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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第20章 1897(明治30)年大寒~1897(明治30)年処暑
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喪中あれこれ

 1897年1月23日土曜日、午後3時半。

「なるほどねぇ……」

 花御殿の応接間、腕組みをした勝先生がちらりと見やったのは、私でも、兄でもなく、内務次官の原さんだった。

「はい……」

 黒のフロックコートの左腕に、黒布の喪章を巻いた原さんが、勝先生に頭を下げた。

 皇太后陛下が11日に崩御されたので、今、宮中は喪中である。なので、参内する人も喪服の着用が義務付けられている。皇太后陛下の葬儀の事務官の一人となった原さんは、今日、宮内大臣の土方さんと打ち合わせをするために参内した帰りなので、喪章を左腕に巻いていた。

――喪中なのは重々承知の上ですが、今日のこの時間なら、勝閣下が花御殿におられますから。

 そう言って原さんが花御殿に現れたのは、月に一度の勝先生との面談の直後だった。私も兄も退出しようと思ったのだけれど、面談に同席していた大山さんが、

――勉強になりましょうから。

と、私たちにも同席するように勧めたのだ。

「土方閣下とも協議したのですが、皇太后陛下の御霊柩(れいきゅう)のご移送に、天皇皇后両陛下も御同行なさるとなれば、現時点の御斎場式の出席者の人数では、人員の輸送も警備も間に合いそうにないのです」

 原さんは、勝先生に丁寧な口調で訴える。皇太后陛下は、体調が悪くなる前から“死んだら京都に埋葬して欲しい”と言っていたそうで、陵墓は、京都の孝明天皇の陵墓のすぐそばに造営されることになった。ご遺体は、鉄道を使い、青山御所の隣、青山練兵場に作られている軍用停車場から京都に運ばれる。そして、2月7日に京都で御斎場式――これが、一般の本葬に当たるものだと思うけれど――を行うことになっていた。

「しかし、熾仁(たるひと)親王殿下が、貴族院と衆議院の議員は全員出席させるべきだとか、役所関係の人員も、課長や係長級まで、可能な限り多く参列させるべきだとかおっしゃっておりまして……土方閣下の説得も聞き入れていただけないのです」

「で、お(めぇ)さんの話も聞かない、ってことだな。“内務省の異才”も、有栖川宮(ありすがわのみや)のご当主にゃ敵わねぇか」

 勝先生が苦笑した。

 有栖川宮(ありすがわのみや)熾仁(たるひと)親王殿下……威仁(たけひと)親王殿下の兄で、現在の有栖川宮家のご当主だ。幕末の第14代将軍の正室・和宮(かずのみや)内親王殿下が、最初に婚約していた方だと以前に聞いて、とても驚いてしまった。“史実”では、日清戦争の時に腸チフスに罹って亡くなったそうだけれど、この時の流れではお元気で、今回の皇太后陛下の葬儀に当たって大喪使(たいそうし)長官……葬儀の責任者になっていた。“史実”では、威仁親王殿下が大喪使長官をやったのだそうだ。

「ええ、役所間の調整なら、いくらでもやってみせる自信はありますが、相手が皇族となりますと、わたしも些か力不足でして、勝閣下のお力を貸していただきたいと」

(私相手には、いくらでも強気で押してくるのになぁ)

 原さんの言葉に、私は心の中で突っ込んだ。顔には出さないように注意したつもりだけど、

「おや、梨花、どうした?」

制服姿の兄に、表情の微妙な変化を見とがめられてしまった。

「あ、いや……皇太后陛下の葬儀で、世の中に影響が出すぎると嫌だな、と思って」

 私はこう誤魔化して、両腕を組んだ。先週、喪服用の洋服を花松さんに仕立ててもらおうと思って、彼女に布地を買いに行ってもらったら、黒色の布地の値段が上がっていて、

――1mが9円近くしました。年末には1円ちょっとだったらしいんです。

と報告された。それだけ、皇太后陛下が亡くなったというのは、社会にインパクトを与える出来事なのは確かだけれど……。

「あんまり、葬儀の参列者の数を増やすのもどうなのかな、と思って。だって、私と兄上も、御斎場式に出ようとしたら、警備が余りに大変なことになるから、百日祭に出ることに変更になったでしょ。それなのに、葬儀に参列する人数をどんどん増やしたら、警備がしきれない。貴族院と衆議院の議員の全員、合わせたら500人は超えるわよ?それに、官僚も大量に参列させたら、役所の仕事が回らなくなる。葬儀の最中に、国家の重大事が起こったらどうするのよ。すぐに対応できないじゃない」

