2倍のバレンタイン
1898(明治31)年2月14日月曜日、午後5時半。
「で……皆様、私に何の御用ですか?」
花御殿の私の居間で、私はわざと冷たい声で来訪者たちに尋ねていた。居間には、伊藤さんと大山さんはもちろんのこと、山縣さんに黒田さん、勝先生に三条さん、大隈さんと陸奥さん、……その他、お父様とお母様以外の在京の梨花会のメンバーが、全員顔を揃えている。ちなみに、今月頭から、第3軍管区から、東京に司令部のある第1軍管区の司令官に転属した桂さんも、兄の隣にさりげなく立っていた。
「手短に済ませていただきたいんですけれど」
用件の察しは付く。だけど、予測が外れる万が一の可能性を願いながら私が言うと、
「ついに、この日がやって参りましたな」
枢密院議長兼、私の輔導主任である伊藤さんがニコニコしながら言った。
「この日?」
「とぼけられては困りますよ、増宮さま」
総理大臣の山縣さんが、厳かな口調で私をたしなめた。「今日が何の日か、ご存じでないという訳ではないでしょう」
「ええと……」
とぼけようと必死に考えたけれど、とぼけるネタが思い付かない。仕方なく、
「さぁ、何の日だったでしょうか」
と、非常に平凡な答えを返すしかなかった。
「往生際が悪いねぇ」
内大臣府に出仕している勝先生が、ニヤリと笑った。「分かってらっしゃるくせに。今日が、バレンタインデーだってことはよ」
「はて……?」
わざと首を傾げてみると、
「何が“はて……”だ、梨花。顔が少しひきつっているぞ」
制服姿の兄がクスリと笑った。「大切な者に贈り物をする日だろう。昨年は、おばば様の喪中だったゆえ、俺も皆も遠慮したが、今年はそういう訳にはいかないぞ。贈り物、きっちり受け取ってもらうからな」
「はぁ……しょうがないな……」
私は大きなため息をついた。贈り物をもらうのは、お返しを考えるのが大変なので嫌いなのだけれど、仕方ない。まぁ、お返しの準備も、一応してある。もちろん、去年は使えなかった、蓋に蝶の模様を入れた、銀製の卵型菓子器と金平糖だ。
「あの……みんな、変なプレゼントはやめてくださいね?この絵、正直、邪魔でしょうがなくて……」
私が示したのは、最近壁に掛けざるを得なくなった一枚の油絵だ。ドイツの皇帝・ヴィルヘルム2世が贈ってきたものである。女神さまたちが、天照大神を輪の中に迎え入れている、という構図で、「世界の諸国民よ、美しい日本の女神を守れ!」というタイトルらしい。この絵を、先月の私の誕生日に持ってきたドイツ公使によると、女神さまたちはそれぞれ、アメリカの自由の女神、ドイツのゲルマニア、フランスのマリアンヌ、イギリスのブリタニア、そして、中国の西王母、ハワイのペレなど……世界各国を擬人化した女神さまや、その国を代表する女神さまなのだそうだ。
――メクレンブルク公と増宮殿下のことをお聞きになった我が皇帝陛下が、“稀に見る哀れで美しい恋だ”とお泣きになりながら原画をお描きになり、宮廷画家に描かせたものでございまして……。
この絵を持ってきたドイツ公使はそう言っていた。しかも、ドイツ公使によると、皇帝は、この絵の複製画を、世界各国の元首に送りつけたらしい。この絵を着想したきっかけもそうだけれど、本当に、あの皇帝のやることは、よく分からない。
と、
「よいではありませんか」
私の横から、大山さんが声を掛けた。「それは、日本やアジアの各国が、謂れのない誹謗中傷を逃れられたという証ですから」
「謂れのない誹謗中傷って……黄禍論のこと?」
「その通りです」
大山さんが頷く。「梨花さまのお話によると、“史実”では、日本が日清戦争に勝利したことで、列強の警戒心が刺激されて、黄禍論が加速したということでしたが……」
「それだけではないがな。アメリカにおいては、白人より低賃金で働く日本人や中国人労働者の存在も、黄禍論を撒き散らす要因になった」
“史実”の記憶を持つ伊藤さんが、大山さんの言葉を補強する。
