに賠償金を支払う力ってあるの?」
私が尋ねると、「正直、難しいと思います」と大山さんは答えてくれた。
「シベリア鉄道の建設がフランスの投資家たちの意向で止まり、経済の動きが停滞しています。新皇帝のミハイル2世は、必要ならばロマノフ家が所有する美術品や宝飾品を外国に売って資金を作り、その資金を市場に流通させて国民生活の向上を図るように、とウィッテどのに命じたとのこと。ロマノフ家の財産は莫大なものですから、確かにそうすれば経済は動くでしょうが……」
「それ……この状態のロシアに賠償金を支払えって言ったら、ロシアの経済状態が悪化して、国民が社会主義や共産主義に走りかねないわよ。“史実”の第1次世界大戦のドイツみたいなことになったら……」
「松方さんや井上さんも、それを憂いていました。いずれにしろ、ロシアの本音としては、“土地を売ってもいいから金が欲しい”ということのようです」
「売る場所と、売る相手が問題よね……」
大山さんの答えに、私はまた考え込んでしまった。
もし、ロシアが本当に領土を売るとなると、ヨーロッパ方面の領土ではなく、沿海州と樺太になるのだろうか。となると、売りつける相手は日本か清、ということになるけれど、日本には領土を買うお金はない。何とか買えたとしても、その土地を開発できるお金があるのだろうか。
「総合的に見て、日本には沿海州と樺太を買う余力はない」
私が呟くように言うと、
「おっしゃる通り。漁業基地としては最適ですがね」
児玉さんが珍しく真面目な表情をして頷く。
「ちなみに梨花さま、清は沿海州と樺太を買えるでしょうか?」
「買い取りは出来るだろうけれど……治められるの?」
やはり私を試してきたな、と思いながら、私は非常に有能で経験豊富な臣下に答えた。「清がチベットやモンゴルの地方政府に権限を大幅に与えて、将来的に独立させようと考えているのも、領有しても旨味が少ない地域だし、事務量がかさむばかりだから統治しきれないって考えているからでしょ。沿海州は元は清の領土だったところだけれど、積極的に取りに行くかしら」
「では、沿海州と樺太を、日本と清以外の国に渡してしまいますか?植民地を増やしたいと思っている国は、残念ながらまだたくさんあります」
「そう、それなんです。そうなっちゃうと、安全保障上とてもよくない」
児玉さんの的確な指摘に、私は眉をしかめた。沿海州と樺太を、イギリスが領有するならまだいい。けれど、イギリス以外の国、例えばドイツやアメリカなどが買い取ってしまったら、彼らがそこを足掛かりとして、極東を我が物としようとする可能性もある。もちろん、イギリスだって、そうする可能性がゼロではない。
(周りの国に危害を加えなくて、なおかつ、お金を持ってる国……いや、今、国でなくてもいいなら……)
「ユダヤ人……」
閃きをそのまま口に出してしまった私に、
「は?」
大山さんがキョトンとした表情で聞き返した。
「だから、ユダヤ人よ!ユダヤ人の銀行家に沿海州と樺太を売って、その売却金を日本とロシアと清で三等分するの!日清戦争で日本が獲得した賠償金みたいに莫大な金額にはならないだろうけれど、日本の“賠償金をよこせ”って言う連中も黙らせやすくなる。ロシアにも少しはお金が入るから、ロシア国民の生活も助かる。清も、まさかお金が欲しくないなんて言わないでしょう?」
「それは確かに、ユダヤ人の銀行家たちなら、領土を買い取れるほどの金は出せましょうが……」
まくし立てる私に、何とか付いてきた大山さんは言った。珍しく、大山さんの視線が泳いでいるのは、必死に考えているからだろう。
「しかし梨花さま、なぜ、土地の買い手をユダヤ人の銀行家にするのですか?」
「沿海州と樺太に、国を作らせるんだ。ユダヤ人の国家を」
そう答えると、児玉さんが「なんと!」と小さく叫び、
「いや、ひょっとしたら、……可能かもしれません」
と腕組みをしながら言った。
「沿海州でシベリア鉄道の破壊工作に従事していたユダヤ人ゲリラは、ロシア国内でのユダヤ人に対する不当な差別をなくしたいと思って戦っていました。しかし、ロシアではユダヤ人に対する差別政策が、プレーヴェやウィッテどのが政権を握る以前から行われることがありました。ロシアでのユダヤ人差別は根強い……ならば、新天地でユダヤ人を主体とする国を作らせる方が、ロシアのユダヤ人にとっては幸せかもしれない」
「それに、児玉さん」
私は児玉さんに身体を向けた。「私の時代、第2次世界大戦の結果、中東にユダヤ人国家が出来たんです。けれど、その領土にエルサレムが入ってたから、あの辺、紛争が何度も発生したんです。もし、この時の流れで、沿海州と樺太を領土にするユダヤ人国家が成立したら、将来の紛争の種が一つ減るかもしれません。もちろん、沿海州と樺太の先住民との共存とか、実際の領土の範囲をどうするかとか、色々と考えないといけないことはありますけれど……」
「……梨花さま、ユダヤ人の銀行家に、どうやって話を持ち掛けますか?」
私に質問した大山さんは、普段の穏やかな表情に戻っていた。
「……沿海州の石炭と、樺太の石油の話で釣る。確か、“史実”の大正時代には、沿海州で石炭が採掘できるところがあったし、樺太でも石油が採掘されてたって斎藤さんが言ってたよね」
私はとっさに思いついたことを、大山さんにぶつけ続けた。「可能であれば、樺太の石油を日本で加工する。その工場を、北海道と東北の日本海沿岸に作る。その石油で石油化学を発展させて、日本海側を重工業地帯に……!」
「……梨花さま、あさっての土曜日はお休みでしたね?」
「あ、……う、うん、そうだよ」
突然の日常じみた質問に、頭の回転を何とか方向転換すると、
「上京をお願いします」
大山さんが私に頭を下げた。
「え?!だって、日曜日が仕事だから、葉山で過ごすって予定だったじゃない!」
私が抗議すると、
「いつだったでしょうか。“とっさの思い付きは、梨花さまの武器の一つ”……こう申し上げたことがありました」
大山さんは突然、こんなことを言い始めた。「最近では、鳴りを潜めておりましたので、その武器が錆びついてしまっていたのではないかと心配しておりましたが……どうやら、杞憂だったようです」
「えっと、えっと……もしかして、大山さん、今の“ユダヤ人の銀行家に沿海州と樺太を売れ”って言った件を、上京して説明しろってこと?」
必死に彼の言いたいことを推測した私に、「ご聡明で大変助かります」と大山さんは言った。
「それに、高野の件もあります。そちらも、梨花会の面々にご説明いただかなければ」
「……どうやら、拒否する選択肢はないみたいだね」
私は軽くため息をついた。
「わかったよ、大山さん。じゃあ、上京しますか!」
……こうして、翌日の6月9日金曜日、仕事を終えた私は、横須賀駅から列車に乗って、大山さんとともに上京したのだった。
ネットにつながるパソコンが壊れました。原稿のアップと推敲が困難になるため、早くても次回は1月13日以降のアップになります。(新しいパソコンが届かなければもっと)
読んで下さっている皆様には誠に申し訳ありませんが、原稿の遅延、お許し下さい。
(2021年1月9日)