「その通りです」

 原さんが私に恭しい口調で言った。普段のちょっと偉そうな態度とはまるで違うその様子に、戸惑いを覚えてしまうけれど、私は原さんに向き直って、更に言葉を続けた。

「私の時代のように、新幹線が京都まで一日に何十往復もしていて、日帰りもできる、っていう状況じゃないんだから、閣僚全員や主力の官僚まで京都に集めるのは、有事のことを考えれば危険だと思います。どうしても、京都までの往復に数日かかってしまうから、何かあってもとっさに対応できません。それに、宿泊施設だって足りない可能性もあります」

「はい。それに、輸送も厳しいと思われます。有栖川宮殿下がおっしゃるような人数を、短期間で京都に運ぶのは、残念ながら現在の鉄道の輸送量では無理です。大隈閣下もそうおっしゃっていました」

「多少の無理を押し通してしまう大隈大臣が無理と言うなら、本当に無理なのだろうな」

 兄が原さんに苦笑いを向けた。

「要するに、有栖川宮殿下が、現場の状況を御存じねぇ、ってことだな。……よし分かった、おれからちょいと話してみるよ」

「ありがとうございます」

 原さんが勝先生に頭を下げた。

「わたしからもお父様(おもうさま)に、葬儀の参列人数を削減するように伝えてもよいのでしょうか、勝先生?」

 兄が眉をしかめながら勝先生に尋ねた。

「お顔に、ためらっておられるお気持ちが出てる理由はなんですかい、殿下?」

「わたしはまだ、成人しておりませんし……」

 そう言ってうつむいた兄に、

「それでも、この8月の末にはご成人だ」

勝先生は微笑した。「けれど、有栖川宮殿下が納得できるような理由も付けられるといいですね」

「もし、国家の中枢を担う人間が、多数京都に滞在している時に、国家に変事が起こってとっさに対応ができず、国の進むべき方向を誤ってしまった、となれば、亡くなられたおばば様も悲しむと思うのです」

 兄は静かに、けれどハッキリした口調で言った。「国家として、おばば様を悼むことも大事ですが、国家として、有事に対応するのもまた大事かと」

「よろしいのではないでしょうか」

 大山さんが口を開いた。

「少しは出来るようになってきたみたいですねぇ」

 勝先生がニヤリと笑った。「そんな言葉を皇太子殿下がおっしゃったと聞けば、有栖川宮殿下が泣いて喜びそうだ。使わせていただきましょうかねぇ」

「先生、わたしはまだまだです。もっと鍛えて貰わねば」

 兄はそう言って微笑する。私も黙って頷いた。

「原、おれから有栖川宮殿下に話してみるぜ。陛下にもな」

 勝先生の言葉に、原さんは頭を下げ、ついで、兄の方に身体を向けると最敬礼した。


 喪中なのは、宮中だけではなく、花御殿も同じだ。私も兄も、今の期間、来客は遠慮させてもらっていた。兄と私の学習状況を確認しにくる勝先生はしょうがないけれど、医科分科会のメンバーや、“結核の経過観察を増宮殿下にしてもらう”と称して、私の居間に入り込み、原さんと討論して帰っていく陸奥さんには、少なくとも皇太后陛下の五十日祭が終わるまでは、花御殿への来訪をご遠慮いただくようお願いした。もちろん、原さんにも、兄との将棋の対局や陸奥さんとの討論目的では、花御殿に来ないようお願いしている。いつも土曜日はにぎやかだけど、皇太后陛下が亡くなってから、静かな土曜日を過ごすことが出来ていた。