「梨花さま、もし、皇帝が黄禍論に染まっていたら、このような絵を描くと思いますか?」
「……世界の女神さまたちが、日本の女神さまを迎え入れるなんて絵は、描かないでしょうね」
「その通りです。つまり、この絵は、皇帝が黄禍論に染まってはいないという証拠にもなります」
「“史実”では、皇帝が、ヨーロッパの女神たちが仏陀に戦いを挑もうとするという絵を、世界各国に送りつけていた。この時の流れでは、そのようなことはなかったが」
伊藤さんの台詞に、私は思わず頭を抱えた。“史実”でもこの時の流れでも、皇帝は何と傍迷惑な人間なのだろうか。
「ヨーロッパ諸国でも、言論の操作は、各国に派遣した公使とも協力して行っておりますので、今、日本と清に対する攻撃的な言論は、ヨーロッパ諸国では皆無です」
一瞬目を光らせた大山さんに、
「で、でも、ヨーロッパはそれでいいとしても、アメリカは?」
と私は尋ねた。アメリカは、国民や政治家の目を、海外進出ではなく内政に向けさせるよう、大手の新聞を何社か買収して、世論を操作していると聞いたけれど……。
「僕がアメリカにいた時分から、我が国はアメリカへの移民を制限していましてね」
野党・立憲自由党の総裁である陸奥さんが、ニヤリと笑う。「今、日本人の移民希望者は、ハワイ王国に向かっています。もっとも、日本国内の産業も安定して発展してきましたから、移民を希望する者も減っていますがね。清も、アメリカへの移民は禁じております。清の移民は、東南アジア方面に向かっているようですね。どうやら、この一連の動きは、“史実”では無かったことのようですが」
「ということは、アメリカでの対策も出来てる……ということですか?」
「思想の流れに逆らうことは難しいかもしれませんが、出来る限りのことはしていることになります。それは、僕が外相だろうが、林君が外相だろうが変わりませんよ、殿下」
(うわぁ……)
私は口をあんぐり開けてしまった。恐ろしい。この“梨花会”の面々は、一人一人が本当に恐ろしい。
(一人だけでも恐ろしいのに、皆で協力しちゃってるんだから、……本当、この世界、一体どうなっちゃうのよ……)
「梨花さま?」
不意に、横から呼ばれて、私は振り向いた。大山さんだ。
「いかがなさいましたか?少し、お顔色が悪いような」
「あ、ああ……ちょっとね」
私は慌てて、顔に微笑を浮かべた。「あなたたちに逆らうと、大変なことになりそうだから、バレンタインの贈り物は受け取らないといけないと思ったの」
「さりげなくひどいことを言われたような気がしますが、その通りですよ、増宮さま」
東宮賓友の有栖川宮威仁親王殿下が、クスクス笑いながら返す。
けれど、大山さんは私の目から視線を外してくれず、
「梨花さま」
と、私をもう一度呼んだ。
「……何?」
少しだけ、嫌な予感がする。それが当たらないように祈りながら、もう一度大山さんに微笑むと、
「梨花さまが我々のことを“恐ろしい”とお感じになられても、我々は梨花さまと共にあります」
大山さんも、やはり微笑みながらこう言った。
「もう昔のことですから、お忘れになっているかもしれませんが……、梨花さまは扇の要だと、申し上げたことがありました」
「……覚えてる。あなたと、君臣の契りを結んだ直後に言われた」
我が臣下の慧眼に舌を巻きながら、私は答えた。
「それは、今も変わりません。骨が抜け、新しい骨が加わり、扇の扇面が変わろうとも、梨花さまは扇の要です。それは、お忘れなきようにお願いいたします」
ああ、この瞳だ。大山さんのこの、優しくて、暖かい瞳に捉えられてしまうと、私の心は丸裸にされてしまう。隠し事など不可能だ。でも、それは全く不愉快ではなくて、むしろ、心地いいとすら感じる。心を、しっかりとした何かに、何の心配もなく、手放しで預けられるような……。
「うらやましいのう。やはり、増宮さまと大山さんの君臣の絆は、特別な物じゃ」
