閑話 1902(明治35)年夏至:アクシデント
1902(明治35)年6月25日水曜日、午後2時。
「そうか!」
東京府渋谷村にある赤十字社病院の医師控室。この病院の内科部長である青山胤通は、部下からの報告を聞いていた。
「確かに、増宮殿下そっくりの医者が、“殿下!”とドイツ語で呼ばれたのに、返事をなさったのだな?!」
「はい、間違いありません」
青山部長の部下の医師は、上司に力強く頷いた。眼鏡を掛けた少し厳めしい顔は、数時間ほど前、東京至誠医院の午前中の診療、その最後に診察室に招じ入れられた患者のものだった。
「私も些か、ドイツ語に自信があります。もちろん、ドイツに留学なさった部長先生の語学力には、全く及びませんが」
部下の医師が、追従めいた薄い笑いを浮かべながら答えると、
「ふ……ふはははは!ついに……ついに見つけましたぞ、増宮殿下!」
上司は目を輝かせながら、叫び声を控室の天井に放った。
今回の医術開業試験が終わった段階で、青山部長は、医術開業試験の試験委員を辞任することになった。先月3日の後期試験の実地試験の際、彼がある女子受験生を追いかけまわしたことが問題視されたのである。その受験生は、11年前に、東京専門学校の大講堂で行われた脚気討論会の際、観客の前で彼をしかりつけた増宮章子内親王そっくりだった。彼女が霞が関の有栖川宮邸に駆け込むところまで目撃した青山部長は、有栖川宮邸にも入ろうとしたが、有栖川宮邸の職員と、有栖川宮の嗣子である栽仁王に阻まれた。
だが。
(ご自身では“増宮殿下の姪だ”と言い張っておられたが、あれは世を忍ぶための方便。私の目は騙されないぞ!)
青山部長は、千種薫医師に……いや、増宮内親王に会うことを諦めなかった。その甲斐あってか、先月の末、ある新聞に、“東京女医学校で初めて医術開業試験に合格した女性医師は千種子爵の妹”という記事が掲載されているのを発見したのである。何か手掛かりが得られるのではないかと思い、牛込区の東京女医学校に、ついで、麹町区にある東京至誠医院に出向いた彼だったが、巡回中の警官に捕まり、“覗きなどという、破廉恥な行為をしないように”と注意を受け、引き下がらざるを得なかった。
そこで青山部長が思い付いたのは、患者のフリをして至誠医院の中に入り込むことだった。ただ、自分自身が至誠医院に近づけば、警備の警官に顔を覚えられてしまっている可能性もあるから、たちまち捕まって追い返されてしまうだろう。そこで、自分の部下に患者の役をさせ、至誠医院に潜り込ませることにした。東京帝国大学の常勤の職を退いたベルツ医師など、東京帝国大学に関係する医師たちが、至誠医院や東京女医学校に出入りしているのも噂で聞いていたので、敢えて東京帝国大学出身ではなく、金沢にある第4高等学校医学部出身の医師を患者役に選ぶという念の入れようだった。そして部下は、青山部長の期待以上の成果を持ち帰って来たのだ。
「増宮殿下は、至誠医院ごとき小さな診療所で埋もれるようなお方では絶対にない。やはり大きな医療組織の頂点に立ち、厳しい号令を下すべきお方。かくなる上は、石黒院長にも相談して、我が赤十字社の総裁に増宮殿下を正式にお迎えして……」
青山部長が熱弁を振るっているところに、
「失礼致します」
と病院の事務職員が声を掛けた。振り返った青山部長に、事務職員は二言三言囁く。
「何だって?なぜそのような方が、私に用があると?」
青山部長が軽く首を傾げた瞬間、事務職員の後ろから、恰幅の良い東欧人の男が姿を現した。彼から一歩下がったところに、やはり東欧人の男が付き従っており、
「あなたが、青山先生ですね」
と青山部長に声を掛けた。
「いかにも、私が青山ですが……」
青山部長が答えると、話しかけてきた男は何事かを、青山部長の知らない言葉で恰幅の良い男性に伝える。恰幅の良い男性が喋った言葉を、
「私はロシア帝国の駐日公使を務めております、アレクサンドル・ペトローヴィチ・イズヴォリスキーと言います」
と、付き従っている男性は日本語に翻訳した。
「赤十字社病院の内科部長をしております、青山です」
ドイツ語には通じていても、流石にロシア語までは知らない。日本語で挨拶した青山部長が頭を下げると、
「お伺いしたいことがあって、こちらに参りました」
と、イズヴォリスキー公使は、付き従えた通訳を介して青山部長に告げた。
「あなたは、先月の3日に、若い女性を追いかけていらっしゃいませんでしたか?」
「その通りですが……なぜそれを御存じなのですか?」
訝しげに返事をした青山部長に、
「我々のロシア公使館は、有栖川宮殿下の屋敷のすぐ近くにありますので、走られる先生の姿を職員がお見かけしたのですよ」
イズヴォリスキー公使は穏やかに答えた。そして、
「先生が追われていた若い女性は、増宮殿下ではありませんでしたか?」
公使は通訳を介し、更に質問した。
「ええ、その通りですよ!」
青山部長は、激しく頷いた。「今は、麹町区にある東京至誠医院で、千種薫と名乗って働いていらっしゃるようです」
翻訳された青山部長の言葉を聞いて、イズヴォリスキー公使が一瞬嬉しそうな表情になる。
「失礼ですが青山先生、それは本当のことでしょうか?」
「もちろんです。ここにいるこの部下が、患者として増宮殿下の診察を受けました。もちろん、偽名を名乗られていたようですが、その時、ドイツ人の医師がたまたま、ドイツ語で“殿下”と増宮殿下を呼んだのです。すると増宮殿下はそちらの方に振り向き、ドイツ語で会話をした……その一部始終を、彼は目撃しています」
「なるほど」
イズヴォリスキー公使は頷いた。「……青山先生、お願いがあります。実は、我々のロシア公使館に本国から派遣されている医師が、体調を崩して本国に帰ってしまったのです。代わりの医師が本国から来るまでに、数か月かかります。その間、今いらっしゃるこの部下の方に、ロシア公使館に往診に通っていただくことは可能でしょうか?もちろん、部下の方にも、青山先生にも、報酬は弾ませていただきます」
「お安い御用です」
青山部長は力強く頷いた。ロシア公使館に部下が往診を頼まれた話が東京市内に広まれば、赤十字社病院の宣伝にもなるだろう。もちろん、部下にも異存はなく、ロシア公使館に彼が定期的に赴く話は簡単にまとまったのだった。
しかし、自分たちの名声を高めてくれるであろう人間が、彼の崇拝するものを手の届かない所に追いやってしまおうという恐ろしい計画を立てていたことに、青山部長はとうとう気が付かなかったのである。