「嬉しそうでいらっしゃいます」

 原さんと勝先生が帰った後、居間に戻る私に、大山さんが付いて歩きながら言った。

「あ、分かるか」

 私は立ち止まって苦笑した。どんなに表情を隠しても、この非常に有能な臣下は、顔の奥にある私の心を見抜いてしまう。

「あなたには隠し事はできないね。すぐバレちゃう」

 そう続けると、

「それでも、他の方にはできるようになってきております。原のことも、勝先生には隠せているではありませんか。それは、梨花さまがご成長されている(あかし)ですよ」

大山さんが優しい声で言った。

「……そうか。大山さんが言うなら、その通りだね。ありがとう。それはきっと、あなたのおかげだね」

 立ち止まって微笑むと、私は大山さんに軽く頭を下げた。大山さんも黙って返礼したのを見ると、私はまた廊下を歩き始めた。

「そう、正直言って、今の状態は楽なの。陸奥さんと原さんの討論を聞かないで済むから。それに、これから、もっと嬉しいことが待っているし」

 歩きながら言うと、

「は?」

後ろを付いて歩く大山さんが、首を傾げた気配がした。

明々後日(しあさって)は私の誕生日だけど、喪中だから、今年はプレゼントを受け取らないで済む。それに、バレンタインも喪中だから、今年は無しね」

 誕生日の1月26日も、バレンタインデーの2月14日も、今年は喪に服す期間に当たる。だから今年は両日とも、お祝いを言われるのも、プレゼントをもらうのもNGだ。梨花会の面々には、そのことを喪に入った早々に伝えた。誕生日プレゼントを贈ってきそうな方がいる国の公使たちにも、喪中のことは伝えたので、外国からの贈り物も受け取らないで済むだろう。

「お返しを考えなくてもいい、というのはとても楽。だから嬉しいの」

「そうですか」

「といっても、お正月が終わった直後に、今年渡すつもりだった菓子器は発注しちゃったんだけどね」

「……また、どこかの天守を模したものではないでしょうね?」

「それはあなたが怒るからしなかったわ。今回はね、卵形の銀の器。蓋に蝶の模様を入れてもらうことにした」

「蝶……?梨の花ではなくて、ですか」

 不審そうに尋ねる大山さんに、

「信子さんのお子さんのお名前が、蝶子(ちょうこ)だって聞いたから」

私はまた立ち止まって答えた。三島信子さん……大山さんのご長女は、昨年の11月末に女の子を出産した。蝶子と名付けられたその子は、大山さんの初孫だ。蝶子さんの誕生を聞いた伊藤さんと原さんが、

――これは、“史実”では無かったことだぞ!

