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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第37章 1904(明治37)年大暑~1904(明治37)年白露
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閑話 1904(明治37)年処暑:イタリアの事情

 1904(明治37)年8月26日金曜日午後3時、イタリア王国の首都・ローマ。

 訓練航海から戻ったイタリア国王・ウンベルト一世の甥、ルイージ・アメデーオ・ジュゼッペ・マリーア・フェルディナンド・フランチェスコ・ディ・サヴォイア=アオスタ……アブルッツィ公という儀礼称号を有する青年は、自宅で出迎えた男性の姿を見て目を丸くした。武芸で鍛えた堂々とした体躯に陸軍の軍服をまとい、立派な口ひげを生やしたこの男は、自分の2歳年上の兄、ヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイア=アオスタだった。

「どうした、兄者(あにじゃ)。兄者が俺の家に来るなど、滅多にないことではないか」

 アブルッツィ公が驚きながらも問いかけると、

「よいではないか、ルイージよ」

両腕を身体の前で組んだ兄……トリノ伯という儀礼称号を持ち、更には“マリオ”というペンネームも持つ男はこう言った。

「一体どうしたのだ、兄者?」

 重ねてアブルッツィ公が問うと、

「うむ、東朝鮮湾の海戦の真実が、ようやく明らかになってきたから、お前の意見が聞きたいと思ってな」

トリノ伯は尊大な態度で答えた。

「真実、か……」

 アブルッツィ公は呟くように言った。「俺が航海に出る前には、日本側もロシア側も、互いの軍艦を沈めたと主張しているということぐらいしか分かっていなかった。どちらの軍艦にも、観戦武官も従軍記者も全く乗っていなかったからだが……その後、どの程度の情報が入ったのだ、兄者?」

 すると、

「ああ、どうやら、日本側の発表が真実に近いようだ」

トリノ伯は弟に厳かに告げた。

「ということは、日本の連合艦隊が勝利し、ロシア太平洋艦隊の戦艦5隻と巡洋艦7隻が、全て行動不能に追い込まれたということか!」

 兄の言葉に、アブルッツィ公が目を丸くする。「信じられん。確かに、発表された戦力を見ると、日本の艦隊の方が、太平洋艦隊より上回っていたから、運用さえ間違えなければ日本が勝つとは思っていたが……」

「もちろん、日本も無傷ではない。戦艦1隻が沈没、1隻が大破に追い込まれ、駆逐隊もロシア側の駆逐隊とほぼ相討ちになったらしい。だが、ロシア太平洋艦隊の元山への侵入は阻止され、元山の朝鮮義勇軍も壊滅に追い込まれた。連合艦隊の戦略目標は、十分に達成されたと言えるだろう」

 何度も頷きながら、トリノ伯は弟に説明する。各国に点在するイタリア大使館に問い合わせて得た情報をまとめあげたトリノ伯は、極東情勢についてもある程度把握していた。そんな兄に、

「それより兄者……増宮殿下は無事だったのか?!

アブルッツィ公が噛みつくように質問した。「俺が訓練航海に出た時、“日進”が沈んだという報告は入っていなかったが、万が一のことがなかったとも限らない。そのあたりはどうなのだ?!増宮殿下はお元気なのか?!ケガなどしておられないか?!」

「まあ落ち着け、ルイージよ」

 血相を変えた弟に、トリノ伯はもったいぶったような口調で言った。

「ロシア太平洋艦隊の旗艦は、戦艦“ペレスウェート”だった。それが海戦たけなわとなった午前6時半ごろ、増宮殿下の乗った“日進”に、その“ペレスウェート”が向かって行ったのだ。両者ほぼ向かい合うような針路だったので、たちまちのうちに距離が近づいた」

「おい、兄者、それは衝角攻撃ではないか!」

 アブルッツィ公は目を見開いた。「確か、“日進”は俺の乗っている“ジュゼッペ・ガリバルディ”と規格は同じのはずだ!衝角同士でぶつかりあえば、戦艦の衝角攻撃でも何とかなるのか?!いや、ぶつかった衝撃が、増宮殿下の華奢な身体に掛かってしまったら……!」

「ところが、だ!」

 活動写真の弁士のように喋るトリノ伯の言葉は、非常に生き生きとしていた。「彼我の距離、1000mを切り、いよいよ衝突と思われたその時っ!戦場に颯爽と現れたのは日本の第3駆逐隊!白波蹴立て先頭を進む駆逐艦、すわ増宮殿下の一大事と、公称13000トンの戦艦“ペレスウェート”に勇敢に立ち向かい、魚雷を発射した!その駆逐艦の名前は“迅雷”、生まれた時の名前は“Lampo”、そう、すなわち、我が国王陛下が日本に贈られた栄えある駆逐艦!」