文部大臣の大隈さんが、私と大山さんを見比べながら、しきりに頷いている。
「ええ、確かに……なんと素晴らしいことか……」
山縣さんは、なぜか目を潤ませていた。
「ちょっと山縣さん、しっかりしてくださいよ。泣くようなことですか?」
山縣さんにツッコミを入れると、
「仕方がないよ、梨花」
兄が言った。「俺も、羨ましいと感じた。梨花は、武官長に全幅の信頼を置いているのだな、と。俺はお前の兄ではあるが、まだまだ力不足のようだ」
「そ、そんなことないって、兄上!」
私は慌てて兄の方を向いた。「私、兄上のこと、とても大切に思ってるし、信頼してるし、……全力で守りたいって思ってるのよ!」
すると、
「ほう……」
大山さんが小さな声を上げた。「それは、臣下としては、少し妬けてしまいますな、梨花さま」
「ちょ……?!」
私は目を見開いた。
「な、な、なに言ってるの大山さん!や、妬けるとかそんなあのその私……ていうか、どうしたらいいんだってばよ……だ、誰か……」
周りを見渡したけれど、大山さんと兄以外の全員が、無言で微笑しながら私を見ている。助けを求めても、応じてくれそうにない。
(あう……)
がっくり頭を垂れると、
「ふふ、冗談ですよ、梨花さま」
大山さんがクスリと笑った。
「……主君をからかうものではありません」
椅子に身を預けながら、抗議の声を上げると、
「ご修業になるかと思いまして」
大山さんは笑いを崩さずに答えた。……どうやら、どうあっても謝るつもりはないらしい。
「あの、……皆、バレンタインの贈り物を持ってきてくれたんですよね?見せてもらってもいいですか?」
内心の動揺を無理やり押し込めながら、私は一同に問いかけた。
「では、増宮さまのご要望通りにいたしましょう」
伊藤さんが微笑を崩さずに言った。「昨年は、皇太后陛下の喪中でしたから、バレンタインの贈り物ができませんでした。ですから今年は全員で、2年分の贈り物に使う金額を、いっぺんに使うことにしました」
「ちょっと待って下さい、伊藤さん。まさか、全員が、2倍の量のお菓子を用意したんじゃないでしょうね?」
私は少し慌てた。実は、今年の私の誕生日に、オーストリアのフランツ殿下が、“去年贈れなかった分も含めて”という口上とともに、例年の2倍の量のバラの花の砂糖漬けを贈って来たのだ。ロシアのニコライ陛下も、同じ口上で、花御殿の一度の宴会では使いきれない量のキャビアをプレゼントしてくれたので、母や花御殿の料理人さん、それから皇居の職員さんたちとも相談して、つい先日、皇居で行われた兄の成年式のお祝いの宴会で、食材の一つとして使ってもらった。
「もちろん、そんなことはできませんよ、残念なことですが」
内務大臣の黒田さんが苦笑する。「毎年、増宮さまは、我々が贈った菓子の殆どを、花御殿の職員や、果ては御学問所にまで分けられてしまうということですから」
「ああ、うちの従義も言っておった。毎年、増宮さまのところに来た菓子が、御学問所に回されてくる、と」
ため息をつく国軍大臣の西郷さんに、
「あのね、皆がちょっとだと思ってる量でも、何人分も合わされば、すごい量になるんですよ……しかも、食品だから、傷むことも考えなきゃいけないし」
私もため息をつきながら返答した。正直なところ、バレンタインにもらうものは、桂さんが名古屋から持ってきてくれる外郎と、大山さんが贈ってくれる紅茶しか口にしていないのだけど、それを言うと場が荒れそうな気がしたので、黙っていることにした。
「そこで、今年は、全員でお金を出しあって、1つのものを贈ることにしました」
山田さんがそう言って微笑する。
「全員って、まさか、お父様とお母様も含めてですか?」
「もちろんです。両陛下と皇太子殿下に御出資いただいた額を総額から引きまして、残額はそれぞれの俸給に応じて負担いたしました」
山縣内閣の発足と同時に、農商務省次官に就任した高橋さんが答えた。
「兄上、とんでもない金額を負担してないよね?」