と、大山さん以上にめちゃくちゃ喜んでいたので、それが印象に残って、菓子器のデザインに蝶を使うことを思い付いたのだ。

「勝手にお孫さんの名前を使ってしまって、迷惑だったかな?」

「そんなことは!」

 大山さんが私に最敬礼する。「有り難き……実に有り難きことです」

「そう、ならよかった」

 私は微笑んだ。「じゃあ、来年渡すね、蝶子さんの分も。楽しみにしていて」

 そう言うと、私は廊下をまた歩き始めた。大山さんも黙って付いてくる。

「ところで……先程の質問を少し変えますが」

 大山さんが口を開いたのは、私が居間に入った時だった。

「他にも何か、理由がおありでしょう。菓子器に、梨の花の模様をお使いにならなかったのは」

「やっぱり、大山さんはお見通しだね……」

 大山さんの視線から、私は顔を背けた。「“梨花”というのは、私にとって大事な名前だから、菓子器の意匠に使うのは、私にとって大切な時にしようと思ってね」

「そうですか」

 大山さんが、満足そうに頷く。「大事な名前……、ですか」

「うん、大事な。今でも雅号ではあるし」

 私はまた、顔に苦笑いを浮かべた。「前世ではこの名前、好きじゃなかったのにね。何でだろう?あなたや兄上に、“梨花”ってずっと呼ばれているからかな」

「それだけではないと思いますが……」

 そう言って、大山さんは微笑んだまま、口を開いてくれなかった。

「……話を戻すけれど、梨の花の模様を入れた菓子器を作るのは、私にとって大切な時にしようと思っているの」

 大山さんに喋らせるのをあきらめた私は、自分でまたしゃべり始めた。

「例えば、医師免許を取ったお祝いとか、成人した時とか、それと……」

 口の動きが止まってしまった。……あるのか?そんな機会が。確かに、いつか大山さんには、“可能性を全て否定する必要はない”とは言われたけれど……。

「ご結婚の時、ですか」

 私の有能で経験豊富な臣下は、私が口にするのを躊躇った言葉を、易々と音声に変えてしまった。

「あ、あの……」

「お隠しにならなくても、すぐに分かってしまいます。そのように顔を紅くされては」

 大山さんが余裕のある微笑みを見せる。

「い、いや、だって、余りにも夢を見すぎだと思って……け、結婚の時に、そんなものを作ろうだなんて発想、普段の私と余りにもかけ離れているというか、その、ロマンティック過ぎるというか……皆に笑われちゃうんじゃないかって、私……」

「ロマンティック。よいではありませんか」

 大山さんは微笑みを崩さず、私の眼を覗き込んだ。あの、いつもの優しくて、暖かい瞳に捕らえられて、私は視線を逃がすことすらできなくなってしまった。

(おい)の大切な淑女(レディ)なのですから、ご自身の心を大切になさるのは当然のこと。ご自身の一生の記念すべき日に、ご自身を象徴する、大切な、美しい模様を使った記念品を作るというのは、とても素晴らしいお考えだと思いますよ」

「うー……」

 進退窮まってしまって、低く唸り声をあげた私に、

「おやおや、本当にお可愛らしい。頬を真っ赤にされて……。こんなにお可愛らしくて美しい姫君のお心を射止める果報者は、一体どなたになりましょうか」

大山さんは優しい声で、こんなことを言った。

「お、大山さん……その……は、恥ずかしいから、やめて……」

「さぁ、どうしましょうか」

 私の非常に有能で経験豊富な臣下はそう言って、

「ああ、そう言えば」

と話題を変えに掛かった。

「……?」

「今は喪中ではございますが、手紙のやり取りは構わないでしょう」

「はい?」

 一体何が言いたいのだろうか。警戒しながら相槌を打った私に、

「メクレンブルク公からのお手紙も、お断りされるおつもりですか?」

大山さんは突然、爆弾のような一言を放り込んだ。

「いや……あの……それは……」

 頭の回転が止まってしまった私に、

「公の真心と慈愛の込められたお手紙まで、受け取るのを拒まれましたなら、公はさぞお力を落とすことでございましょう」

我が臣下は容赦なく追い打ちを掛ける。

「ま、真心……?じ、慈愛……?」

「恋されておられるのでしょう、梨花さま?メクレンブルク公に」

「な、ななな、なに言ってんのよ、馬鹿(たーけ)!」

「耳まで真っ赤にされて……お可愛らしい。梨花さまがいくら否定されようと、この(おい)は誤魔化されませんよ」

「ち、違う!あなた、絶対勘違いしてる!恋なんて、し、してません!してませんってばぁ!」

 混乱の余り、大山さんを叩こうとした手は掴まれてしまい、私の身体は大山さんの腕の中にすっぽりと納まってしまった。

(か、身体が、熱い……)

 軍服の胸に顔をうずめて、身動きが取れなくなってしまった私の頭を、私の有能で非常に経験豊富な臣下は、そっと撫でてくれたのだった。

※皇太后陛下の崩御後、東京市内では喪服用布地が暴騰し、年末に1ヤール1円20~30銭だったものが、1月15日には1ヤール9円を突破したそうです。(「明治・大正家庭史年表」より)“1ヤール”は“1ヤード(=0.9144m)”と同じなので、日清戦争が拙作の世界線で起こっておらず、物価上昇も実際ほどには生じていないだろうということを加味して、こんな価格設定にしてみました。


※喪中期間については、細かくは調べきれませんでした。実際の場合、皇族が1年の喪に服する場合は第1期50日・第2期50日・残りの日数が第3期に分かれるそうですが、これは1909(明治42)年に制定された皇室服喪令の規定によるもので、「官報」によれば、英照皇太后の1年の宮中喪は第1期25日第2期25日、残りの日数が第3期とされました。という訳で、今回は「50日(=第1期と第2期合わせた日数)は花御殿への来訪を遠慮してください」ということにしました。ご了承いただければ幸いです。

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