「おおおおっ!」

「その“迅雷”必殺の魚雷が、“ペレスウェート”の後部に見事命中!“ペレスウェート”は舵をやられ、その場で始めた大回頭」

「うん、うん!」

「その舳先に現れたるは、これも同じくロシア戦艦“ポルタヴァ”、増宮殿下を守らんとする日本海軍の猛攻を受けて艦橋は燃え、哀れ廃艦同然の姿を海上にさらす1万1千500トン。その無防備な船腹に、“ペレスウェート”が、突っ込んだ―っ!」

「来たーー!」

 アブルッツィ公は、兄の口から立て板に水を流すように出てくる講釈に、手に汗握りながら聞き入っている。兄の話しぶりは、アブルッツィ公が数年前、日本を訪れた時に聞いた“講談”という芸に似ていた。

「さしもの巨大な戦艦も、戦艦の衝角を受けてはひとたまりもなし。鋭い衝角に船腹をえぐられ、海面に爆発の華を咲かすや、増宮殿下に無礼を働こうとした“ペレスウェート”を道連れに、戦艦“ポルタヴァ”は日本海の水面の底へと沈んでいったのである……っ!」

素晴らしい(ブラボー)!」

 アブルッツィ公は激しい拍手を兄に贈る。「素晴らしい話ではないか!我らが増宮殿下の窮地を、あの“迅雷”が救うとは!」

「うむ!運命のめぐりあわせとは不思議なものよ。“Lampo”を日本に贈る手助けを、私がした甲斐があったというものだ」

 両腕を組み、満足げに頷く兄に、

(いや、それは何かが違う)

心の中で即座にツッコミを入れたアブルッツィ公だったが、それを口に出せば、怒りの言葉とともにスモールソードでの攻撃が降ってきそうな気がしたので、黙り込むことにした。そんな弟の心の中を知ってか知らずか、

「あの姫君を救うことが出来た。これなら戦争が終わった後、増宮殿下も私の元に嫁ぐと言ってくれるだろう」

トリノ伯はこんなことを言う。

「それは無いと思うぞ、兄者。武芸に優れていると言っても、増宮殿下は医者だ。もし、兄者がサンクトペテルブルグに乗り込んで、ニコライと決闘しようと息巻いていたと知ったら、増宮殿下は怒り狂うだろう」

 アブルッツィ公はトリノ伯の夢を、冷静な口調で壊しにかかった。

 すると、

「お前こそ、“ジュゼッペ・ガリバルディ”を乗っ取って、黒海のロシア艦隊をオーストリア海軍とともに壊滅させると主張して、国王陛下に“Dogeza”で止められていたではないか」

トリノ伯も弟にこうやり返した。

「“Dogeza”なら仕方がないではないか。それに兄者も、国王陛下に“Dogeza”されて、“どうか増宮殿下のために他国に攻め込まないでくれ”と懇願されていた」

「む……それは事実だが、相手に“Dogeza”をされたなら、全ての要求を聞き入れざるをえない。それが日本での礼儀作法だからな」

 弟の言葉に、一瞬苦虫を噛み潰したような表情になったトリノ伯だが、

「しかし、それ以外のことはやる。日本の評判を何かしらの手段で上げることは、日本が戦争資金を集めるに当たって、非常に有利に働くだろう。だから私は“Samurai”が活躍する小説を書き続け、日本の対外的な印象をよくすることに協力しよう!そして、小説の主人公のように、真の“Sekuhara-yarou”を目指すのだ!」

と、両こぶしを固めて、誓いを新たにしたのだった。

 しかし後日、

「あのセクハラ野郎!日本文化に対する誤った認識を広めるなっ!」

ヨーロッパでまたもやベストセラーになってしまったトリノ伯の著書を見て、彼ら兄弟の敬愛する内親王が激怒していたのは、また別の話である。

※“ペレスウェート”と“ポルタヴァ”の公称トン数については確認を取っておりません。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何故か二人のやり取りが流石兄弟で再生された(笑) 「流石だよな俺ら。」
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] この語り口は何処の寄席に来る講談師ですか(笑)。
[一言] 更新お疲れ様です。 『dogeza』w 例の決闘も『増宮式OHANASHI』に何れなりそう(^^;; 次回も楽しみにしています。
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