「何、俺が出したのは10円だ。それぐらいでよいと、お父様から言われたからな」
兄がニッコリ笑いながら答える。私の時代だと、20万円前後の価値になるだろうか。それだけでも、相当な額である。
「で……何を贈ってくれるんでしょうか?食べ物ですか?」
もし外郎だったら、輸送費を差し引いたとしても、大変な量になってしまう。そうなると、花御殿や御学問所の人たちだけでは分けきれないから、皇居にも分けないといけない……そう考えたときに、
「違いますよ」
貴族院副議長の西園寺さんがクスリと笑った。「菓子で花御殿を埋めるつもりはありません。ま、増宮さまにも皇太子殿下にも、麦飯ではなく、一流の品を召し上がっていただきたいのは山々なのですが」
「おう、それなら俺が料理を作るぞ、西園寺」
「井上さん、申し訳ないけどそれは遠慮します。わざわざ、あなたの手を煩わせたくないですから」
農商務相の井上さんの言葉を、私は丁重に辞退した。どんな謎の料理を食べさせられるか、分かったものではない。
「で……、結局、プレゼントは何でしょうか?」
「では、ご覧いただきましょうかねぇ」
三条さんがのんびりと言い、居間を出ていく。戻ってきた彼は、黒漆が一面に塗られた細長い箱を捧げ持っていた。箱の蓋には金色の菊の御紋が、燦然と輝いている。
「受け取らせていただきます」
三条さんから渡された箱は、ずっしりと重かった。開けていいか、と尋ねると全員が一斉に頷いたので、箱に巻かれた紅い紐を解いて、中身を確認する。
「傘……?」
箱の中に横たわっていたのは、緋色の傘だ。骨の数が多いから、西洋から輸入されたものではなく、伝統的な日本の和傘だろう。
「うん、模様も入ってない。このデザインは、シンプルで好き。だけど、すごく重いし、柄も太いような……」
その場で傘を広げて、ブツブツ呟いていると、
「ああ、仕込み傘ですから」
と、さらっとした調子で、参謀本部長の児玉さんが言った。
「は?」
言われた単語の意味が分からなくて尋ね返すと、
「真剣が仕込んでありまして」
児玉さんは更にそう言って、ニヤッと笑った。
「し、真剣って……」
すると、国軍次官の山本さんが横から「失礼いたします」と言って、傘をがっしりと掴んだ。
「増宮さま、手をいったん放していただけますか。……こういうことです」
山本さんの指示に素直に従うと、彼は傘の柄を掴んだ右手を上方に動かす。傘の柄はするすると伸び……いや、これは柄でない。刀だ。銀色に輝く細い真っ直ぐな刀身が現れ、切っ先が傘の柄の中から顔をのぞかせて、私はようやく児玉さんの言葉の意味を理解した。
「ちょ、ちょっと待って!私に武器を持たせてどうするんですか!」
「もちろん、護身用です」
私の渾身のツッコミに、伊藤さんは事も無げに答える。
「いや、あなたが仕込み杖を持ち歩いているのは知ってますけど、それとこれとは話が……」
伊藤さんに反論しようとすると、
「僕も散歩の時に持ち歩いていますが」
陸奥さんがこんなことを言う。
「ちょっと待って……」
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に耐えていた。確かに、伊藤さんだって原さんだって、“史実”で暗殺された。それだけではない。五・一五事件や二・二六事件……政府の要人が暗殺のターゲットとして狙われるケースは“史実”では多々ある。この時の流れでも、大山さんが大津事件で狙われてしまったけれど……。
(それで、私に真剣を持てって、ちょっと論理が飛躍し過ぎているような……)
「梨花さま」
私の非常に有能な臣下が、私を呼んだ。「これは、両陛下と皇太子殿下、それと俺たちからの贈り物でもあり、祝いの品でもあり、そして俺たちの安心材料でもあります」
「ええと、“贈り物”というのは、バレンタインの、ということかな。でも、“祝い”って?誕生日の?」
「いいえ、剣道の級位をお取りになったことです」
大山さんは微笑した。「朝鮮の件がありましたから、なかなかお祝いができませんでしたが、その気持ちも込めさせていただきました」
(なるほどね……)
剣道の級位を取ったのは昨年の7月……朝鮮の前国王が暗殺された直後だ。黒田さんと桂さんはイギリスに行っていたし、中央情報院も海外情勢の分析と海外への工作で忙しかった時期で、牧野伸顕さんが花御殿の事務を仕切っていた。ちなみに、牧野さんは今、イタリアに公使として赴任している。
「それで、“安心材料”というのは、一体どういうこと?」
一番よく分からなかった最後の言葉の意味を、大山さんに尋ねると、
「梨花さまは、時折、奔馬のようになられて、俺の手の届かない所に行ってしまわれることがあります」
彼は苦笑しながら答えた。「そのような時に、万が一のことがあってはなりません。幸い、梨花さまは剣を学ばれておいでですから、何か得物さえあれば、並みの刺客には遅れは取らないでしょう。しかし、伊藤さんや陸奥どのがお持ちになっているような仕込み杖では、女性が持つのに違和感があります。そこで、皇后陛下とも相談しましたところ、傘ならば違和感がないのではないかということになりまして、“梨花会”の皆に呼びかけて作らせていただきました」
「忍び歩きのこともあります」
人垣の後ろの方から、原さんが付け加える。「もし、皇太子殿下と歩かれている時に、賊に襲われたとしても、それがあれば皇太子殿下をお守りすることができるでしょう」
「なるほど……」
原さんの言葉に、私は頷いた。確かに、月に一度の微行の時は、私たちが気にならないように、警備の人がついていてくれているけれど、兄の側には、私と大山さんしかいない。刺客が一瞬の隙をついて……という展開もあるかもしれないから、用心しておくに越したことはないだろう。
「わかりました。……となると、普段の稽古の他に、この仕込み傘が使えるように、練習しないといけないですね。この絵、斬っちゃいそうだなぁ……」
「絵を斬りそう?」
怪訝な顔をした高橋さんに、
「だって、室内の戦いも想定した稽古もしないといけませんから」
私は答えた。室内だと、天井が剣術場より低いから、刀を大上段に構えると、天井に突っ掛かってしまう場合もある。この仕込み傘の剣の刃渡りは50cmぐらいありそうだから、やはり、大上段は使えないという設定でイメージトレーニングする方がよいだろう。
「あの、増宮殿下」
今まで黙っていた後藤さんが口を開いた。
「もし、増宮殿下がよろしければ、その絵をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんですよ、後藤さん!」
私はにっこり笑った。「皇帝の贈り物を切り裂いたってなったら、国際問題になりそうだし」
私は皇帝が贈ってきた絵を見やった。絵の中の天照大神 は、美しいけれど、何故か少し童顔だ。
「あと、刀のメンテナンス、というか、手入れは、どうしたらいいですか?」
「それは、わしが教えて差し上げましょう。陛下ほどではないですが、いささか、刀剣の趣味がありますので」
大蔵大臣の松方さんが言う。いつものような重々しい雰囲気は、今日は少し薄れていた。
「ありがとうございます。じゃあよろしくお願いします」
私は松方さんに一礼し、
「みんな、ありがとうございました。なるべくこの仕込み傘、使う機会が無いことを祈っていてください」
と、一同を見渡してほほ笑んだ。
……後から思えば、この仕込み傘が、大きなものを、それこそ、私の人生を大きく変えるものをもたらすことになったのだけれど、当時の私は、まだそのことを知る由も無かった。
※キャビアですが、1894(明治27)年の明治天皇大婚25年祝宴のメニューの一つにありました(「図説宮中晩餐会」より)ので、採用してみました。恐らく、製氷機を駆使して、寄港先で氷を補充しながら輸送したのだろうな……と思います。




